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屋敷が騒々しい。
仕事熱心な旦那様のお出ましだ。



「ただいま。シズちゃん。」

日も沈み、薄暗くなった部屋に全身真っ黒な男が優雅に入ってきた。
流れるような動作には全く無駄がない、といってもいいくらいだ。

「今日は何してたの?」

いつも通り。臨也は毎日部屋に入ると今日あったことを聞いてきた。
子供にするようなことをされて、自分は妻として見られているのかと疑問に感じることすらある。
しかし子供にすべきでないこともされているので、その点は静雄の取り越し苦労である。

「別に・・・本読んだり・・・」

今日あったことをそのまま報告する。津軽が来て話をした(が、すぐに帰っていった)。本を読んだ。景色を眺めた。
思い返してみるとどれもインドアなものばかりだ。しかし今日は何もやる気が起きなかったのだ。朝から予定の出鼻をくじかれてしまっては、一日何もやる気が起きない。
そう、出鼻をくじかれたのだ。
例の一件以来、臨也に絶対に甘えなくなった静雄だが、特別な日ともなれば少しは甘えたくもなる。
だから朝から一緒に散歩に行こうとか、買い物はどうかとかいろいろ予定を練っていた。そして意気揚々と夫の部屋に向かおうとしたら、帝人がぴしゃりと静雄を止めた。

『臨也様はいらっしゃいません。多分仕事だと思います。』

それはもう落胆した。
津軽とサイケの仲の良さを聞いて涙が出そうになるくらい落胆した。
そんな状態で活動的になれ、というほうが無理な話なのだ。

「シズちゃんさぁ・・・そんな引きこもりみたいな生活楽しいわけ?」

静雄に対する嫌味を含んだ返事。しかしいつものことなので、別に傷ついたりとかそういうことはない。ただ腹が立つだけだ。
いつも通り。
全てがいつも通りだ。

もしかして臨也は自分の誕生日を忘れているのではないか?

静雄がその疑問に行きつくのに時間はかからなかった。
恋人の誕生日に朝から出かけて、その用件は(多分)仕事。
どこからどうみても忘れているとしか考えられない。

朝から散々だ。落胆から始まり、落胆で1日が終わるのか。
そう考えると目の奥がじわりと熱くなってきた。

「ねえねえシズちゃん。ちょっと一緒に来てくれる?」

俯いていると、臨也が膝の上にある静雄の手を掴むのが見えた。そのままぐいぐい引っ張られて庭に続く窓へと連れて行かれる。
何をするつもりなのだろう。もう日は沈んでしまっていて、清々しい朝日もなければ、その中を飛ぶ小鳥の群もない。
静雄が臨也と眺めながら歩きたいと思っていた景色はもう姿を消してしまっている。
夜空も好きだが、やはり朝空が一番好きだ。

「見て。」

臨也が洗礼された動作で空を指差す。

「・・・・―。」

そこには清々しい朝日もなければ、飛び交う小鳥もいなかった。けれど夜空に煌々と輝く月と、夜特有の透き通った大気が―なによりビーズをひっくり返したように空に散りばめられた光が静雄の目を奪った。

綺麗だった。
言葉を失うほどに。


「本当は、君をあっと言わせるようなプレゼントを用意する予定だったんだよ。」

夜空を見上げながら臨也がぽつぽつと語りだす。
その内容に静雄は目を瞬かせた。
なんだ、臨也はちゃんと―。

「でもなかなかいいのが見つからなくてさ。今日もちょっと足を伸ばして隣街とか行ってみたんだけど、結局無駄足でさ・・・。」

「・・・ああぁ・・・何言ってんだろ俺。かっこ悪いな・・・。」

「で、へこみながら帰ってる途中に空を見たら、すごく綺麗だったから・・・プレゼントはこれでいいかな、って思ったんだよね。」

臨也は早口で次から次へと言葉を紡いだ。
彼は普段から饒舌なほうだが、今日はいつもと違う気がする。
照れているのを隠すために早口に捲くし立てている。
そんな印象だった。

でもそんなことより、臨也がちゃんと自分の記念日を覚えてくれていた。
それが嬉しくて、静雄は臨也の肩にゆっくりと寄りかかった。
その間も臨也の言葉は止まることなく紡がれる。

「でもこれ以上のプレゼントってないよね。だって星だよ?御伽噺みたいじゃない?」

こくり。
小さく頷くと、臨也が満足したように笑ったのがわかった。
いつの間にか静雄の肩は臨也に抱かれている。
そうだ、あの時もこの体勢をしようと臨也に寄りかかったら医者を呼ばれたのだ。
あのときは葛藤の末にやっと体を預けたが、案外簡単なんだな。と静雄はぼやける視界で星空を眺めながら思った。
気付けば、臨也の言葉もぴたりと止んでいる。
もう話すネタが尽きたのだろうか。

「静雄。」

名前を呼ばれた。
いつもの愛称ではない。


「生まれてきてくれて、ありがとう。」


頬を伝う涙を親指で掬い、そのままそっと引き寄せられるように唇を重ねた。
紡がれた言葉はどれも普段通りの臨也の言い方で、静雄にとって胡散臭いものだったが、今日だけはその言葉全てが魅力に溢れていた。
恋の力は偉大だ。

まさにそれを実感した。



「愛してくれてありがとう、臨也。」






110128

「そういえば今日みんなに誕生日忘れられてるんじゃないかってがっかりしたでしょ?」

「はあ?」

「俺が出かけるときに使用人全員に『シズちゃんには俺が一番最初におめでとうって言うから誰も言うなよ』って言っといたんだ。」

「・・・・・・。」

「ついでに津軽とかに先越されるのも嫌だから、釘打っといたんだよね。」

(・・・あいつら・・・)


びっくりした??
すっげぇびっくりした。

fin

静雄誕生日おめでとう!!!

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