【1059taisen】
海に贈る其の言葉
星降る夜の船上。
嘉隆は独り海を見詰め、寄せては返す波の音色を聞いていた。
穏やかに揺れる船体は一定の律動で軋み、波と調和する。
すっ、と。
双眸を閉じれば広がる闇の中で聴覚は一層に研ぎ澄まされ、聞こえる筈のない声を海の中に求め。
聞こえる筈、など。
口元に自嘲した笑みを形作り、眸を開いた嘉隆に海風が吹く。
なびく髪をそのままに想う事はひとつ―――遠きの、恋人。

昼の太陽に照らされ飛沫煌く海こそが、嘉隆の好きな海だった。
けれども、求めた恋人が内に秘めていたのは夜の海だった。
何時しか夜の海も、愛おしく。

「…愛してる…一益殿っ…」

そんな言の葉を、どれだけ一益へ贈り続けた事だろう。
あまりに簡単に積み重ねてしまうと、薄っぺらな優しいだけの嘘に聞こえてしまうかもしれない。
解ってくれているだろうか?
愛を紡ぐ事へ恐れを抱く。
しかしそれでも嘉隆は、一益との逢瀬の際に必ず愛を贈り続けて。
今、漆黒の海中へと吸い込まれた一片の葉もまた届くのだろうか。
海を、見ていてくれればきっと。

―――…

陽光輝く昼の船上。
一益は独り海を見詰め、時に強く飛沫を上げる波の音色を聞く。
荒げた波が船体へ寄せると不規則に揺れ軋み、やがて迎える一体。
すっ、と。
双眸を閉じても海面は太陽の照り返しで眸に強い光を感じさせ、それはまるで近くに居るかの様で。
傍に居る筈、など。
自嘲した風に短く息を吐き、眸を開いた一益に海鳥が鳴き囃す。
瑞々しい海鳥の姿を見上げて想う事はひとつ―――遠きの、恋人。

夜の星々を散りばめた静寂の海こそが、一益の好きな海だった。
けれども、求めた恋人が内に秘めていたのは昼の海だった。
何時しか昼の海も、愛おしく。

「…愛している…か」

そんな言の葉を、どれだけ嘉隆から贈られた事だろう。
贈る事も受け取る事も慣れていない、言の葉のひとつひとつが心に染み渡り救われているのに。
解ってくれているだろうか?
愛を紡がれる事に恐れを抱く。
しかしそれでも一益は、嘉隆との逢瀬の際に必ず愛を受け止めて。
今、眩い光の海中に手を伸ばせば一片の葉を掬えるのだろうか。
海を、臨み続ければきっと。


「…逢いてえ…な…っ…」

「…逢いたい…ぜ」


想いを素直に口にする事が女々しい感傷だとは思わない。
夜の海も昼の海も、それは想い人へと繋がっている。
海へと投げ掛けた言の葉は。

「えっ…一益…どのっ…?」

「…嘉隆…?」

海風の悪戯か、海鳥の悪戯か。
しかし確かにふたりは、潮騒の中で想い人の声を聞いた。

■終幕■

◆嘉隆のカードを左、一益のカードを右にして並べ置きますと。
ちょっとした背中合わせ感と共に、明暗というか陰陽というか両極と言えば両極だよなーって。
そんな事を思ったりしていたのですが。あ、背中合わせは大変美味しい構図だと思います(´∀`*)
正反対といえば正反対なふたり。
だから相手の領域に触れて理解していくのが九鬼益なのです。
という事を自分の為の再確認というか、小噺リハビリです(笑)

2013/09/30 了
clap!

- ナノ -