【1059taisen】
月下春寒
)漁師な嘉隆×教師な一益



春への歩みは三寒四温。
ようやく訪れた穏やかな気候にも、時に寒の戻りが水を差し。
漁師町にも冷えた風。

「へっくしょいっ!…くそ、下手すりゃあ暖房が要る寒さだな」

二人分の毛布を抱え持つ嘉隆は両手が塞がれており、ずずっと仕方がないようにして鼻をすする。
この薄手の毛布を使うのは、次の秋だと思っていたのに。
既に桜の花びらも舞い散り葉の緑、花冷えとも呼べぬだろうに。
どうした事なのか、今夜ばかりはおよそ初夏が近付いていると思えぬ程の冷え込み方をしていた。

「これで良しっ、と」

一度は秋冬用の押し入れに仕舞い込んだ毛布を布団に掛け。
暖房などと口にしたが、今夜限りの寒さならこれで大丈夫な筈。
一益の枕を、きちっと几帳面に合わせると寝室を後にし。
嘉隆の足は自然と和室へ向く。
出来るだけ足音を立てずにそっと、障子の隙から中の様子を窺えばちゃぶ台を前に座る一益の背。
明日の学校で使うという資料の作成準備に追われている様子。
何となくだが嘉隆には、そんな一益の背から苦心が感じ取られ。
実は、毛布を取りに行く途中でも中を窺い覗いたのだが。
その時と変わらぬ様子であるという事が嘉隆の心配を増す。

(寒くねぇかなあ一益殿…しかし邪魔になっちまったらなあ…)

そわそわと落ち着かない挙動で障子を隔てて一益を見守る嘉隆。
集中しているところを乱しては悪いと思うけれど、風邪も心配。
膝掛けか羽織れる物でも差し入れるか、それとも湯呑みにたっぷりの熱いお茶の方が良いのか。
一層に、そわそわ―――と。

「…ッ…くしゅっ」

堪えた様な小さなくしゃみと共に、一益の身体が震え。
やはり、寒いのだな。
確信した嘉隆は何か温まる物を取りに行こうと、静かにその場を離れる素振りを見せた…けれど。
すぐさま考えを改めたのか、じっと一益の背中を見詰め。
そろり、障子を開く。

「……嘉隆?」
「おっと、すいやせん一益殿。そのままで居て構わんですよ」
「そうか?」

気配を察知した一益が後ろを振り向くと、少し申し訳なさそうにして室内へ入る嘉隆と目が合い。
自分に用事なのかという意を含み名を呼ぶも、気遣い不要の旨。
では室内の茶箪笥から何かを取りに来たのだろうと判断し。
一益は再び、作業途中である資料作成に意識を向かわせて。
嘉隆の気配を瞬間、忘却。

「…んっ…!?」

きゅむ…っ…

次に一益が嘉隆の気配を感じ取る事が出来たのは、優しく後ろから抱き締められるを理解した時。
作業中の手は当然ながら止まり、急な自分以外の体温に捕われて声色や眸に戸惑いの色を滲ませ。
だがそこに不快の想いは無い。
恋人の心地好い温もりに包まれる幸せを拒む筈が、ない。
大人しく嘉隆のされるがまま身を委ねた様子に、一益へ向けた嘉隆の愛しさは更に深く深く募る。
温める物、など不用。
一益に温もりを贈るのは自分以外におらず、他の物にも者にも譲らない特権なのだと示すかの様。
嘉隆が身体を抱き締めながら一益の二の腕を擦れば、冷えていた全身が仄かに熱を取り戻し始め。
もっと、もっと。
貴方に「あたたかいな」、と。

「…嘉隆…」
「へえ?何ですかい?」
「…苦しい…の、だが…」
「へっ…あっ、すっ、すいやせん一益殿!つ、つい力が…」

最初は確かに優しく抱き締めていたのだが、途中から。
募り過ぎた思いの丈のままに、少々キツく抱き締めており。
言われるまで気付かなかった嘉隆は慌てて一益から腕を離す。
こうなってしまっては、そもそも作業の邪魔をしている自覚もある嘉隆には気まずさに支配され。

「そ、そいじゃあワシは出てくんで…作業、頑張って下せぇ」

そそくさと、和室を後に。

…ぎゅ…ぐいっ!

