先は闇に続いてる



・子静雄


大都会の郊外に、場にそぐわない豪邸があった。誰も住んでいないというわけではなく、綺麗に手入れされた大きな庭が月に照らされていた。夜更けにも関わらず、窓からは使用人が忙しなく動いている様子が見える。
その豪邸に一台の高級車が入っていった。汚れ一つなく、車体が月明かりを反射している。
玄関の前に着くと、扉が開き数人の男が車に近づいた。ドアが開かれると青年が一人降りてきた。影のある美形で、顔に微笑を浮かべている。
「お帰りなさいませ。臨也様。」
「あぁ、ただいま。」
青年が現れると、出てきた男達が一斉に頭を下げて出迎えた。それに臨也は笑顔で応えると、速足に屋敷に入っていった。


部屋に着くと、臨也は着ていたスーツを円卓に脱ぎすてた。皺になってしまうかもしれないが、そんなことは気にならない。使用人が綺麗にしてくれるだろう。臨也はちょうど部屋の近くにいたメイドに声をかけた。
「ねぇ、シズちゃん呼んでくれる?」
「かしこまりました。」
メイドは目的を果たすために姿を消した。静寂が訪れる。自分がたてる音だけが響く空間で、臨也はただ無表情だった。使用人達に見せていた笑顔の影はない。

少し経つと、廊下から足音が聞こえた。ぱたぱたと響く音は少し焦っているようにも聞こえる。それを聞くと、臨也は嬉しそうに顔を綻ばせた。
控え目に扉がノックされ、子供特有の高音が響いた。「臨也様、静雄です。」
「だめ。やり直し。」
子供の声に、不機嫌な声が返される。扉の外の存在は戸惑っているようだ。えっと焦ったような声が聞こえた。しばし沈黙が戻る。先程と違うことは、臨也が楽しそうににやにやと顔を緩ませていることだった。
「……臨也…」
「合格!入っていいよシズちゃん。」
声の主が扉を開く。廊下には12、3歳くらいの少年が立っていた。静雄は扉を閉めると、おいでと両手を広げる臨也に飛び付いた。おかえりと告げるとただいまと抱きしめられた。
「今日は遅かったな。」
お疲れ様と静雄から言われると、臨也の疲れは吹っ飛んだ。この少年がいるから今日も頑張ろうと思える。パーティーだろうが、会合だろうが笑顔を崩さずに出席できるのだ。
静雄はまさしく臨也の癒しだった。
それゆえに、最近気になることがあった。

「シズちゃん。『様』とかいらないから。今まで通りでいいから。」

臨也に対する静雄の態度が変わったのだ。もっとも、静雄は折原家に世話になっている身なので、当然といえる。しかし臨也はそれがどうしても許せなかった。「でも、臨也は俺の主人だから…」
「まだ言ってるの??」

臨也の赤い眼がぎらりと光った。

「あ…これからは気をつける…から。」
静雄は何に気をつけるべきかわからなかったが、こう言うしかなかった。でないと臨也の気がすまないと感じたからだ。
静雄を膝の上に乗せて向き合っていた臨也は、その言葉を聞くと満足そうに笑みを深くした。
笑顔に悪寒のようなものを感じ、身体を強張らせた静雄の頬を白い手が撫でる。

「それならいいんだ。じゃあ一緒にお風呂に入ろうか。」

「ん。」







『あの子なんで旦那様と一緒にお風呂に入ってるの??おかしいわよ。』
数週間前、静雄は自分の陰口を聞いた。話している女性は折原家に勤めて、そこそこ年数が経っている若いメイドだった。少し性格に難があり、静雄は彼女が苦手だった。
しかし、確かに雇われている身で主人と一緒に入浴しているのはおかしいと思い、その日は臨也との入浴を断った。すると臨也が怖いくらいの笑顔で理由を聞いてきたので、昼間のことを話した。
二日後、例のメイドはいなくなっていた。他のメイドに聞いてみると、どうやら臨也から暇を言い渡されたらしい。そのときは、彼女の性格が災いして臨也の怒りでも買ったか、くらいにしか静雄は思わなかった。
しかし、その考えはすぐに打ち消された。数日後、静雄は臨也とのことで、メイドから注意をされた。
『旦那様に気安く話しかけちゃ駄目よ。あなたはもう大きいんだから、身分を考えなくちゃ…』
気立てもよく、優しかった彼女に静雄は懐いていた。
だからその注意を聞き、あまり臨也に話しかけないようにした。しかしすぐにまた臨也から理由を聞かれた。

『ねぇシズちゃん。また何か言われたのかい??』
―誰に言われたの?

黙っている理由もないので、優しい女性の名前を口にする。彼女は自分を指導しようとしただけなので、臨也に叱られることはないはずだ。静雄はそう思ったが、彼を待っていたのは、彼女が屋敷を追い出されたという結果だった。
さすがに臨也に詰め寄った。彼女はしっかり仕事をこなしていたはずだ。しかし帰ってきた答えは常軌を逸したものだった。

『シズちゃんに俺と話すなって言ったんでしょう?いらないよ、そんな女』
『――は…??』
『シズちゃんは俺と一緒に暮らすんだよ?君は俺のなんだ。身分とか関係ないじゃん。』





横を見上げれば臨也が嬉しそうに話している。

この屋敷からいなくなったらこの息苦しさから解放されるだろうか―。

静雄はそんなことを考えた。出来ないことは重々承知している。

静雄が縋るようにしがみつく。それを歪んだ笑顔で臨也が眺めていることに、静雄は気付かなかった。














(もう少ししたら君の全てを手に入れるからね。)

(楽しみだなぁ…!!)






100907
もったいない精神で出しました。

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