【1059taisen】
終の拠り名
)1602年に佐竹家の出羽(秋田)転封が決まった頃の兄弟話
義広くんは蘆名盛重に改名済



ぼんやりと見上げた月は、今宵も変わらず煌々と天に座す。
寝付く事が出来ず、外の空気を吸いに出た盛重の姿は月明かりに照らされて幽かな影を落とし。
独りの思考はとりとめ無く。
他愛のない事を想いもする―――

「…盛重?…眠れぬのか」
「えっ?あっ…兄さん…うん、寝付けなくって…兄さんも?」
「ああ」
「僕はいいけど、兄さんはちゃんと休まないと駄目だよ。転封への準備に忙しくなるだろうし」
「そうだな…」

月明かりが落とす影、ふたつ。
盛重の姿を見掛けて静かに現れたのは、同じく寝付けずに外へ出てきたらしい兄の義宣だった。
静寂を破る、ありふれた会話が途切れると義宣は盛重の傍へ寄り。
ふたり、見上げる皓月。
言葉は無くとも兄弟の大切な一時、盛重は隣の兄をそっと窺えば。
月明かりを受けた横顔は凛然。
佐竹の当主として責を担うに相応しい兄の顔に、盛重は惹かれ。
何時しか月よりも兄を。

「盛重」
「な、何っ?兄さん」
「…すまない、盛重」

不意の呼び掛けに盛重は慌て、不自然に見過ぎたかと思ったが。
義宣は盛重の方を振り向くと深々と頭を下げだしてしまい、そんな事を予想していなかった盛重は違う意味で一層に慌てて。

「どっ、どうしたのさ兄さんっ。やめてよ顔を上げてよ!」
「俺の…俺の所為で盛重を改易の憂き目に遭わせてしまった」
「兄さん…」

関ヶ原、義宣が選ぶ東西への立場に鮮明さは無かった。
三成への恩義を果たそうという想いと、父の義重が説く家康に時勢ありとの狭間で曖昧に終わり。
家こそ取り潰されずに済みはしたが、出羽への減封処分。
義宣と行動を共にしていた盛重は所領を失い、今は蘆名としての土地は無く佐竹家臣という位置。
生まれた常陸の地を離れる事も含め、生真面目な義宣は盛重に謝らねば気が済まなかったのだろう。

「出羽での盛重の所領は約束する、だが龍ヶ崎や江戸崎より…」
「いいんだよ兄さん、僕は」

話を遮る盛重に、義宣は下げた頭をほんの少しだけ上げ。
視線が交わると盛重は義宣へ笑顔を向けて想いを告げる。

「僕は…僕は兄さんの弟だもの!所領の大きさよりも、兄さんを傍で支える事が出来るなら…それが一番、大切な事だよっ!」
「…盛重…ありがとう」
「も、もう兄さん!折角、顔を上げたのにまた下げないでよ〜!」

詫びから一転、今度は礼の気持ちで深々と頭を下げる義宣に対し盛重は努めて明るく兄を気遣い。
弟の優しさが染み入る義宣は漸く頭を上げ、申し訳なさを残しながらも救われた眼差しを向けて。

「こんな俺を…支えると言ってくれるのだな、盛重は」
「当たり前だよ兄さん。僕…だけじゃないでしょ?主な佐竹家臣団の皆は、出羽へ随行してくれるって…真壁さん達とかさ」
「…氏幹は…来ぬそうだ。」
「っ、え?」

意外な名だった。
義重の代から仕えてくれていた真壁氏幹が出羽へ随行しないとは。

「氏幹以外の真壁一門は来てくれるが…俺に呆れたの…だろう」
「それは違うよ!え、えっと…」

やっと明るさを取り戻し掛けた義宣の表情が再び陰り。
盛重は義宣の結論に、声を荒げて否定するが言葉の先を躊躇う。
氏幹が抱く義宣への想い、それは盛重が抱いている想いと似通ったモノだと盛重は気付いていた。
叶う事に焦がれ、しかし一度放てば全てが壊れるかもしれぬ想い。
秘める道を、選んだのだ。
だが盛重は似通う想いを抱く者として、決断に込められた意味を暴いて良いとは思えぬから躊躇う。

