【1059taisen】
海にわん仔が居るセカイ
「よしたか」
「んっ、何だ?一益殿っ」
「…"ほっぺた"に、ごはんつぶを つけてるぜ」
「え、どっ…どっちの頬に?」
「こっちだ」

…ぺろっ…ちゅっ。

「ふふ、ごちそうさま」
「あう…えっと…か、一益殿の頬にだって付いているぜっ」

…ちゅうっ…

「…ほんとうは、ごはんつぶなんて ついていなかっただろ」
「へへんっ、ちゃんと付いてたぜっ。…もうとっくに食べちまったから、証拠は無ぇけどさ」
「ふうん…まあ、そういうことに しておこうか」
「へへ、そうだぜっ…一益殿…」


―――嗚呼、これが。
蜜月ってヤツなんだろうなあっ…
ちょっと意味が違うかもしれねえけど、まあ細かい事はいいや。
俺が一益殿の恋人になれてるなんて、やっぱ信じられねぇ。
それで以前、夢かもって自分で顔をブン殴ってみたら超絶痛かったな…指輪を外すの忘れてたぜ…
って、ンな事はいいんだっ!
抱き締める一益殿は、ちょっ…とだけ…小さい気がするけどっ。
…何か…頭のところに黒い…のが、見える気がする…けど。
つーか、視界に時々…同じく黒くて、ふさふさしたモノが見え…
えー…と…
まっ、別に構わねえよなっ!


「…たか…」
「んにゃっ…へへっ…」
「…よしたか…」

ゆさゆさ。

「んんっ…?…何だよ…」
「よしたか、おきてくれ」
「起きろって…え?な、何いいぃぃいいっ!?ゆっ、夢!?マジかよ今のが夢って…!かっ、一益殿とのアレとかコレがっ…!」
「…そうか、どんな"ゆめ"だったのか あとでおしえてくれ」
「っだああ!起こしやがっておいてっ!何を言って…ん?」

何者かに揺り起こされて、幸せな白昼夢から目覚めた嘉隆は。
がばりと文字通り飛び起き、口付けられた筈の頬を撫でる。
しかしながら実感の得られぬからして、やはり夢であったのか。
状況の理解から嘉隆は自分を起こした何者かに対して頭に血が昇り、一気に沸点へと到達を遂げ…
そうになったところで、はたと思い止まり「声」を反芻した。
この話し方、自分への呼び方。
どう考えても一益ではないのか?

「い、いやっ!そんなにアレな事はしてねえって一益ど…の?」

キョロキョロと、一益の姿を探して嘉隆は辺りを見回す。
だが見えるのは青い空と広い海。
嘉隆が気持ち良く昼寝を出来る場所といえば、決まって自分の安宅船の矢倉上であり帆柱の下。
邪魔をするんじゃねえぞと部下には言い付けるが、例外は一益。
故にそうだ一益に起こされたのだと嘉隆は確信したものの、どうした事か少し目線を上に姿を探すのだが一益は見当たらず。
胡坐を組み直して頬を掻く。

「…すこし、"めせん"をさげてくれないか、よしたか」
「は?…はっ…ええぇぇええ!?…か、一益殿っ…だよな…?」
「いちおう、な」

てっきり、近くに立っているものだと思っていた一益の声。
否、事実…立ってはいるのだが。
見上げる嘉隆の目線には合わぬ姿をした一益が下げた目線の先。
ちょこん、と。
嘉隆の傍で静かに佇んでいた。
それは小さな仔犬の如き愛らしい犬耳と尻尾を備え、身体も見合う様に童子の体躯に等しい姿。
即座に嘉隆は先程まで見ていた夢を思い出し、照らし合わせる。
同じ姿、だ。

「…しばらく"こう"なることは、なかったんだけどな…」
「え…ええっ、と…」
「だから、いわなかったのは…かくしていた わけじゃない」

嘉隆にとっては、見ていた夢と合わさる驚きも有るのだが。
当然、一益にはそこまで察する事は出来ない。
出来ない…が、少なくとも今の自分の姿に対する驚き部分に関しては何も言わずとも分かる訳で。
一益の表情に浮かぶのは、この身体を晒す決意をしたとはいえ。
やはり不安を総て払拭は出来なかったのか、憂いを帯びた微笑。

