「なまえ〜、いる〜?」
「……また来たんですか。暇人ですね」
「暇なわけないだろ」
声を掛けてすぐ、返事を待つことをせずに紅覇は扉を開けた。なまえは呆れたように横たえた身体を紅覇の方に向ける。
いつも通り吐かれた毒にはいつもの覇気が無く、顔色も悪いようだった。
「今日も寝込んでるの〜? 脆弱な奴」
思わず口に出した言葉は本心とは程遠く、紅覇は密かに眉を潜めた。そんな紅覇の内心を知ってか知らずか、なまえは小さく笑う。
「今更何を言ってるんですか。貴方、私が寝台の上にいるところしか見たことないでしょう」
なまえの躯は病に侵されている。本人が知っているかは分からないが、回復の見込みはないそうだ。
「……まあ、そうだねぇ」
毎日のように訪れては、動くこともろくに出来ない女、それも会いに行く度毒を吐く女の相手をし。
一体何が自分をそこまでさせるのか、それが解らない程紅覇は鈍感ではない。そして、特別な感情を抱く女に諦めたような笑みをして欲しくもなかった。
「それで、本日は何の御用で?」
自嘲にも見える笑みを引っ込め、なまえは皮肉げな顔をする。どうせ、大した用事ではないんでしょう、と言わんばかりだ。
そして、それは間違っていなかった。昨日までは。
毎日何かしら理由を付けて、この代わり映えしない部屋を訪れて。堪え性の無い自分が時折落ちる沈黙を苦にもせず。
そんな今まで通りは、もうすぐ終わる。なまえを診ていた医者は言っていた。『彼女はもう長くはない』と。
一瞬否定しようとして、それをしなかったのは、紅覇にもなまえの明確な死が見えていたからだ。そして、それが解ったからにはもう迷っている暇はなかった。
「なまえ、」
流石に些かの緊張を覚え、呼び掛けた声の末尾が震えた。それに気付いたなまえは、驚いたように目を瞬く。
「何ですか?」
「お前は本気で僕を暇人と思ってたみたいだけどさぁ、……例え暇でもお前みたいな何も出来ないつまらない女のとこになんて来ないよ〜、普通。……好きでも、ない限りは」
随分と回りくどく、解りにくい台詞だと、我ながら思った。
言葉をゆっくりと時間をかけて理解していったなまえは、徐々にその目を見開いていく。
「え、」と小さく声を漏らしたのをきっかけに、見る見る間に顔を紅く染めた。
「な、何を……」
慌てたように視線を泳がせるなまえを見ている内に、紅覇は落ち着きを取り戻した。
「好き、って言ってるんだよ〜、わかんないの?」
逃げ場を残す余地無くきっぱりと告げると、なまえは思い切り視線を逸らした。
「……仮にも、一国の皇子でしょう、貴方は。私なんかに、現を抜かしていて、良いんですか」
いつもより息継ぎが多いのは、照れ故か。そう思うと、抑え切れない愛しさが溢れる。
「僕に文句付けるなんて百年早いよ〜」
「……文句じゃ、ありませんよ」
ふい、と逸らしたその頬が、朱い。
「じゃあ何ぃ?」
「……照れ隠し、って。言わなきゃ分からないんですか紅覇様のくせに」
問うた紅覇への答えは、意外なまでに素直な言葉で。拗ねた振りをした照れ隠しの顔が、こんなにも、愛しい。
「なまえ、」
「何ですか」
「こっち向いて?」
「……嫌、です」
「何で〜?」
「……何でもですっ」
「……顔赤いねぇ」
「う……るさい、です」
逃げるように更に顔を背けようとしたなまえを、紅覇は強引にこちらに向ける。そもそも、弱っている身体で逃げられる訳が無い。
初めて見る、彼女の素直な表情に。そっと唇を合わせた。
ぎゅっと目を瞑ったなまえから唇を少しだけ離して、至近距離で囁く。
「なまえ」
「…………何ですか?」
「好きだよ」
「……はい、」
「お前が死ぬまで離さない」
「……臨むところです」
死ぬまで、傍に居てください。
目を開けて言ったなまえは、思いの外近かったらしい紅覇との距離に、また頬を染めた。
未練を残して欲しかったそうすれば、まだ此処に居てくれるような気がして、
2013.11.20.
謝罪を二つ。まずは遅くなってすみません。もう一つは……何か甘甘じゃなくてすみません。わ、私の精一杯の砂糖です、これでも……。
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