【1059taisen】
浜昼顔の午睡
)出羽に転封してから少し時間が過ぎた義宣と内膳



北国、久保田の地にも夏の気配。
涼を彩るは、水辺の花よ―――

「殿、内膳で御座います。領内の新たな経営に関する草稿にお目通し頂きたく参上致しました」
「……」
「殿…義宣様?」
「……すぅ…っ……」
(何と…眠っておられるのか…)

既に人払いを済ませていた部屋には義宣の姿、ただ独り。
室内に足を踏み入れた政光は音を立てぬ様にそろりと戸を閉め。
今一度、先に待っていた義宣に目をやるが、やはり主は夢中であり政光に気付く様子は見られず。
小机に肘を置き、頬杖を付いたまま深く眠り込んでいるのか。

(…無理もありませぬ、な)

常陸から転封先となった出羽は…想像以上に厳しき土地。
数年に一度は襲い来る飢饉の影、明確な財源を見出だせぬ状況。
この地の宝を急ぎ目覚めさせなければならぬ事に加え。
転封に揺れる家中の迅速な安定や幕府との関係といった、人間関係への対応がじわりと精神を削る。
義宣とて疲労が蓄積する頃合。

(それにしても、義宣様の寝顔を見れるとは…何たる果報か)

基本的に義宣の性分はかなり用心深く、余程の信用を得た者しかよくよく顔を見た者がいない程。
だが政光は、はじめの、ただの一目で刻み込んでしまったのだ。

―――我が終生の主である、と。

以来、義宣の信頼に足る者になる事だけが政光を突き動かす。
余所からの新参者という不利を何としてでも乗り越えたかった。
佐竹重臣の家である渋江氏を継ぎ、新たな名を得た、あの日。
「内膳」―――初めて呼ばれた日の微笑みを湛えた義宣の顔を、忘れる事など政光には出来ない。
しかし絶大な信頼を得るに至った今でも、義宣の寝顔が見れるというのは殊更別格の話である。
最も無防備となる就寝時ともなると用心深さは一層に増し。
何処で眠っているのか悟られぬ工夫を施し、床に就くのだから。
寝顔の珍しさが知れよう。

「……すう…すー…っ……」
(何とも心地好さそうな…これでは起こす訳にいかぬ)

あまりの幸運に政光は、ただただ魅入りそうになるを堪え。
義宣の身を第一とする己が全うすべき役目に、思考を引き戻す。

(この陽気であれば風邪という事は無いと思うが、ううむ…羽織る物をお持ちした方が良いのか)

或いは。

(…寝所に、お運びするとか…)

…運ぶ?
義宣様を抱き上げて…?

(なっ、何を考えている内膳!)

つい想像し掛けた行為を払うが如く、政光は勢い良く首を振り。
平静を取り戻すべく、ひとつ深呼吸をして息を整えた矢先。

「……ん……っ?」
「!…よ、義宣…様…」
「…な、い…ぜん?」

目覚めたばかりの義宣は、まだ眠たげな眼差しで政光を捉え。
普段の威に満ちた堂々たる物言いではなく、とろんと蕩けた夢見心地の声で呼ぶのは政光の愛称。
呼ばれた政光は、何時も知る義宣とはあまりに異なる振舞いに。
もしや夢を見ているのは自分の方ではないのか?とさえ思う。
口には出せぬまま巡る想い、政光の身体は義宣を見詰めたまま動く事を忘却したかの様に固まった。

「すまぬな、内膳。何時の間にか眠り込んでしまったようだ」
「いっ…いえ…義宣様にお時間を頂いておきながら、指定の時刻に遅れた私が先に謝るべき事…申し訳御座いません」

どういった状況なのか理解が及び始めた義宣は頬杖を外し、居住まいを正すと政光に声を掛け。
その、聞き馴染んだ声に政光の口と身体が動かし方を思い出すと慌てて頭を下げ、非礼を詫びる。

