【1059taisen】
如何して南瓜は笑うのか
橙色の、笑う南瓜。
ひとつがふたつ、ふたつがみっつ、みっつが―――
笑う、笑う、南瓜の灯火。
誰を笑っているのだろう?
橙色の、笑う南瓜。
夜闇に浮かぶ、童が百鬼夜行。


「…これは何の騒ぎだ…」

人の営みを見下ろす、小高い丘の木立から零れる呟き。
じわりと闇から染み出す様に、形を成した段蔵は。
夜の帳が落ち、本来ならば静寂を迎えているであろう筈の営みに起きている異様を見詰めていた。
点々と灯された南瓜が笑い。
時折、上がる歓声に眼を寄せれば童が人ではない者に化けている。
その奇妙さに、普段は腹の底で如何な思考を巡らせているのか全く読み取れぬ段蔵の表情も。
今は、訝しげな。
快か不快かで分けるならば、後者に寄せた様な。
やはり深くは知れないものの、そんな様子の面持ちで。
橙色の灯火を見下ろす―――と。

「ハロウィン、だとさ」

木立の暗闇が…ささめいた。
段蔵が其方へ眼を向ければ、ぽっかりと闇に浮かぶ狐面。
その面妖に段蔵は身動ぎせず灯火と同じ様にして注視する。
一拍を置く、間。
つ、つ。
狐面は音も無く横へ滑り、ただ其処には一益が立っていた。

「…貴様が被るなら、狐ではなく狗だろう」
「まあ、それを言われると残念ながら返す言葉は無いな」

口元にそろりと狐面を寄せ、小さく一益は笑む。
予想していた通りの事を、言われたからかもしれない。

「…俺を呼んでおいてからに遅れるとは、良い度胸だな…」
「悪かったぜ、俺も多少…参加させられたものだからな」
「…この騒ぎの事か」

一益の思惑に乗せられた事に感付き、段蔵は話を変える。
どうやら、この場を選び、この時刻を選んだのは一益の様子。
だというのに遅れて来た旨を咎め立てれば、先程から奇異の眼差しで見詰めるに加わっていたと。

「ハロウィン、って言っただろう?南蛮…とは違うらしいが、とにかく向こうの祭りだそうだ」
「祭りだと…?」

一益の言葉を受けて、段蔵が改めて橙色の灯火を見下ろす。
成る程、既知には無きから異に感じ取ってはいたが。
これを祭事と呼ぶならば、様式は違えども火を焚き上げ、面を用い人ではなきに化けるといった近しさは有る様に思えた。

「祭りの主役は…ああして、化けている側だと言うんだが…」
「フフ、何だ…化生の祭り事か…面白い、如何すれば良い?」
「(…言うと思ったぜ)」
「何か言ったか?」
「……いいや、何でもない」

―――時々、だが。
触れてはならない禁忌だからこそ、触れたくなる人の性に従い。
聞いてみたいと思う時が有る。
自らが「化生である」と一切の疑い無き事、揺るがず。
それは時に忍びを抜けた一益には、こころの痛みを思わせた。
人のかたち、なのに。
生来、備えてしまった足りない色が、異なる色が、満ち溢れる異能の才が―――そう信じるしか、なかったのだろうか。

「……おい」
「…ああ、いや…如何すれば…と、言われてもな。それこそ、どう説明したものかと考えていただけだ。…聞いてるぜ」

橙色の灯火よりも…ずっとずっと印象的な赤に見詰められている事を思い出し、一益は取り繕う。
上手く誤魔化し繕えたとは一益自身でも思わないが。
今は、まだ。
或いは。
今だからこそ、化生のままに。

「手、出しな」
「何?」
「いいからさ」
「……」

一益の言葉の真意を計りかね、段蔵は瞬間、眉をひそめたが。
すぐに整い戻すと、無言で一益の前に掌を差し出した。

ころころ、ころん。

「…何だ…?」
「向こうの…といえば先日、下賜を受けた中にソイツがあった」
「貴様が下賜と言う事は、信長からという事か…」
「そうだな、信長様からだ」

袋の中から段蔵の掌へ。
手に余る程という事はなく、手に寂しいという事もない量の。
変わり種のまきびしかと、初め段蔵は思ったが…どうも違う。
ころりころり、球の形でありながら幾つもの先端を持つ小さな塊が段蔵の掌に躍り出ていた。

「コンフェイ…コンペイ、トー?確か、宣教師がそんな風に言ってた筈だぜ…南蛮菓子、だな」
「菓子…これがか?」

正した眉間に今一度、段蔵は皺を寄せたがすぐに戻し。
掌の内と一益を一度ずつ見直す。

「…信長様が食べていたんだから、大丈夫だと思うぜ」
「…フン…」

そんな、少しばかり何時もとは違う様子の段蔵が面白かったのか。
一益は童子に諭す様な口振りで幽かな微笑を。
それに対して言いたい事は多々あるのだろうが、話を続ければ一益の口巧者が続くだけでもある事を段蔵は知っている。
ひとつ、球とも尖とも取れる南蛮菓子を摘み上げ。
ぽい、と口の中へ放り込む。

「……甘……」
「…あんたがそう言うって事は、相当ソイツは甘いんだな」
「…待て、貴様も食べたのではないのか」
「信長様が食べた、とは言ったぜ。…だが、俺が食べたとは一言も言った覚えが無いな」
「…クク、とんだ毒見役だ…」