「氏幹さんは…兄さんに呆れたりしないよ。今だから、やりたい事を見付けたんじゃないか…な」
「盛重…そうだな、きっと」

絞り出した盛重の言葉に説得力は無いに等しかったが、励まそうという気持ちを充分に受けると。
義宣自身も氏幹を信じる思いがあったのだろう、陰りは失せ。
佐竹に縛られぬ道の門出を送り出そうという面持ちに変わる。

(…氏幹さんは…決めたんだ…)

一方で今度は盛重の表情が複雑さを帯びており。
自分が抱いている想いは、実の兄へ向け続けて良い想いなのか。
兄弟愛を錯覚しているのか。
決める時が、自分にも。

(僕は…兄さんの…兄さんの…)

嗚呼、そうだった。
もう決めていたじゃないか。

「…あのねっ、兄さん聞いて」
「何だ?」
「僕、出羽へ行って大体の事が落ち着いたら…もう一度だけ、名を改めようと思っているんだ」
「名を…か?」

確認の意で聞き返す義宣に、盛重はコクリと小さく頷く。
今、名乗る「盛重」とは蘆名の通字と父である義重の偏諱。
摺上原での大敗で蘆名家を更に弱体化させてしまった事への責を取りたい気持ちが込められた名。
自分を当主に迎えてくれた蘆名の為に受け継ぐ通字の「盛」。
父の様な強さを求める「重」。
だが―――だが盛重はずっと、拭えぬ違和感を持ち続けていた。

「曾祖母さまの蘆名の血統を蔑ろにする訳じゃないよ、でも…」

真っ直ぐに兄を見詰める眸。
迷いの無い決意の色。

「父上や兄さんの近くに戻れて理解したんだ、僕はやっぱり…佐竹の人間でいたいんだ、って」
「では…佐竹の通字である"義"の字を用いた名にするのか?」
「うん!…まだ、そこまでしか決めていない話だけれども…」
「…俺は嬉しく思う、蘆名には申し訳なく感ずる部分もあるが…」
「勿論、蘆名の事を忘れる訳じゃないからね!僕で最後になんかならない様、一から頑張るんだ!」
「ならば佐竹も一から、だな。」
「大丈夫!兄さんには僕がいて僕には兄さんがいる。一緒に頑張ろ!…僕たちより元気かもしれない父上も居てくれるんだから!」
「ふふ、確かに父上は俺たちより長生きしそうな程に壮健だ。」

皓月は兄弟の姿を優しく照らし。
穏やかに微笑む義宣と天上の月を盛重はそっと眸へ焼き付け。
気付けば柔らかな光を落とす。
月のように月のように。
兄を慕い支える存在であり続けるのだと想いを宿し、ふと独りでに馳せた他愛の無きを口にした。

「ねえ、兄さん。」

―――今、僕たちが見ている月は出羽で見上げても変わらないのかな?
新たな名と共に、兄さんの傍で答えを知りたいと想うんだ。

■終幕■

◆11月23日は、いい兄さんの日…という事で佐竹兄弟の小噺。
どちらかといえば弟の盛重くん寄りだった気がしますが(苦笑)
蘆名の当主になった時に義広と名乗って、摺上原で大敗して佐竹に戻った後に盛重と改名して。
そして出羽への転封後に義勝と再び改めたみたいですね。
個人的には最初の「義広」が一番すんなり纏まった名だと思…う。
ところで、佐竹の転封先が決まったのは5月の事だそうで。
出羽へ入ったのは同年の9月だから…11月に上げた話ですが、背景の季節は初夏辺りの話だったという事になりますよ(;´∀`)

2014/11/23 了
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