【1059taisen】
ダンデライオン
「うおっ!?何だ凄ぇなっ!」

素っ頓狂な声を上げて驚く嘉隆の眼前に広がるのは黄金の海。
正確にいえば海などではなく、だだっ広い野原であるし。
黄金と思しき正体は、野原一面に敷き詰め咲く蒲公英なのだが。
春の風に吹かれて波立ちつつ麗らかな陽光を受けた花弁は、確かに煌く黄金の水面を思わせる光景。
此処に嘉隆が辿り着いたのは、一益を探す中での事だった。
探す…といっても特に火急の用が有る訳ではないので、独りの時間を持ちたい一益の性質を理解していない行為とも取れるけれど。
それでも、ふたりきりになれるなら傍に居たいのが恋心。
出掛けた一益の行き先を「恐らく」と前置き含みだが聞き出すと。
示されたのは人があまり立ち入らぬ森林で、急ぎ追い掛けたが。
本当に一益が居るのか疑いを持ち始めた頃に急に視界が開け。
黄金の海を見る。

「な、何か踏むの悪いなっ…」

野の花を愛でるといった趣向は自分の柄ではないと知りつつも。
あまりに見事な蒲公英の群生振りである為、その中を無下に踏み荒らしてしまう事を嘉隆は躊躇う。
しかし一益が居るのはまだ先なのか、確かめるには少なからず花を踏んでしまうのを避けられない。

「…仕方がねえ…よなっ」

自分を納得させ、なるべく足元を気にしない風を装いながら。
蒲公英畑へ踏み出す。
さわさわ―――と。

「踏まないでくれよ」
「うおああぁぁああっ!?タ、タンポポが喋ったあーっ!」

どすんっ!!

十二、三歩ほど蒲公英の中へ足を踏み入れたところで聞こえた声。
躊躇う想いを見透かされた様な核心の一言に嘉隆は再び思い切り驚き、その場で尻もちを付いた。

「…ふふ…そんな訳ないだろ」
「へっ?え、あ、一益殿っ…?」
「大丈夫か?尻は」

勿論、続く声の通り本当に蒲公英が話した筈は無く。
嘉隆の―――すぐ傍。
蒲公英畑の中で寝転んでいたらしい一益が上体をむくりと起こし、ポカンとしたままの嘉隆へ可笑しさを堪えた笑みを浮かべる。
思えば何時も首に巻かれている一益の襟巻きは蒲公英色。
花と美しく同化。
それにしても嘉隆は何故、一益に気付けなかったのか。
黄金の海がずっとずっと彼方まで続いていた為に、目線は遠く先。
故に、近くに居た一益の事を寧ろ気付けなかったのだろう。

「えと…こっ、こんな所があったんだなっ!一益殿は…前から此処の事を知ってたの…かなっ」
「まあ、な。…取り敢えず嘉隆も寝転んでみたらどうだ?」
「そうだなっ、雲ひとつ無い天気だから気持ち良さそうだっ!」

言うや否や一益は改めて身体を蒲公英畑の中へゴロリと横たえさせたので、嘉隆も追ってゴロリ。
蒲公英の花弁を透かし見る先には、雲ひとつ無いと評した海とは異なる青色の空が和かさを演出。
目一杯に腕と足を伸ばせば、全身が陽光と大地の恵みを受けて。
何ともいえぬ心地好さ。

「一益殿は、蒲公英が好きだから此処に来るのかっ?」
「…花も嫌いじゃないが」

ひとしきり自然の恩恵を受け取った嘉隆は、一益の事を知りたい一心も手伝い質問の延長を試み。
根掘り葉掘りというつもりは無いが、こうして蒲公英畑に独りで身を置く理由くらいは問うても良いのではないかと。
そうした算段を理解してか、短くも一益は答えを返す。

「どちらかといえば、綿毛が飛び立つのを見るのが…な」
「綿毛が?」
「あの"ひとつ"が飛んでいたって、誰も深く気に留める様な事はしないだろう。風のままに好きな景色を、俺も見に行きたい」
「…一益殿…そっ、か…ぁ」

一益の返答に嘉隆はどうとも言葉を繋げる事が出来なかった。
垣間見た深層の願いは…現状からの別離を想起させて止まず。
いや嘉隆にも、そう願う気持ちそのものに対しての共感は有る。
何時か総ての海を見る、勝手自由な航海へ飛び立つ遥かな夢。
だが嘉隆の前提には自分の傍に一益が居てくれる事を含む。
一益の願いには、それを感じ取れなかったからこそ共感はすれど肯定も否定も成せなかったのだ。

