【1059taisen】
幼心と笹舟の行方
さらさらと、さらさらと。
川の流れに逆らえず、任せるままに進んだ小さな緑の舟。
幼き日に初めて作った舟は笹舟。
精一杯、息を切らせて追い掛けた緑は流れの先に掻き消える。
舟は海まで辿り着けただろうか。
(…七夕なんて、つまんねえと思ってたモンだけどっ…)
「はれて よかったな」
「えっ、あ、ああ!うん、そうだなっ!良かったぜ一益殿っ!」
「…ほんとうに そうおもって いるか?よしたか…」
「お、思ってるぜっ」
七夕の夜。
何の因果か仔犬の身となってしまっていた一益は、人払いをした嘉隆の船で共に天の川を見上げて静寂のひとときを過ごしていた。
嘉隆は帆柱を背にして座り、一益をちょこんと膝に乗せ。
優しく抱き寄せれば、一益は素直に頭を嘉隆の胸元に預けて。
月の巡りは新月、星々は邪魔される事無く雄大な川を天に創り。
一定の間隔で波に揺れる船上に居ると、天の川を流れているのではないかと錯覚してしまう―――
そういった意味まで含めて一益は嘉隆に「晴れて良かった」と言ったものなのだが、嘉隆の目線は一益だけに注がれていた。
「おまえ、"ほし"を ほとんど みていないだろう…」
「うっ…バ、バレたかあっ…」
「せっかくの"あまのがわ"なのに、もったいないぜ」
「だってさ!俺はやっぱり…星を見るなら一益殿を見てる時間の方が欲しいし、大事だからよっ…」
「おまえな…そう、はずかしいことを へいきで いうな」
「へっへ、恥ずかしいとか思わないぜっ!マジなんだからっ…」
「…しかたのない やつだ」
呆れたふりの照れ隠し。
ふ、と。
息を吐いて身体を竦めた一益に、嘉隆は柔らかな犬耳へ頬を寄せ。
腕の中に小さく収まる一益の身体を、愛おしく包み込む。
今ひと度、身体を縮ませたのは…優しさがこそばゆくて堪らずに。
「…なにか"ねがいごと"が、よしたかには あったりするのか?」
「願い事?…うーん…でっかい願い事なら、もう殆んど叶ってるみたいなモンだしなあっ…その、一益殿と恋仲になるとかさっ!」
「それなら"おおきなねがいごと"には ならないだろう」
「ん、ンな事はねえよっ!俺にはでっかい事なんだからなっ!」
「ふふ、そうだったな…」
何度も繰り返されたやり取りだが、嘉隆の返答は変わらない。
もっともっと大きな願いを望んでも良いだろうにと思う一益は。
しかし嘉隆の身体へ尻尾を擦り寄せてしまう辺り、何を言おうと自分はその返答が心から嬉しいのだと―――認めるしかなくて。
悟られぬ様、困った嘉隆と自分に笑みを零して夜空を仰ぐ。
「…"ほしのかわ"が…きれいだぜ、みあげる きにならないか?」
「ん〜…星なら、見上げなくても見れてるんだぜ!一益殿っ!」
「…どういう…」
ポウッ…ポワ…ッ…
「…ホタル?ふねのうえまで…」
「一益殿は空ばっか見てたから気が付かなかっただろっ」
「なるほど…そらの"ほし"だけを みていたら きづかないな」
「そういう事だぜっ!」
下げた目線。
何時の間に船上で舞い始めていたものか、多くの蛍が一益と嘉隆を囲む様にして淡く光を放つ。
船を河口近くに停泊させているとはいうものの、予想外の来客。
自分の襟巻に降り立った蛍を一益は見詰め、指を近付ければ。
蛍はすぐさま飛び立ち、群れ成す地上の星のひとつに還り。
星の川の中心とは斯様な情景に相違ない、瞬く光の欠片が幾つも。
…ゴソッ…
「どうしたんだっ?一益殿…」
「いや…ちょっとな」
幻想的な情景に心奪われ、自然と言葉を控えたふたりだったが。
不意に一益がもぞもぞと体勢を変え始めた事に嘉隆は声を掛けるも、はぐらかされた風の返事。
故に一益の新たな体勢が整い終わるまで黙し待っていると。
「ああ、これで よし」
「…へっ…ええっ?」
一益が落ち着いたのは、嘉隆と向かい合わせて見上げた格好。
しかし見上げたというのは天上の星に対してではなく、明らかにその双眸は嘉隆の顔を見据えて。
口元に笑みを湛えたまま、じいっと静かな眼差しを向けている。
「なっ、どっ、どうしたっ…てんだ…?…か、一益殿っ」
「ちかくても きづかないことは あるからな。なにか"はっけん"が あるかもしれないだろう?」
「え…へっへ…そうだなっ!何か見付けるかもしれねえっ」
天に星影、地に蛍。
淡く細やかな光の中で屈託なく笑う嘉隆に、一益は願いを想う。
短冊へ記す「願い事」は、無邪気で素直な方が好ましい。
例えば、ありふれた恋だとか。
幼き日、笹舟に乗せた願いは。
何時か緑の舟よりも、ずっとずっと大きな船を造る夢。
恋の願いを新たな積み荷として。
煌めく天なる川の流れに逆らわず、笹舟はふたりを見守っていた。
■終幕■
◆七夕…を、諸々の事情で過ぎましたが七夕してる九鬼わん益。
アイテム的に短冊やらを出せなかったし、笹は笹でも何故だか笹舟になってしまったじゃないか。
だって嘉隆だもの(*´ω`*)
蛍の盛りって七夕前の初夏かと書いてから気付いたけれど、7月中は大丈夫みたいで良かったよ。
代わりがすぐに思い付かず、更に短い話になりそうだった(汗)
元々は会話文仕上げのつもりだったので小品も小品でしたが、甘口に仕上がっていると感じていただければ幸いです。
2013/07/10 了