【1059taisen】
九の白波と一片の雪
)段益があった上での九鬼益



心地好い体躯の重みが、身体の上にゆっくりと覆い被さる。
激しく互いを求め合う情交の中で、不意に訪れた静寂。

「…どう…し、た…?」
「…一益殿がキツかった、ら…止めるけどっ…少しだけ…」

"このままで"

恐らく、そう言いたかったのであろう嘉隆の語尾は…か細くて。
相変わらず押しの弱い海賊様な恋人に、一益は言葉で返さず嘉隆の背に腕を回して抱き締めれば。
後孔に埋まるままの自身がピクリと脈打ち、背へ爪を立てそうに。
相手を見上げて抱かれる事など、数える程もあっただろうか。
男との情交など、使う箇所を考えれば後ろからが都合良かろう。
嗜虐を煽り、欲情のまま突く。
しかし一益への恋慕が募る嘉隆には、そんな思考は働かぬ様子。
仰向けに横たわらせ、開かせた一益の脚を抱えて及ぶ情交。
淫らな水音の中に混じるのは、幾度も一益に贈る小さな口付け。

―――その中で。
不意に嘉隆が律動を止めたかと思うと、その自身を一益のナカへ挿れたまま預ける様に覆い被さり。
布団と一益の背の間に腕を入れ、しっかりと掻き抱く。
顔はといえば、一益の左肩に顎を乗せる格好で留められていて。
荒く、熱く、求める息遣いが一益の耳を焦がした。

(…ああ…この、色は)

白銀色の嘉隆の髪がさらさらと。
一益の頬を撫でれば。
長さの有る髪は背を抱き締める掌にも届き、指は自然と玩ぶ。

(―――雪の色、だったな…)


それは一体、誰の事だろう。
けれど確かに、想ったのだ。
雪の先の春を望んでも、いた。
終ぞ、叶う事は。

忘れてしまっているのか。
忘れさせられているのか。
忘れた事にしているのか。

一体、「どれ」だったのか。
もう分からなくなってしまった。
それでも、一片の雪を抱き締めた記憶だけは溶け消えず―――


…ずっ…る…じゅぷぅ、っ…!

「…ッ!…う、ンっ…!はっ…あ…よした、かっ…?」

ほんの僅か。
こころを離した一益が、雪を愛でる様に嘉隆の髪を撫でた瞬間。
唐突に、嘉隆が腰を引いて自身を抜く素振りを見せたかと思うと。
亀頭だけをナカに残したところで、深々と奥へ突き挿れ直された急な悦に首を大きく仰け反らせ。
今度こそ本当に一益は背へ爪を立てたが、嘉隆は全く気にせず。
一益を抱き締めていた腕を解くと、ゆるりと身体を起こして何も言わず見下ろす瞳に浮かぶのは。
すぐに言い出し切れぬ己への苛立ちも含まれるであろう、怒りに。
困惑や、嫉妬でもあるのか。

「…一益殿はズルい…ぜ…っ…」
「何…を…?」
「分かり易い俺とは違うから、時々っ…すげぇ、心配になる…」
「…嘉隆…」
「だけどっ、今のは分かっちまった…だからもっと不安でっ…!」

ずちゅっ…!じゅぷ、ぢゅぷっ!

「ンっ、ぁあっ…!はァっ、んッ…嘉隆ぁ…っ…!」
「今…一益殿を愛しているのはっ…俺なんだからな…っ…!」

どうして気付いてしまった。
刹那に離れた一益のこころを。
自分自身の証を一益の身体へ刻み付ける様、嘉隆は律動を再開し。
じゅぷじゅぷと響く水音の淫靡さは、先よりも遥かに強い。
誰かを、自分以外の誰か、を。
一益から消し去りたいと思う事が只の我儘な事は理解っている。
独占欲で縛り付けたい訳じゃない、けれども心の隅にはずっとずっと存在していた欲との狭間。
嘉隆が秘める、その境界に決壊が生じた情交は激しくも切なく。
求めなければこころが潰れそう。
でも、だからと、いって。

「く…っ…一益、どのっ…!」
「はッ…あ、ア…熱、いっ…!」

びゅるっ!びゅるる…びゅく…!

一益のナカに嘉隆の白濁が注ぎ込まれ、肉壁が欲の熱さに蕩ける。
とはいえ一方的な抜き挿しは嘉隆の独り善がりであり、悦を感じて身体を震わせるものの一益は同時に果てるに至っていない。
だからと、いって、こんな。
こんな…こんな抱き方と求め方は望んでいないのだと。
誰よりも嘉隆が想っていた筈。
故に射精の余韻が落ち着くに連れ、じわりと広がるは罪悪。
じきに薄汚れた黒色で胸の中は溢れかえり、これなら潰れた方が。

「…ご、めっ…かずます…ど…」

子供の様に泣きじゃくりそうな声をしている嘉隆の口唇を。
そっと一益は引き寄せて、あやす様に自らの口唇と重ね合わせ。
言葉を絶たれた嘉隆は、口付けが離されても続きを紡げず。
かといって一益も澄んだ双眸で見上げるのみ、どうすれば良いのか嘉隆が明確に困り果てていると。
やがて一益の口元が綻ぶ。

「どうして…謝る?」
「ど、どうしてっ…て…や、嫌だろっ…嫌…だった、ろっ…」
「そうか?…妬かれもしない方が、俺は嫌だと思うんだがな…」
「でっ、でもよ…」
「…いいんだ…嘉隆」

一片の雪が、こころに降る。
この先も。
しんしんとしんしんと、静かに降り積もり続けるのだろう。
春の訪れは、永劫に失われた。
―――けれども。

…ぎゅっ…う…

「か、一益殿っ…えっと、嬉しいけど…ぬ、抜かねえとっ…」
「…別に抜かなくても、まだ出来るだろう?…三回くらい」
「え?さっ…!?そっ、そりゃあ一益殿が相手なら幾らでもっ…で、出来ると思う…けど…っ…」
「ふふ…じゃあ続けようか…」

今の一益が抱き締めるのは決して忘却の雪ではない。
真白の色には違わずとも。
嘉隆が持つのは、夏の太陽を受ける白波の煌めきなのだから。
願わくば、秋の訪れの無き事を。
太陽の色をした結びを解き、さらりと零れ掛かる嘉隆の髪はとてもくすぐったく、仄かな潮風の香りを一益へ届けていた。

■終幕■

◆九鬼益の上で段益をどうしたものかと思っていたのですが。
…2年近くも待たされなければ、別で考えたかもしれませんが…
やはり段益があった上での九鬼益という事にしたいかなと。
その辺りを踏まえ、くっきーがちょっとだけ攻めとして頑張ったぜ感が伝われば嬉しいです(笑)

2012/11/11 了
clap!

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