「内膳、良いから面を上げよ」
「は…ははっ。では」
「領国経営の新たな草稿だったか、俺が目を通さずとも内膳の案ならば間違いないと思うがな」
「義宣様の許可無く進める訳には…いえ、義宣様が休む事の出来るお時間を頂いてしまっているのかも…しれませぬが…」

義宣の許しを受けて頭を上げた政光が持参した草稿を差し出すと。
受け取る義宣は草稿の一文一文、丁寧に読み進め。
部屋に響く紙擦れの音。

「ははは、では内膳。その責を取ると言うなら終わるまで待て」
「えっ…しょ、承知しました」

紙擦れの音に添えられたのは、徐々に消沈する政光の声。
申し訳なさそうな様子から、義宣は自分の居眠りが如何な意味であるか政光は理解していると察し。
細めた双眸。
笑みをもって政光の心を解す。

カサ…パサ…ッ…

「…一先ず、ここまでか」
「何か内容に不都合や不明などは御座いましたでしょうか。」
「いや、俺からこの草稿に対し大きな異は無い。詳細を詰めよ」
「では急ぎ、完成を目指したく思います。…それで…義宣様…」

無事に義宣のお眼鏡に叶い、安堵する政光だったのだが。
続く言葉の歯切れが悪い。
自分から言い出したものかと、気付いて欲しげな様子に義宣は。

「うん?…さては、責を取る…という先程の話か?内膳」
「さ、左様で御座います。私に出来る事ならば、何なりと」
「そうだな、この場においては内膳にしか頼めぬ事を責と致そう。…もう暫し、眠らせてくれ」
「は…はっ?」

取るべき責の内容を聞き漏らすまいと、全身に緊張を走らせていた政光の口から零れる呆けた声。
言われている事の理解は出来る、だがそれが何故…自分にしか頼めぬ事なのかまでは及ばぬ模様。

「ふふ。内膳の為に取った時間には…まだ余裕があろう」
「え、ええ」
「その残りの時間の内だけ、此処で眠らせて欲しいという事だ」
「そ…れでは、私は部屋の外に控えておいた方が宜しいですな」
「部屋に居てくれ、他の者に見付かったら内膳との話は終わったと…次の案件が前倒しになる」
「あっ…な、成る程」

自分にしか頼めぬ事の理由とは、そういう事か。
―――それにしても。

「…義宣様にも、斯様な珍しい日が有るのですな」
「咎めるか?」
「いいえ…この内膳、義宣様の眠りを護る責を果たしましょう」
「ふっ…頼んだぞ…」

やがて立つ、安らかな寝息。
政光はふと―――水辺に咲いていた淡紅色の花を想起する。
陽射しを受ける程に花咲く浜昼顔も、時に午睡が欲しかろう。
夏の気配を想いながら政光は。
敬愛する主のささやかな午睡を静かに見守り、一輪の浜昼顔の盾として在る己を全うしていた。

■終幕■

◆1570年7月16日は佐竹義宣公の御生誕日!(*´ω`)ノ
そしてレアリティは不満だけれども渋江政光殿の追加おめでとう&自引きした!記念小噺でした。
浜昼顔は、幾つかある7月16日の誕生花のひとつでして。
和名…というか漢字表記が出来る花を選びたかった事と。
花言葉の1つが「絆」で、この主従に相応しかった事から題材に。
それこそ戦国大戦には絆システムなんてのが有る訳ですけどね。
何故この主従に無いのかという意味も込めてるとかいないとか。
案の定で夏の陣がメインで、冬の陣にて戦死した内膳が追加してくれただけでも御の字…だけど。
台詞がいちいち我が殿、義宣様が大好き感ぎゅんぎゅんで…堪らん萌エルーワ!なのです…けども…
内膳は可愛い(結局)
佐竹家が好きになってからは内膳の追加をずっと待ってたので。
素敵な主従のお話も、ちまちまと書いていきたいです(*´∀`)vV

2015/07/16 了
clap!

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