【1059taisen】
星と海のクリスマス
その日の船上。
嘉隆は、深く深く悩んでいた。
およその予想として嘉隆が難しい顔をしている場合といえば、まず真っ先に海関連が思い浮かぶ。
しかし季節は冬ではあるものの、今日は雪が吹雪くといった事は無く寧ろ気持ち好い澄んだ快晴。
海が時化る様子も無く、船を出航させたとしても障りは無い程。
「…はああぁ〜…っ…」
だというのに、この溜め息。
海賊稼業の頃から嘉隆を知る部下達は、そんなお頭の様子をどうしたものかと遠巻きに窺うも。
話し掛ける素振りは見せず。
つまり嘉隆が今、何を悩んでいるのかの見当が付いているのだ。
海でなければ、一益だと。
「くっそ…困ったなっ…」
腕を組んで右往左往している嘉隆を見ていると、部下達の心には機嫌が悪い方がマシかもしれないという想いが去来する。
恋患いとは難儀なもので。
慕うが成就に至れば患い晴れるというものでは無いらしく。
相思にお付き合いと相成っても、患うものだという好例。
この病に他者が口を挟んだところで薬になる事は望めない。
だから、部下達は遠巻きに嘉隆の背中を見守っていて。
そんな部下達の事など目に耳に入らぬ風に、嘉隆は快晴を仰ぎ。
陽は降り注げど空気はやはり冬。
乾いた空へ小さく投げ掛けた。
「"クリスマス"…かあ…っ…」
神頼みで戦っている奴が生き残れた姿なんて見た事が無い、を持論としている嘉隆からすると。
"クリスマス"の謂れを触りで聞いた時点で、ほぼ聞き流す体勢。
既に心中は次に建造予定の船の設計に想いを巡らせ、取り敢えず適当に相槌を返していたのだが。
ただ一点。
"クリスマスプレゼント"に関してだけは喰い付いたのだ。
それも二度聞きしては全く聞いていなかった事が露見してしまうので、断片での理解だけれども。
恋人―――であるなら尚宜しく、心を込めての贈り物。
一益に、自分の気持ちを物という形有るもので受け取ってほしい。
そう、理解した。自分自身が秘めていた願いも含めて。
「…だけど…なあっ…」
ゴンッ、という鈍い音。
見守っていた部下達が音にビクリと反応して嘉隆を見ると、空を仰いでいた嘉隆の首が項垂れて。
幸い兜は被っていたままだったので無事だと思うが、項垂れた先の帆柱にぶつかったまま静止中。
「…お頭…毎度の事だけど…」
「アレばっかりは、どうしようもねえが…随分と重症だな」
はあぁ。
嘉隆と部下達の溜め息が同調。
自分自身の願いを明確に理解したというのに、何故こんなに。
心躍らず、溜め息ばかりなのか。
それは一益の「欲しい物」が分かっているからこそ悩ましく。
出口が見えていない模様。
「珠光小茄子…だっけ…」
一益には数奇者の心があった。
まだ嘉隆はその理解に至るに未熟だったが、武勲による土地加増の褒賞よりも名物茶器の賞賜を望んでいる事だけは理解が出来。
「物」という事になれば、一益が最も喜ぶのはこれに間違いない。
けれども現状、嘉隆がどうにか出来る代物ではない訳で。
一番が分かっているのに、二の次の贈り物を考えねばならぬ上に贈るのは今夜が良いという。
時間の無い焦りも伴い益々もって考えが纏まらず、今に至る。
「…って、やっべえ!もう陽が暮れてきてるじゃねえかよ!」
冬の陽が落ちるのは早い。
それはそれは、嘉隆が途方に暮れる様の如く急ぎ足に。
観念したのか一際大きな溜め息。
浮かび上がる月を恨めしげに見詰めて、嘉隆は白い息を吐いた。
―――…
「わっ…悪いな一益殿っ、寒いのに船に来てくれなんてっ…」
「構わないさ」
結局、嘉隆には贈り物の代案は何も浮かばなかったが。
とにかく今夜は一緒に過ごしたいと、一益を自分の船に招いた。
部下達もいい加減に察したもので、船上にはふたりきり。
「今日は昼間ずっと晴れてたからさっ、夜も星が綺麗なんじゃねえかと思って…ど、どうかな…」
「ああ、いい星空だ」
穏やかな水面と、雪の代わりに降り注ぎそうな天上の星々。
この静かな空間を一益と共有しているだけで嘉隆の心は満ちる。
隣に佇む一益の肩を寄せて―――
伸ばし掛けた腕を、嘉隆は思い止まり引っ込めた。
満ちる中にも残る一点のしこり。
だって、今夜は。
