【1059taisen】
秋風揺らすは菊一片
)何やら温泉デート中



―――俺だってな…
特賞より三等の…三等の―――…


「…聞いたというに」

うわ言の如く繰り返す一益に呆れながら、段蔵は双眸を落とす。
赤い瞳に映る一益は、意識を手放して身体を横たえさせており。
その頭は段蔵の膝枕に乗せられた、湯上りの浴衣姿。
しっとりと水気を含んだ髪は普段以上の色香を漂わせ、湯に浸かり上気した肌は…まるで事後の。

「…クク」

"先程までの"行為を思い返してか、段蔵の口角が歪む。
少々、可愛がり過ぎたか。
ほくそ笑む段蔵もまた、一益と揃いの浴衣を着付け。
起こしてしまわぬ様に一益の髪を指へくるりと絡ませて玩ぶと。
一益の身体へ風を当てるべく開かれた窓からは、秋の夜らしい涼風と虫達の音色が入り込んで。
段蔵が赤の双眸を窓へ向けると、静かな夜闇だけが映る。
虫の音は絶えず、だが人々の喧騒と思しきは感じられず。

「貴様が選ぶ"らしい"宿だ…」

二人が今、身を置くのは温泉宿。
段蔵の言からするに、この宿を選んだのは一益の様子。
少人数用の離れが一棟一棟、程好く距離を取って建てられている造りである為、他の宿泊客との接触は少なく宿側の干渉も控え目。
部屋には、美しく整備された庭園を望みながら入る事が可能な温泉がそれぞれに備えられていて…
といった辺りの説明を一益から聞いていた、その時の段蔵は。
で、ラブホテルと何が違うのか。…という言葉を一先ず飲み込み。
宿へ着くと、飲み込んだ通りの事を温泉内で実行した模様。

「……三等…の……」
「…まだ言うか」

窓から再び一益へ。
落とす段蔵の眼差しは呆れ続けながらも、何処か柔和。
そもそも何故に二人で温泉宿という運びになったのかといえば。
一益が所謂、商店街の福引で特賞の温泉宿泊券(ペア)を引き当ててしまった事に端を発していて。
指定された何件かの宿の中から此処を選んだのだが…
うわ言から察して、本来一益は全く温泉狙いなどではなく。

「…高級、玉露…セット…」
「…そこまで無念か」

"らしい"と言えば、らしいか。
ほんの少しだけ眼を細め、段蔵は髪に絡めていた指をするりと抜けさせて一益の顎をつつと這う。
這わせた指は一益の下唇に触れ、柔らかく艶やかな感触。
少し着崩れた浴衣の隙から覗く胸元も含め、一度抱いた程度ではまだ物足りぬというのが段蔵の正直な気持ちではあるが。
悦い反応を望めぬ状態の一益と戯れても仕方なしと、押し込め。
吹き込む秋風を段蔵も受けて火照りを紛らわせる。
夏が終わり、季節が移ろうた事を我が身に知らしめる涼風。
凛々とした虫達の奏でも加わる中で、温もりらしい温もりは。
一益の口唇に触れる指先に掛かる、仄かに熱っぽさすら含む息。
ふ、と。
指を撫でた。

「―――…貴様…」

…ぎゅうううっ。

「さっさと起きろ」
「い…っ…おいおい、こんな手荒な起こし方があるかよ」
「…貴様が、くだらぬ狸寝入りなぞをしているからだ」

段蔵の指を静かに撫でた、秋風とは異なる息の感触。
既に起きていたというのか…それは意識を手放した者の呼吸ではない微妙な差異に段蔵は気付き。
してやられた思いから、少しばかり忌々しげな表情を浮かべると。
口唇に触れていた指を離して、一益の頬を思いっきり抓り。
ずっと柔和に輝き続けていた赤の瞳にも鋭さが戻るが。
双眸を開いて段蔵を見上げる一益はというと、抓られた事をさして気にする様子は無いらしく。
悪戯に引っ掛かった段蔵へ、ただ密やかな笑みだけを送る。

「あんたが悪いんだ、膝枕なんて…らしくない事をするぜ」

そう言いつつ。
一益はゆるりと頭を傾けたかと思うと、抓られたとは逆の頬を段蔵の太股に寄せて小動物の愛玩行為の様にすりすりと。
滅多に起こる事は無いであろうこの状況を愉しみ。
ひとしきり堪能すると、小さな口付けを浴衣越しの太股へ。

「…浴衣を着付けたところで貴様が湯中りを起こし、俺に倒れ込んだのだろうが…不可抗力だ」
「湯中りを起こすまで温泉で何をしていたか言ってみ…いや、訂正する、言わなくていいぜ」
「フフ、何をしたか事細かに言ってやって構わぬぞ」
「だから言うなっての…しかしまあ、温泉は悪くなかったな」
「…何故…」

甘え寄せる一益に段蔵の赤は、何時しか柔和さが戻っていた。
普段の様に笑み、話す語りも変わらずと言えば変わらずな。
その中で、ぽつりと。
段蔵が一益へ問う。

「貴様なら誘えば付き合う奴は居るだろう…何故、俺なのだ」
「恒興やら誰も日程の都合が付かなかったのもあるが…というか、恒興だと植物園に付き合ってはくれなさそうだしな」
「…ちょっと待て、初耳だが」
「言っていないからな」

くすり。
そんな形容が相応しい悪戯な微笑を一益は崩さず段蔵を見詰め。
二泊三日の小旅行、一益が描いていた旅行日程を明かし始めた。

「玉露が当たらなかったのは残念だが…この温泉地の近くの植物園で菊祭りが有るというから、明日はそれに行くつもりだぜ」
「…茶だの菊だの…もう少し老け込んでからの趣味にしろ」
「恒興によく言われるな、まあでも…あんたはそんな物好きに付き合ってくれるんだろう?」
「…ククッ」
「…ん、ふっ…」

物好きはお互い様、だ。
しかし段蔵は総てを呑み込むと一益の顔へ近付き口唇を奪う。
すぐに絡み合わせた互いの舌は、勝手を知る様にぴちゃりと音を立てて唾液を共有させていて。
慎ましやかな水音は。
けれども秋の涼風も虫達の合奏も遠く遠くへ退けさせる。

「…植物園とやらに行く体力が残っていれば良いがな、フフ…」
「そうなんだよな、ソイツだけが心配だが…手加減は無用だぜ」
「クク、当たり前の事を…」
「…だよな」

重なり合うに妬いたのか。
きりりと冷える秋風ひとつ。
菊一片を、揺らす様。
冷める熱ではなかろうに。

■終幕■

◆天正14年9月9日(旧暦)
今年も一益の命日が菊の節句と共に巡って参りましたので。
二度目となる合わせの小噺を。
九重九湯から、記念日としては温泉の日でもあるらしいので…いいですねえ、温泉(*´ω`)
という訳で現パロでしっぽり温泉宿いちゃいちゃにしてみたり。
…でも、温泉えろの部分を書いた方が良かったカシラ(苦笑)
しかしどう考えても最近の更新は★が付きまくりな訳で。
ちょっとお色気はお休みして、段蔵さんが膝枕なんかしてくれちゃってたら良いじゃない何て…
性格上、絶対にやらなそうな事だからこそさせたかったんだー。
でも事後で温泉しっとり濡れ濡れ浴衣な一益とか、この後どう考えても朝までヤって…げふげふ。
それにしても、前年の菊の節句から一年…その際の後書きに、来年も偲べたらと書きましたが。
こうして再び書けて良かったと思うと同時に、まさかこの一年も段益ばかり書いていたとは(笑)

2012/09/09 了
clap!

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