「…"いちにち"たてばもどるから、だまっていようかとおもったが…よしたかに"かくしごと"をするのは、どうも…な」
「一益殿…」
「じゃまをして わるかった」
「ちょっ…ちょっと待ってくれって!一益殿っ!」

用件だけを告げると、一益は嘉隆を振り返らず去ろうとした。
呆然としていた嘉隆だが、それを黙って見送る訳にはいかないと咄嗟に腕を伸ばし一益の手を辛うじて捉まえ胸元へ引き寄せる。

「きっ…嫌われるかもとかっ、そう思ってるのか?一益殿っ…」
「…かもしれないな」
「そんな訳ねぇだろっ!」
「…よしたか…だが」
「一益殿っ、ほら…すっげえ広い、この海を見てくれよっ」

嘉隆の目を見れない一益に。
その小さな身体を問答無用で嘉隆は抱きかかえて立ち上がり、港から遥か彼方に広がる水平線と大海原の姿をよくよくと見せれば。
綺羅と陽の光を反射する海は一益の眸に、とても眩しく沁みて。

「こんだけ広くて大きい海からしてみればよ、一益殿に起きた事なんてのは小さい事だぜっ」
「…そうか?」
「そうだっ!俺は一益殿との間にどんな波が来ても乗りこなしてみせるっ!だから…大丈夫」

むぎゅ…うっ…

「俺の目を…見てくれっ…」
「ん…よしたか…」

ある程度、一益の自由が利く様に嘉隆は仔犬の身体を抱き締め。
愛らしい恋人の伏し目などは見たくないと、顔を覗き込む。
穏やかな波が船へと寄せるを契機、嘉隆を見上げた一益に浮かぶ笑みにはもう憂いは無かった。

「へへ…よいしょっと!」

ある意味、一益以上に安堵したかもしれない嘉隆は。
同じく屈託の無い笑顔を返しながら、一益を抱えたまま改めて帆柱に寄り掛かりつつ座り直す。
胡坐の上へ仔犬の一益を座らせ。
尻尾を圧迫してしまわぬ様に一益の背から腰へ軽く腕を回し。
潮騒のさざめきと、互いの体温が重なり合う心地好さ。
大人しくしているのが合う性分を、嘉隆はしていないが。
こうして一益と過ごす静の時間は苦にならない。

…さわ…ふさっ…

(…し、尻尾…撫でたら、すっげえ気持ち良さそうだっ…)

とはいえ思考はぐるぐると忙しく巡ってしまう訳で。
嬉しさの感情からであろう、自然と揺れて嘉隆の身体に触れ寄せるふさふさの尻尾が気になる。
そろそろと右手を引き、勝手に触って良いものかと思うも。
誘惑には勝てず、尻尾の真ん中辺りを優しく撫で愛でて。
初めに撫でられた瞬間こそ、尻尾のみならず頭の犬耳もピクリと驚いた風の反応を示したけれど。
一益は何も言わなかったし寧ろ任せている様子が窺え。
そっとそっと、愛撫を続け。

(…付け根…って、ちゃんとくっ付いてるんだよ…なっ…?)

単純かつ素朴な疑問ではあるのだが、付け根に近付こうとすれば今はとても可愛らしい尻に触れてしまいそうで背徳感が湧く。
湧く…けれども、疑問にかこつけて触れるかもとか思ったり。
少しずつ付け根側へ指を這わせ、尻尾穴が空く付近に近付くと。

「ふ…んうっ…お、い…」
「あわっ!?…も、もしかして痛かったか…な、一益殿っ…」
「いや…"いたい"とかじゃなくて…"つけね"はくすぐったい…」
「へ?そっ、そうなんだ…って、んな事を言われちまったら悪戯したくなっちまうじゃねえか」
「おいっ…よした、か…ンんっ…ダメだっ…て…」
「こっちの耳もフカフカだっ…」
「く、うっ…ん…ッ…いき、を…ふきかけるん…じゃ…!」

ほんのちょっとだけ意地悪。
捕らえられている嘉隆の左腕の内で、くすぐったさから身体を捩らせる一益が愛おしく愛らしい。
ぷるぷると震えた犬耳に口唇を寄せて囁けば、吐息にまた蠢き。

(一益殿も…こんなに可愛い声を出したりするんだなあ…っ…)

嫌がる口振りは多少、零すが。
本当に嫌がって嘉隆から逃れようとする素振りは一益に無い。
寧ろ嘉隆の左腕に縋り付き、甘い鳴き声を時折漏らして。

…ぎゅむうっ!