「おわっ!?…か、一益殿…?」

…後に、しようとしたのだが。
どういう訳か、一益が嘉隆の服を強い力で引っ張り引き留めた。
見れば一益の表情はどこか拗ねた風であり、明らかにそれは嘉隆の対応が不服だから浮かべた顔。
けれど嘉隆には、一益がそのような顔をする理由が分からず。
困惑のまま、どうすれば良いのか一益の言葉を待っていると。

「俺は…苦しいとは言ったが、離してくれとは言っていない…」
「…はいっ?…ええと…あ、そうかそうか。違いねぇです」

不服の原因を理解した嘉隆は改めて、一益を後ろから抱き締める。
今度はキツく抱き締め過ぎてしまわぬよう、柔に包み込み。
ぎゅむうっ。

「…あたたかい」
「温いですかい?そりゃあ良かった、ワシも温いですよ」
「こうすれば、互いにもっと温まれるのではないかな」

きゅ…

一益の身体を擦った嘉隆の掌は熱が点るが、甲は冷えたままで。
前に回されている手を一益は握り、スリスリと甲を温めれば。
互いの熱がじんわりと、しかし心の奥底まで染み入る様に混じり。
満ちゆく、満ちゆく。
嘉隆は想う。
こんなにも温かなのは握られた手の熱の所為だけではなく。
愛しい恋人の好意と行為の所為。

…ちゅっ…ちゅう、ちゅ…っ…

「…んん…ッ!…な、ンっ…嘉隆、くすぐった…い…っ…」
「だって、一益殿がそんな可愛い事をしてくれるモンだから…愛しくって仕方がねぇんでさぁ」
「ふ、うンっ。ば、かっ…!」

溢れ出る愛情の迸りを抑える事をせず、嘉隆は一益のうなじや首筋へ幾つもの口付けを降り落とし。
弾む小さな口唇の音。
赤い跡を残してしまう程に貴方へ贈りたいけれど。

ちゅ…うっ…

「さて、ワシが言うのもナンですが…これ以上の邪魔は一益殿に悪いんで、部屋を出とりますよ」

名残惜しげに嘉隆が一益の身体を離し、解放する。
恋人の熱はまだ身体に残るのに。
"離れた"事実が、哀しく寂しい。

「…別に、必ず今日の内に作り終わらずとも構わぬ資料だ」
「いやいや一益殿、明日必要なモンだと言っとったでしょう」
「嘉隆が構って欲しそうにしていたので、相手をしていたら終わらなかったとでも言っておけば…万事済むと思うのだが」
「そ、そりゃあ勘弁して下せぇ。…いや、合っとりますけど…」
「ふふ…冗談だ。冗談」

まだ足りないのは、お互い様。
強がるけれど愁いを帯びた一益の双眸を見て、嘉隆は今すぐにでもその身体を抱き締めたく願う。

「…作業が終わったら、たくさん温めてあげますから」

この"御褒美"は。
一益の為以上に自分自身の為だと、嘉隆は心中で苦笑。
約束の意を含めた触れるだけの口付けを頬へ贈れば、愁えていた眸に明るい光が灯るを感じ取れて。

「…ならば、毛布を掛けては余計に暑いのではないか?」
「まっ、またそういう事を言いなさるんスから…知らんですよ、明日学校へ行くのに障っても」
「問題は無い、すぐに週末だ」
「やれやれ…」

口で敵わないのは何時もの事。
なだめあやす様に一益の頭を撫でた嘉隆は、いよいよ和室を後に。
残される一益は障子が完全に閉まる、その時まで背を見詰め。
やがて、抱き締められた熱の余韻を供に中断していた作業へ戻る。
そういえば冬は単純に、自然と互いの肌で温もりを求め合い。
暖房などより温かだったな、と。
やっと巡った春には申し訳なくも思うが、一益は過ぎた冬がほんの少し恋しいと想いを寄せた。

■終幕■

◆さて今回こそ診断等から出た結果内容を元に書いた小噺ではない…と、明言出来ませんで(苦笑)
診断結果のひとつを元にして話を書いたのではありませんが。
後ろから抱き締める、というシチュのヒントを貰った次第です。
攻→受でも受→攻でも抱き締めシチュ自体は書いているものの…後ろから、というのは少なくて。
あにまる話の中で、攻が受を膝に乗せて後ろから抱き締めるのはありますが…普通の身体同士では、あまり記憶が無いかなと。
…段益だと、段蔵がしょっちゅう後ろから襲っていますが…何というか、★印の方向ではなく(笑)
愛しさ溢れて萌え萌えきゅむり!受は可愛い!みたいなの(…)
そういうキュンキュンする系の話は、ちょっと乙女なところがある設定の宴一益に任せたいなと♪
小ぢんまりとした純和風家屋で、いちゃいちゃしてる九鬼益アダルト組とか良い!と思うのです。
幸せ満点な2人だと感じて下されば幸せです(*´ω`)

2014/05/23 了
clap!

- ナノ -