闇の底へ逝きましょう


世間から見れば自分は恵まれた環境にいるのだろうか。
静雄は香しい匂いのする料理を運びながら、そんなことを考えていた。
誰もが憧れる名家に奉仕し、主人からも可愛がられている。ただ、可愛がり方のベクトルが違う。
慈しむ感情ではない。若く美しい主人は確かに静雄のことを欲の対象として見ていた。
だから彼は片時も静雄を離したがらない。身の回りのことは静雄にやらせ、彼以外の者が手を出そうとすると、君の仕事じゃないと冷たく追い払う。
入浴も一緒ならば寝るのも一緒だ。

昔はそんな状況に不満をもらす人もいたが、今はいない。静雄を臨也から離すようなことを言えば、その人は邸からいなくなった。今どこにいるのかすらわからない。

華やかな音楽がながれ、賑やかな話し声が聞こえる。いつの間にか広間に着いていたようだ。
料理を素早く持ち直して、ぶつからないように注意しながら人の波を通っていく。
どこもかしこも人ばかりだ。人混みが苦手な静雄には辛い環境でしかない。騒がしいのも嫌いだ。早く済ませてしまおうと意気込んだ静雄の耳に聞き慣れた声がはいった。
目的のテーブルの近くからだ。どこかの令嬢と話している。頬を染めて恥じらう姿はなんとも可愛らしい。

今は自分よりも小さくなった主人。背をぬいたのはいつだったか。

『シズちゃんが俺より大きくなるなんてね。』

嬉しそうに笑いながら静雄に触れる臨也。その顔は弟の成長を喜ぶ兄のようだった。

『じゃあ、もういいよね?』

ただ喜びだけが込められていた声が、陰を含むものに変わった。既に兄弟の成長を喜ぶような純粋な声ではない。
何がいいんだ、と聞く前に視界が反転した。背中の柔らかい布の感触で押し倒されたのだと悟る。目の前にはギラついた紅い目があった。

『こんなに大きくなったんだから。』


その一言が一線を越える合図だった。


それから臨也の静雄に対する執着はさらに強くなった。一時は臨也の部屋に軟禁されそうになったが、静雄が彼の部屋で寝食を共にすることで妥協した。
無理矢理閉じ込めて、シズちゃんに嫌われるのは嫌だからね。
そう囁くとまた静雄を押し倒した。

その行為にも違和感はすぐに感じなくなった。むしろ当たり前のことだと思うようにすらなった。

だって二人は運命共同体なのだ。


だが、これでいいのだろうか、という疑問が静雄の中で芽生え始めていた。つい先日に臨也が親戚から婚約を強制されそうになっているのを偶然聞いてしまったのだ。

『いい加減、バトラーばかり構うのはやめなさい。お前もいい歳なのだから…いい加減結婚を』

それから先は聞かなかった。聞いても一介の使用人である自分に何ができるわけでもない。
そう婚約だ。
自分のような男ではなく、頬を染めて恥じらうような女性が臨也の隣に立つのだ。そうしたら静雄はどうなるのか。ただの執事に戻るのか。
そもそもただの執事とはなんだろうか。静雄はこの屋敷に来たときから臨也に可愛がられてきた。

今さらその愛情がなくなるなんて考えられない。

「シズちゃん。」

近くから声がしたので振り返ると、顔がつきそうな距離に臨也がいた。反射的に仰け反りそうになったが、彼に腰を強く抱かれてしまったため叶わない。
そもそもなぜ臨也がここにいるのか。
パーティーの主催者である彼が、こんな場所―廊下にいていいはずがない。

「どうした?ホールにいなきゃだめだろ?」

「うん。そうだけど、鬱陶しくてさ…」

そう溢すと安らぎを求めるように静雄を抱き締める。静雄としてはこんな場面を誰かに見られやしないかと気が気でない。
さっきもいつも通りに臨也に敬語を使わなかったが、まずかっただろうか。

「媚びるような声で話しかけてくる女ばっか。鬱陶しいことこの上ない。」

「…お前に気に入られたいんだよ。とりあえず離れろ。誰かに見られたら…」

「見せつけてあげよう!こんなにかわいいシズちゃんを見せてあげるなんて、俺はなんて優しいんだろう!」

論点がずれているが、確かに臨也が静雄を誰かに見せようとするなんてなかなかないことだ。執事の仕事も、人前に出るようなことはあまりさせたがらない。今日の仕事だって直前まで渋っていた。
今日は機嫌がいいのだろうか。

「ふふ、冗談だよ。なんだかシズちゃんの元気がないみたいだったからさ。」

「………。」

「どうしたんだい?俺にも話せないようなこと?俺達は運命共同体だっていつも言ってるじゃないか。気にしないで何でも話してよ。」
ねえ、シズちゃん。

するりと頬を撫でられ、そのまま頭を強く引き寄せられた。
啄むようなキスをしながら、臨也は静雄に催促する。

俺に話してごらん?
女とにこにこ話してるのが気に入らなかった?
だったらもう笑わないようにするよ。
だから笑ってよ、シズちゃん。

その言葉が甘い毒のように静雄の思考を鈍らせる。唇に与えられる愛撫も次第に激しくなっていった。

こんなに臨也は自分を必要としてくれるのに、彼から離れようとしていたなんて…!!

「…ふ、ぅ…ごめ、んなさい…ごめんなさい…」

「どうしたの?なんで謝るんだい?」

臨也のキスは止まない。それどころか、時折舌を使って静雄を可愛がった。

「ぁ…ん、臨也…いざや…あっ、捨てないで…」

「何言ってんの?そんなことあり得ないよ。」

「本当…か?」

「あぁ、まさかそんなことで悩んでたの…?馬鹿だなあ、シズちゃんは…。でもかわいいよ…。」
――――。

空気に溶けるような小さな声だったが、静雄にははっきりと聞こえた。

「俺も…。」

小さく微笑みながら、触れるだけの口づけ。そのまますがるように臨也に抱きついた。

「あぁ、やっと笑ったね。」

かわいいよ。
愛してる。


逃げ道を塞ぐように、臨也は恋人に愛を囁き続ける。
それは鎖となって静雄の心をがんじがらめにした。











逃がさないよ。かわいいシズちゃん。

愛してる。
(離れるな。)






110211
10000打お礼企画
紗記様より
「気付いたときにはもう遅い」もしくは「先は闇に続いてる」の続き
でした!!
どちらでもいいということでしたので、先は闇に〜の続きを書かせていただきました。

お…遅くなって本当にすみません…!!
しかもぐだぐだと長い…←
詰め込みたいこと詰め込んだらこんなことに…orz
シズちゃんも着々とヤンデレ化しているっていうのを書きたかったんです…楽しかったです…←

紗記様のみお持ち帰り可です。こんな作品ですが、よろしければ…どうぞ!!苦情、返品いつでも受け付けております。

紗記様、リクエスト本当にありがとうございました!!これからもお暇なときなど、月が綺麗です。に遊びにいらしてください!!

たら拝

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