【1059taisen】
深海に融ける躯
とろりとした塩水に揺蕩う身体。
それは、途切れていた意識が取り戻す事の出来た最初の感覚。
ただ、当たり前の生体行動として呼吸をしただけの筈だが。
口端からはあぶくの塊が吐き出されて、浮かび消えた気がした。
溺れているのだろうか?
けれども肺が悲鳴を上げている様子は感じられず、とても落ち着いた呼吸をゆっくりと繰り返し。
双眸を開く。
まっくら、だ。
深い深い海の底。
海に、抱かれている―――
(…ああ…嘉隆の船、か…)
途切れる前の記憶が徐々に、一益へ流れ込む。
此処は何処で、どうして自分はこの場に身を置いているのかを。
波を受けて静かに揺れる安宅船の中は、深海に身を置く様。
情交に火照った身体は、母の胎動の如く暗い空間に癒される。
そう―――情交。
恋人としての逢瀬を嘉隆の船で嘉隆と交わし、愛された記憶。
(…そうだ、嘉隆は…?)
安宅船に設えられた狭間からは僅かであるが港の灯りが漏れ零れ、段々と一益の双眸は周囲の状況を理解し始めており。
まだ気怠い身体を起こそうとすると、自ら以外の体温に気付く。
重く感じられた身体は、実際に熱っぽさすら今も帯びているが。
よくよくと把握してみれば、気付かぬうちに身体へ掛けられていた布の中には一益以外の誰か。
ぎゅうっ、と。
一益の身体を決して離すまいと抱き締め、寝息を立てて。
「…んがっ…ん…一益…殿…」
(っ、と…嘉隆…)
やけに人肌の温もりを感じられたのは、掛け布の下は一益も嘉隆も脱いだままの姿だからだろう。
互いに精を吐き出した、それが一益に思い出せる途切れる前の最後の記憶なのだから自分が何も纏っていないのは分かるけれども。
こうして掛け布を行う余裕が有った筈の嘉隆まで、何故に全裸。
そんな疑問が湧きはしたものの、すぐさま一益は思い直す。
抱き足りないのだろうな、と。
ある種これは自惚れた考え方だとは思うが、実際に。
嘉隆の、一益へと向けられる情愛の程度を想えば頷ける結論。
(…解ってはいたつもりだが…)
一益としても、嘉隆のそんな気持ちに対して総て応えたいと。
本心から思っている。
思っているのだが、全く変わらないつもりでいても年齢を重ねた衰えは確実に一益の身体を蝕み。
まだまだ精力旺盛な嘉隆を満足させるには、体力の面で追い付かなくなる事がしばしば起こり。
情交の中で、ぷっつりと意識を飛ばす場合が現状の様に増えた。
それが嘉隆には申し訳ないと思うし、こうした事態を一益には想定が出来ていなかった訳ではないからこそ初めは恋情に躊躇し。
嘉隆が一益に無理をさせたと謝るであろう事にまた、胸が痛む。
やはり、受け入れるべきでは。
…すり…っ…ぎゅう…
「…かずぅっ…ま、す…どの…」
啓蟄を過ぎて昼は春めいた陽気に包まれる日も多くなったものの。
夜は未だ人肌恋しい。
ましてや掛け布の下は、お互い一糸纏わぬ状態なのだから尚更。
寝付いている筈の嘉隆だけれど、温もりを求め一益を求め。
溶け合う体温。
(…温かい…な)
一益に芽生え掛けた一抹の不安であるとか後悔が消えゆく心地。
漸く理解し始めた、愛される事の意味を手放すなど―――
そっ、と。
嘉隆の額に一益は口唇を寄せる。
「むにゃっ…?…あれ…っ…」
「…嘉隆…?…起き…」
「…へへっ…一益どの…ぐー…」
「起きていない、か…ふふっ…」
触れた口唇に反応して嘉隆がもぞりと蠢いたかと思うと、一益の身体に圧し掛かりかけたのだが。
情交の続きを求める前に、睡眠欲の方が勝った様子。
一益が傍に居る事を確認して幸せに笑みながら、再び眠り落ち。
安らかな嘉隆の寝息を聞き、一益も双眸をゆるりと閉じて。
―――海の底、は。
光の届かぬ、俺にとって居心地の好い場所に思えるが。
嘉隆は、煌めく海面まで俺を連れていこうとするのだろうな。
だけど今は。
こうして、深海に融けていたい。
やがて寝息はふたつ。
浮き上がり、ひとつの泡に。
■終幕■
◆段益の時は視点的に一益視点で話を運ぶ事が有ったのですが。
てゆか段蔵さんからでは難しいというか、無理というか(苦笑)
九鬼益では、くっきーのウチでのキャラ具合を伝える意味もあって視点的にくっきー寄りでした。
攻め視点が書き易いのか、受け視点が書き易いのかはカプ次第。
幸い、くっきーは書き易かった♪
しかし元々は一益視点を書いていたので今回は一益から嘉隆への目線を書きたいなと(*・ω・)
でもちょっと嘉隆が静か過ぎたかもしれませんね。うむむ。
どうも自分には歳の差萌えが有るのかしらと思う今日この頃。
けれども受けの方が17歳年上というのは九鬼益が初でして。
やんちゃな受けっ子の愛情が、身体的な衰えに余るようになっている事に思うところは有るけど。
愛されている事への充足感を静かに受け止めている…とかね!
そんな感じも美味しいかなと。
2013/03/09 了