とは言うものの、甘さそのものは嫌うところではないのか。
段蔵は続けてもうひとつ、口の中へ放り込んだ。

「…ところで、祭りで如何すれば良いって言ってたよな?」
「…ああ」
「Trick or Treat?って唱えてやれば良いんだぜ」
「…どういう意味だ」
「ふふっ…お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ。だ、そうだ」

ぴたり。
この会話をしていなければ、一益が「もしかして気に入ったのか?」と聞きそうになるであろう五つ目を口に放るのを止め。
総て合点のいった段蔵は、短い溜め息をつく。

「…つまり、先手を打たれたという事か…フフ」
「あんたは問答無用で悪戯をしてきそうだからな」
「クク、やはり化生よ…」

止めていた五つ目が放り込まれ、ぱりんと砕ける音。
悪戯は諦め、お菓子の甘さに。

「…Trick or Treat?」

するりと、影の様に音を立てず段蔵に近寄る一益は。
口唇を段蔵の耳に寄せて囁く。
紡ぐは今宵の呪文。

「俺が化生だ、ってあんたが言うなら。俺も唱えて良いだろう?」

知らなかったのだから、菓子を持っている筈が無い。
どんな悪戯をしてやろう?
とてもとても、意地悪な悪戯を。



―――あんたを。
「愛してる」って言ったら。
あんたは。
どんな顔を、するんだろうな。



(…悪戯にも…ならないな)

ふ、と、自嘲。
橙色の南瓜が笑うのは。
お菓子よりも、甘い悪戯を仕掛けようとするからか?
それとも。

く、ん…っ…
ちゅく…ッ…

「ん、ふ…っ…う…」

突如、顎を囚われ。
柔らかに奪われた口唇に一益は、ほんの少しだけ油断をした。
それはすぐに、優しいひと時などではなく喰らわれる様な。
情炎の赴くままに貪る激しさ。
なのに。
どうして如何してこんなにも優しくて、柔らかで―――そうか。
甘いの、か。

ちゅ…う…っ…
ころ、ん…ころ…

一益の咥内に侵入してくる段蔵の舌は同時に、ころころと南蛮菓子を送り込み甘さを伝えてくる。
碌に息も出来ない口吸いの中で、知らなかった甘さは。
何かを錯覚してしまいそうで。


ああ、確かに、甘いな。
思わず―――思わず。
笑ってしまいそうだ。


…ちゅ…

「…フフ。貴様の望み通り菓子をくれてやったぞ…」
「…元々は俺があんたにやった菓子なんだから、無効だろ」
「クク、だから多少…色を付けてやっただろう?」
「よく言うぜ……ふふっ…」

橙色の南瓜は今も笑う。
如何して南瓜は笑うのか。
甘い甘いお菓子に柔らに笑う化生が、可笑しくて。

■終幕■

◆南瓜の伝来→1541年
金平糖の伝来→1550年頃
信さまが宣教師フロイスから金平糖を献上された→1569年
段蔵さんの没年→1569年
(;´Д`)<…
まあ、そもそも現代パロでもなく戦国ハロウィンネタをやろうという事が無謀だったというか。
大体にして砂糖の製法が確立していないから、お菓子って…orz
干し柿とか、そういう事になると思うのですがパッとしない。
となると南蛮菓子という訳で。
カステラの方が有名だけど…カステラで、ちゅーは口の中がモソモソしてそうで決まらない(笑)
金平糖で、ちゅーの方が想像する絵的にも良いかなと♪

何時も使っている国語辞典からの意味になるのですけれど。
【化生】(けしょう)
@「仏」四生のひとつ。母胎や卵からではなく忽然と生ずる。
A形を変えて現れる事。また、現れるもの。ばけもの。へんげ。
基本的にはAの意味だと思っているのですが。
段蔵の場合、@でも特に問題は無さそうな雰囲気である。
本文中でも書いたけれど、自分を人ではないと称するに至るのって仄暗い経緯が有りそうだなあ…
他者とは隔する容貌と才能。
生まれてからずっと人ではない化生だと吹き込まれ続けて、それを信じ有能の忍びに成ったのか。
拒絶され続け、辿り着いたのは自分は人ではない化生だと信じる事で自己を保っているのか。
薄っすらと、一益は後者だと感じ取っている。とか、ね。
うーん、でも段蔵の周りも忍びだった筈…だよなあ。
じゃあ忍者=化生の思考はどこから来たのかって話になるか。
「人」の意識有る時に、拒絶する周囲が化け物に見えていて。
けれど徐々に、自分は彼等よりも優秀な…もっと上の「化生」である事に辿り着いて自己を作り。
以来、他の忍者もとい「化生」に自分の方が優秀だと示す。
段蔵と富田殿や出浦さんの会話って、そういう表れかな…とか。
千代女のイベントからすると、一般の人間から見れば忍びの類は纏めて化け物と見てるのかな。
しかし武田伝の出浦さんに化け物扱いされとるからな段蔵。
忍びから見ても考え方が異質であり異能なのだと思うんだ段蔵。

って、気が付いたらハロウィンでも何でもなくなってた。
ただの段蔵語りだよ(苦笑)
大戦段蔵で考察したい事は尽きませんが、また別の小噺で。
今更だけどHappy Halloween!

2011//10/31 了
clap!

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