「…よし…たか?」
「あ、いやっ…ちょ、ちょっとコレ以上は俺がマズイっつか…」

危うく理性やらが吹っ飛びそうになる寸前で尻尾から手を離し。
嘉隆は一益の身体を両腕で抱き締め直すと海へ視線を逸らす。
海は嘉隆の心を躍らせるだけではなく、穏やかな波に揺られる今などは安らぎをもたらすけれど。
ばくばくと跳ねる動悸を抑えるには荷が重そうな雰囲気。

「…おれは、べつにかまわないんだがな…つづけても。」
「そっ、そんなに煽られたら本当に喰っちまうぜ、一益殿っ」

ぐきゅるるう〜…

「…あ、あれっ?」
「よしたか、おれに"たべがい"は あまり ないとおもうが…」
「いや本当に喰うってのは、そういう意味じゃなくてっ!」
「わかってる、ふふ…」
「う…で、でも、確かにちょっと腹が減ってきたなっ…」

隠しようが無い程に見事な腹の虫を辺りに響かせた嘉隆に。
先程までの愛撫の「礼」も含め、一益は純な恋人と戯れる。
身体は小さく在れども―――
やはり多少の性感を呼び起こされた色香を匂わす一益の矯笑は、嘉隆の身体にすぐさま駆け巡る甘い甘い蜜とも毒とも。
故に空腹感の存在は助け舟。
一度、食欲の欲求に気付くと意識は大分そちらに傾いていた。

「…それじゃあ、すこしまっててくれないか?よしたか」
「へっ?…あ…ああっ」

あれだけ強く抱き締めていた筈なのに、一益はするりと嘉隆の腕の中から逃れて振り返ると。
突然、空になった腕の内に焦りと不安を覚える嘉隆へ。
ふわりと笑んだ表情を浮かべたまま、矢倉の下へ消え。
…たと思えば、すぐに戻り。
しかしその手には、それまで持っていなかった包みを抱えて。

「…よしたかと いっしょに たべれたら、とおもってな」
「お、俺とっ?食べるって…」
「ふねのうえで たべると きもちよさそうだったから」

言いながら一益が包みの結び目を解いて現れたのは、握り飯。
コロコロと大きいのは嘉隆の分で、小さめのはきっと一益の分。

「…いらないか?」
「もっ、貰う貰うっ!…へへっ…いただきますっと!」

大きなひとつを手に取って一益が差し出した握り飯を嘉隆は受け取ると、飯の大きさに負けないくらい大きく口を開いてひと口。
わしわし食べる姿に一益はほんの少しだけ目を細め。

今、この双眸に広がるセカイ。
ほんの少しだけ自分の身体は他と違って見えるけれども。
やっぱり見晴らしの良い矢倉の上で食べるひと口は美味しいだとか、海も嘉隆も変わらない。
だったら自分も、このセカイで何も変わりはしないのだろう。

「よしたか」
「んっ、何だ?一益殿っ」
「…"ほっぺた"に、ごはんつぶを つけてるぜ」
「え、どっ…どっちの頬に?」
「こっちだ―――」

急いで食べたりするから。
だけど、嬉しい口実。
愛しい貴方の頬へ、口付けを。

■終幕■

◆くっきーとわん益の初小噺。
ワンコとわん仔なイメージでいちゃいちゃしてみたですよ。
段益でわん益を書く時って普段よりも糖度は少し高めで書いていた気持ちはあったのですけれど。
どうも足りなかった様で(苦笑)
くっきーは馬鹿純情キャラ!と決めた以上は、ベタならベタなシチュ程いっそ書いてしまえと。
故に今回は、ほっぺにご飯粒ですよエエ!(*´∀`)
滝川さんの前以外では男前なんだけどなあ、お頭…とか部下さん達に呆れられ諦められていたら良いと思います、くっきーは。

2012/11/20 了
clap!

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