【1059taisen】
雪の懐
しんしんと、しんしんと。
降る雪はいのちの脈動を覆い隠し、辺りはただ、静寂。
夕刻を迎えるのも、まだ先だというのに夜の如き静けさ。
一益には、それが心地好いが。
ひとり、という事は無い。
仔犬の身と為る今、一益は座る段蔵の腕の内から雪を見ている。
ただただ、会話は無いだけだ。
声を発したところで白に雪に掻き消されてしまうのでは、と。
そう感じているのかもしれない。

とす、り。

絶えた音の中での雪見。
永劫に降り積もるのではないかと思わせる深雪の景色は美しいが。
不意に、一益は頭を段蔵の胸元に寄せて耳を澄ます。

(―――トクン、トクン)

聞こえるいのちの音に、一益は双眸を閉じて聞き入る。
静寂の奥底から湧き出でる力強さを秘めた、いのちの音。
雪に覆い隠された景色の下も、きっと、いのちの脈動は続いて。

…ふさ…っ…

尻尾を段蔵の身体に擦り寄せ。
一益の手は段蔵の黒衣を小さく掴み、一層に雪肌へ近付く。
まこと―――雪の様な段蔵。
あまりに近付き過ぎては、体温で溶け消えてしまいそうな。
或いは、白の深淵に自分の方が埋もれてしまうだろうか。

…ぎゅ…っ…

「…ん…」

想う事を見透かす様、段蔵は腕の中の一益の身体を深みへ誘うが如く抱き寄せて体温を重ね合わせ。
いのちの音に想う安堵。
静寂とは異なる心地好さ。
だが、一益は知っている。
いのちを狩る者の、いのちの音。
一体、どれだけの命脈を絶やしてきたのだろうか?
もぞり、と。
段蔵の腕の中で一益は蠢き、閉じていた双眸を開いて見上げれば。
何処かで見た景色の色に思えた。
仔犬の身である今とさして変わらぬ、童の頃だっただろうか。
鳥から逃れた南天の赤い実。
枝から雪を払う下から現れた色は、いのちを感じさせて止まず。
見上げ見詰めた段蔵の瞳の色に、同じ想いを一益は抱く。
けれど。
いのちの色を宿している筈の瞳は時折、背筋が凍る程に冷たい。
今は柔に輝いていたとしても。

「…いいのか?」
「…何がだ」
「こんな"ふところ"に おれを いれてしまっても、さ」

白に雪に、段蔵に。
掻き消されるつもりは毛頭無いと示す為か、一益は静寂を乱すと。
挑発する様に人差し指で段蔵の胸元を軽く突く。
よくよくと指の形を見れば、それは一益の得物を模していて。

「クク、例えこの距離でも…貴様が引き金を引く事は無い」
「…そうだろうな」
「フフ、強気に出た割に諦めの早い…試してみれば良いだろう」

こんな時だ。
冷たい冷たい、いのちの色は煌と輝きいのちを狩り取る色と成る。
一益が、その色に想うのは。
自分の内に在るいのちの色も、綺麗に咲かせてくれるだろう。
闇に染まり続けた自分の色でも。
段蔵ならば、綺麗な赤い花を大地の上に咲かせてくれるだろう。
赤い、あかい命脈の花。
同じ色に、成れる。
それも―――悪くないな、と。

「…まだ…はやい、か」

人差し指の銃口を下ろし、一益は段蔵に向けるとも自らに向けるともつかぬをポツリと漏らす。
その言葉に含まれている一益の意を段蔵が何処まで理解したのか。
一益に知り得る事は出来ない。
出来ない、が。
そっと犬耳を撫でられ。
寒さとは違う、擽ったさに身体をふるりと震わせた刹那。
重ねられた物言わぬ段蔵の口唇はしかし、語っていた。


花咲く季節は、まだ先だと。


還る静寂、雪は降り。
しんしんと、深々と。
その身を擦り寄せる仔犬は。
仄かに温かな雪の懐に抱かれる。

■終幕■

◆冬に見ていた、赤い実の成る木は何の木だったかな、と。
思い浮かんだ候補は2つ、南天か七竈。どっちかな(*・ω・)?
考えている途中で、あれ七竈って虫か?とか思ったけれど、それは多分カマドウマが混ざった(笑)
ニケの事か(By魔法陣グルグル)
まあ結局、庭木用で鳥に食べられなければ冬も実が付いている…という記述を見付けて、南天の木だったと確信したのですが。
鳥の大好物らしいけど、冬まで残っていたと記憶してるなあ。
引っ越す前の家の庭木の話。
そこそこ雪が降る地方で、白に埋もれる冬だったので。
枝から雪を払った下から現れる赤い色の事を、段蔵を見ていると思い出されるのです(*´ω`)
さて!2012年の初小噺。
昨年からの流れで言えば、段益の姫初めかと思いましたが…
あまりの★の並びっぷりに、ちょっと一益を休ませようと(笑)
何というか…会話内容からして甘いって事でもないのですが。
近くて遠くて、けれど触れ合う段蔵とわん益の冬でした。

2012/01/15 了
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