5000打フリー小説 | ナノ


※現パロ



紅覇は溜め息を吐いた。滅多にしない無意識下の行為に、自分で驚く。そしてその自分の余裕のなさに苦笑しながら苛立って、目の前の手を付けていない紅茶に、角砂糖を三つ投下した。

ああ、苛々する。

揺れる紅褐色の水面を睨み付けながら、紅覇はテーブルを蹴り上げたい衝動を無理矢理押さえ込んだ。流石に公の場所で暴れる程、子供にはなれない。

殆どの週末を、紅覇は今いるこの喫茶店で過ごしていた。上品な雰囲気の内装、美味なコーヒーや紅茶、安価で可愛らしいケーキ類。さらに、三方が壁で仕切られたテーブル席は、個室を思わせて落ち着ける。

週末を一人で過ごしていた訳ではない。初めて自分が本気で手放したくないと思った人間が、大抵目の前に座っていた。忙しなく喋り続ける彼女……なまえは一般的に見ると平凡だったが、紅覇からすれば充分過ぎる程に魅力的で……だからこそ、目の前になまえがいないだけでこんなにも苛立つのだろう。
恐らく待ち合わせをすっぽかされた訳ではない。今日はバイトのシフトが入っていると昨日の彼女のメールに書いてあったから、ただ単にバイトが長引くか何かしただけなのだろう。

理性では、解っているのだ。

紅覇だって待ち合わせに遅れたことくらいある。それなのに自分が待ちぼうけを喰らっただけで苛立つなんて、格好悪い。
そう思っているのに無意識で再度溜め息を吐いた自分に苛々は溜まっていく。

先程から八つ当たりの如く角砂糖を投下している紅茶は、甘すぎてもう飲めたものではないだろう。
勿体ない、と頭の片隅で思いつつ、手は角砂糖を液体に落としている。要するに、手持ち無沙汰で気を紛らわせたいだけの行為。砂糖は液体、特に温度の高いものによく溶けるため、溶かしても溶かしても角砂糖は原形を残すことなく消えていく。

心做しか濁ったように見える紅褐色の液体は、まるで紅覇の心情を表すかのように、ゆらゆらと揺れていた。水面に写る自分の顔が歪んで見えて、その顔を掻き乱すように再び角砂糖を加えた。


たかが五分、たかが十分。そう必死に言い聞かせながら、待ち合わせの時間から十五分経った頃だった。

「ごめん、紅覇! バイトの先輩に捕まっちゃって」

……たったそれだけ。たったそれだけで、すーっと怒りに似た感情が消え、そこで初めて気が付いた。
この気持ちは、きっと『寂しい』と呼ばれる感情で。なまえが居なかっただけで苛々と寂しい気持ちを抱えていた自分を悔しく思いつつも、この感情は嫌いじゃないかもしれなかった。

「……僕を待たせるとは良い度胸だねぇ?」

寂しければ寂しい程、なまえが愛しく感じられる。

「うー……ごめんね」

小さく唸りつつ謝ったなまえは、紅覇の目の前に座るなり「喉渇いた」と呟いた。

「飲んでもいいよ〜」

「え、いや、でも悪いし」

「口付けてないし温くなってるからね〜。僕もまた新しいの頼むし」

ちょっとした仕返しだ。

「そう? ありがと、紅覇」

何も疑わずにティーカップを傾けた名前は、うげ、と微かに顔を歪めた。

「……甘っ!」

「だろうね〜」

返答しながら何と無く角砂糖をもう一つ紅茶に落とすと、なまえが今度こそ本気で顔を歪めた。角砂糖は原形を残したまま、溶けようとはしなかった。

「飽和してるじゃん! どれだけ砂糖入れたの」

「……なまえが遅れて来るのが悪いんだからね」

言い逃げのように呟いて、反論しようとしたなまえの唇を塞ぐ。唖然としたなまえの顔に満足して唇を離して、

「……確かに甘いね〜」

呟いた言葉は、仕返しの延長線上。その台詞を聞いたなまえの顔は、確実に赤くなった。



2013.04.10.


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