「…悪いな、こんな話で。嘉隆が居てくれるのに」
「いや…いいんだっ」

口数が減った嘉隆の雰囲気を察してか、一益は沈みそうな空気を繕う様に気遣いの言葉を掛け。
返す嘉隆の語気は気丈。
少しの間、蒲公英だけが揺れ。

「うん。良いと思うぜっ!」
「嘉隆?」

急に、吹っ切れた様な清々しい声を空へと張り上げる嘉隆。
清々しさが逆に気になった一益は傍の嘉隆をちらりと見るが。
嘉隆はじっと天を見上げたまま。

「一益殿が見たいモノを"その時"は見に行けばいい。それから俺の元へ来てくれれば、綿毛ひとつでも…必ず見付けるぜっ!」
「…嘉隆。そうか…」
「だけどなあっ!一益殿はまだまだ花なんだからよっ!綿毛だなんて、ずーっとずっと先だっ!」
「ふ…だと良いけれどな。」
「絶対そうに決まってらあっ!」

…ぎゅむ…

彼方の空は吸い込まれそうな蒼さで、飛び立つ憧れを抱かせる。
"飛び立たせてなるものか―――"
一益の手を、しっかりと握る嘉隆の掌が固く互いを結び繋ぐ。
花咲く蒲公英は、そんなふたりをただ優しく包み込んでいた。


―――月日は数年の時を刻む。


春夏秋冬は、くるくるとくるくると淀みなく当たり前に巡り。
雲ひとつ無い快晴の、とある日。
豊臣水軍の大将格となった嘉隆が居るのは何時も通り海の上。
好天は穏やかな風を運び、波の音を静かに聞いていたのだが。
不意に吹く、強い風。

「おっと…んっ?」

思わず目を細め、狭まる視界の中を―――何かが横切ろうと。

…パシ…ッ…

掠めたモノはとても小さく、反射的に手を出して掌の中へ収めようとしたが…捕らえる事が出来たかどうかは分からない。
風は何事も無かったかの様にぴたりと止み、掌を開けば。

「…蒲公英の、綿毛?」

今にも再び風に乗り、飛び立ちそうな小さき綿毛。
紛う事なく蒲公英の花から旅立ち、新たな花となる筈の。

「馬鹿だなあっ、海に来ちまったら芽を出せねえじゃ―――」

鮮やかに。
そう、とても鮮やかに思い出す。
黄金の海を。
あれから足を運ぶ事が出来ず、何時しか記憶の片隅へと追いやってしまっていた蒲公英畑の光景。
それに―――ふたりだけの約束。
大事な大事な。

「色んな所…見れたかなっ…」

綿毛を、あの野原へ届けよう。
春に黄金の海が成る時、幾千幾万に咲く花の中からだとしても。
掌の中の綿毛から花咲いた蒲公英は、きっと見付けられるから。


小さな種子が芽吹き、根を張り葉を広げ、咲いた蒲公英の花は。
或る夜の一益が愛でていた銀月に似た白い花弁。
黄金の海で、たったひとつ。
まるで誰かを待っているかの様に、柔らかな陽を受け佇んでいた。

■終幕■

【蒲公英の花言葉】
真心の愛/神のお告げ/思わせ振り/愛の信託/別離

◆ここ最近の更新に珍しく診断メーカーで遊んだ結果内容から書いた小噺ではない…の、ですが。
少々、違うサイト様からヒントを戴いて書いた話でした。
それが「原色大辞典」のコトバから色を調合する成分解析で。
戯れに和色で一益の名前を入れてみたら、最も多い成分の色は蒲公英色という結果が出たのです。
今の時期に書く話として、題材が向いていると思えたし…
個人的に想う大戦一益像に蒲公英は似合うなあー、と。
で、タンポポと聞いてイメージし易い黄色を通すか、それとも一輪の白色にするかで迷ってみたり。
蒲公英色そのものは黄色だから…やはり黄色にするべきかしら、という事で書き始めてみたけど。
白色の方が「らしい」と思う気持ちが最終的には勝る形に。
てか最初に考え始めた時は、もう少し単に甘ラブな話になると思ったのにどうしたんだろう(苦笑)

2014/04/20 了
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