「あの…さっ、一益殿はクリスマスって知ってる…かなっ…」
「…当日は明日だったか?」
「えっ、あ、しっ…知ってたんだっ、そっかあ…」
そういえば一益がクリスマスの存在を知り得ているのかを考えていなかった事に、今更気付き。
例えば用意が出来ていたとしても、場合によっては何の事やら。
出来なかった今となっては不要な心配なのだけれども。
自分だけが意味を知り、勝手に満足してもと口に出してみれば。
どうやら今日明日の持つ意味を、一益は知っていた様子。
「と言っても、内容は断片的にしか知らないんだがな」
「俺もっ…その、クリスマスプレゼントの事を半端だけど聞いてさ、一益殿に…形として何か贈りたかったんだけれどっ…」
「…俺に?」
「あ、ああっ。こっ、こ、恋人に贈ると良いって聞いて…でも今日、知ったんで何も準備とか…」
形には出来なくて。
考えた精一杯が、この星空。
短い感想だったけれど一益が気に入ってくれた事は窺えた。
それは勿論、嘉隆にとって幸せ。
だけど―――そう。「だけど」という心の声が付き纏ってしまう。
本当は、もっと喜んで欲しくて。
「…形の有るプレゼントなら、嘉隆は準備してるじゃないか」
「はえっ?…かずっ…」
一体何の事なのか理解が及ばず、申し訳なくて目線を下げ掛けた嘉隆が一益を見ようとすると。
唐突に一益から抱き締められている状況に嘉隆は刹那、途惑う。
重なる体温、互いの身体の証。
「聞いていないか?」
「なっ、何が…っ…?」
「…プレゼントには…"リボン"が付き物なんだそうだ」
するりと嘉隆の髪へ指を流し。
一益は先を結ぶ橙ひとつを取り、嘉隆にも見える様に差し出す。
真白の髪に幾つか結ばれている橙色をした蝶の姿。
「向こうでは、この装飾布の事をリボンと呼ぶみたいでな」
「あ…え、えっと…それじゃあつまり、プレゼントってのは…」
「…くれるんだろ?俺に」
きゅ、と。
一益が嘉隆を抱き締める腕が強まり、もう自分のものだと伝え。
ようやく理解が及んだ嘉隆も、ゆっくりと一益の身体を抱き寄せ。
「そりゃあっ!こんなんで良かったら…も、貰ってくれっ…」
「ふ…こんな、って事は無いぜ。…ありがとうな、嘉隆…」
くすぐったい言葉。
言葉は既に星空の中へ掻き消えてしまったけれど、心に残り。
貴方を笑顔にする事も出来る。
「…そうだ、ちょっといいか?」
「…えっ…ど、どうすっかな…」
抱き締め合うまま暫しの静寂の後、一益が少しだけ自由を求めた。
嘉隆は、ひと時であろうと離れたくない想いを抱いていたが。
窺い覗いた一益が、離してくれない嘉隆に困った笑みを浮かべているのに気付き、それはそれでとても愛しく思うものだけれど。
そろそろと、未練を感じさせながらも一益の身体を離す。
「プレゼントを貰いっぱなしじゃ悪いからな、俺からも」
「おっ、俺に…っ?」
「…とは言え、今日の事を殆ど忘れていたから急ごしらえだが」
スルリと音を立てて一益が自分の襟巻きを外したかと思うと。
またすぐに自らの首へ巻き始めるが、そこには今迄と違う結び。
黄色い、大きな一羽の蝶。
プレゼントには、リボンが―――
「か、一益殿っ…そ、それっ…」
「…要らないか?」
「ん…んな訳ねえよっ!…へへっ、最高のプレゼントだっ…」
星と海に祝福されて。
再び重なる体温、口唇。
貴方のカタチを心に刻むは聖夜。
■終幕■
◆九鬼益のメリークリスマス!
いやあ、去年の段益とはえらい違いというか何というか(笑)
完全に聖夜ではなくて性夜だったからな…たはは。
今年は九鬼益に絞りまして、ラブっちゃえよこのお!(何者だ)
んふふ、あんなに沢山リボンを付けられちゃったら無自覚自分プレゼントをやらない訳にはね♪
普通はせめて受けの方が先にやるんだろうけど、そこは九鬼益。
益九鬼にはならないギリギリを攻め…ているんだか既にアウトになっている自棄なんだか(苦笑)
さて、これが2012年での最後の小噺更新になると思います。
念願の九鬼益を取り扱いに加える事が出来て、しかしまだまだ数を増やしていくんだぜーっ!と。
そんな気持ちは絶やさずに、ポチポチと書いていきたいですよ。
いちゃいちゃ九鬼益書くぜー!
2012/12/24 了