【1059taisen】
眼鏡と黒猫
)清水殿に片想いな中島さん
…そして事実上、今回の小噺では清水殿は出てきません(汗)



(―――元行)
(はいはいっ!少々お待ちを!…お呼びですかな?――殿)
(此方へ来てくれ、元行)
(ええ、私は何処までも――殿に付いて行きますぞ!)

…嗚呼、これは夢の中なのか。
私は貴方を、何と。
何と…お呼びしたのだろう。
しかし、しかし。
これが夢だというのなら。
墨に塗れた腕を伸ばし、貴方を捉える事が赦されるのだろうか。


……もふっ。

「…ふみゃああぁ〜…」
「…ううん…?」

ゆっくりと。
眠りから覚めた元行だが。
辺りの暗さに、ぼやけた視界と思考を加えてまだ寝惚けている。
さて何時から眠ってしまっていたのか覚えが無いのだが。
取り敢えず。
腕を伸ばした元行が捉えたモノは、元行の「殿」ではない事だけは何となく理解し始めていた。
急に元行に捉まれて迷惑そうに鳴く「それ」に目線を送れば。
差し込む皓月の月明かりのお陰で辛うじて、白の塊を確認して。
さてこれも、何時から飼う事になってしまっていたのやら。
忙しくしている間に、気付けば元行の傍に居ついていた白猫。
元行に自覚は無いのだが、周囲の者に話を聞けば自分が掴み連れ帰っていたと言われてしまっては無下にも出来ず今に至り。
無礼の詫びに白猫の背を撫でる。

「…ふにゃあ…」
「…ええと…」

猫の背を幾度も撫でながら、元行は何故自分が大の字で寝ていたのかを思い出そうとしていた。
徐々にハッキリとしてきた思考で最後の記憶を辿ると。
記録を書き留める区切りが付いたところで眼鏡を外して机上へ置き、目を擦り伸びをした…のが。
どうやら思い出せる最後の記憶であるらしい。
という事は、元行が自分で思うよりも疲れており…恐らく、直後にそのまま後ろに倒れて眠りこけていたのだろうと考えられる。

「…っ、と…眼鏡メガネ…」

思い出してみれば、道理で視界が何時までも定まらぬ筈。
寝たまま腕が届く距離で机上を漁り、眼鏡を探そうとするが。
どうやら、近きにそれらしいモノは無いらしく。
仕方なく身体を起こし眼鏡を探そうとするが、そもそも暗い。
ではまず灯りかと思うものの。
自業自得ではあるが、どうも忙しく没頭していると物を乱雑に散らかしてしまう癖が有る為。
灯りの道具も室内の何処かに散らかされている可能性が高く、ならば机上と分かっている眼鏡を探す方が早いような気がした。
そろそろと、机上を探り始めた元行だが机上も物が散乱しており。
折角、書き記し終えたに墨を零しては水泡に帰してしまう。
しかし盲探しでそれらしきを探すも、なかなか見付からない。
これはもしかすると、猫めが眼鏡を机上から落としてしまったか。

「全く、困ったものだ…」

机の向こう側を、元行が目を細め見ると何かが光る。
猫の悪戯という読みが果たして当たったものだろうか、視界がぼやけてはいるが確かに其処に落ちているのは元行の眼鏡。
大体の場所が分かれば問題無い。
元行はそうっと立ち上がると、大事な物を踏み潰してしまわぬ様に摺り足気味で暗い室内を進み。
机の反対側へ回り込んで眼鏡の位置を改めて確認し、拾い上げると同時に闇の中へ大きく一歩を。

ぎゅむっ!

「う、うわっと!?」
「ふんにゃああぁぁああ!」

バリバリィッ!

「あ痛ぁああああっ!す、すまんムネハル!お主そんな…っと」

何も置いていない闇だと元行が思った場所には。
もう一匹の、気付いたら連れ帰っていた猫―――黒猫、が。
ちんまりと丸まっていた模様。
だが全く気付かなかった元行は思い切り黒猫の尻尾を踏み付けてしまい、脛に手痛い引っ掻き一閃をお見舞いされてしまった。
その反射、反射…に。
元行は思わず、自分と猫だけの秘密を大声で叫んでしまい。
急ぎ口を塞ぐと、誰にも聞かれていないか辺りの気配を探る。
拾い上げた眼鏡を掛け、多少はマシになった視界で見回すと。
幸い、猫以外に聞かれた様子は無いと安堵し黒猫へ目線を落とす。

「……殿」

殿の、名前。
自分が連れ帰ったらしい黒猫は。
墨とは異なる黒をした毛艶、少しだけ…殿の事を想わせて。
私と猫の秘密。


―――と、の。


かなわない。
この想いを表す字、一文字として見出だす事は叶わず。
この想いを表す字、一文字として残す事もまた叶わず。
だが茫漠の胸中からは、掴み取れぬ想いが「かたち」を求め。
墨の黒点が、ポツリと真白の紙に似た胸中へと振り落とされる。

表しては。
残しては。


「…ニャア…」
「…すまんな」

尻尾を踏まれて荒げた黒猫だが、元行の只ならぬ様子を察知し。
足元で心配そうに鳴く姿。
そんな黒猫に愛しみを覚えて、元行は墨の黒を猫の黒に変えて想いをはぐらかしポツリと詫び。
黒猫を抱き上げて佇めば、無性に外の空気を欲して。
元行が庭を臨む戸へ向かい始めると、白猫も後を追う。
戸を開いて縁側に立ち、空を仰ぎ見れば…皓月なのだと思っていたのが実際は見事な星月夜だった事に元行は気付かされた。
ひとつ、大きく呼吸。

「…この夜空も、紙の上に残す事は出来ないでしょうな…」


自分が墨で残す事が出来るのは。
貴方の総てを、記し残せるのか。


縁側に座り込んだ元行は。
今更ながら、ヒリリと痛み出す脛の引っ掻き傷をゆるりと擦る。

「殿は…引っ掻いたりせぬぞ」

多分、な。
元行は一言、付け加え。
既に眼鏡を掛けている筈なのに、ぼやける視界の意味を考え。
猫達を優しく抱き締めて双眸から一条をはらりと零した。

■終幕■

◆ぐるぐる眼鏡で髭デコ可愛い中島元行さん(*・ω・)
全くノーマークからの付け焼き刃ですが、毛利伝でのイベントを見て清水殿を慕う姿に萌えもだもだしてしまった訳です。
そんな中島さんの「殿」である清水殿の結末であるとか。
略歴を調べてみたら、お嫁さんは清水殿の娘であるとか。
…確かに、そこそこ歳は離れているけど(15歳差)娘を娶っているという事は義父でもあるのか…
調べる前から何となく殿に片恋しているイメージでしたが、益々そのイメージが強くなっちゃったかな…と。
自分の中に募っている想いが「殿」以上にならない様に。
だけど想い溢れて黒猫ちゃんを密かに殿の名前で呼んでたり。
カード絵の白猫ちゃんも机の下の黒猫ちゃんも可愛いですよね♪
今回は黒猫ちゃんが主役。
さて清水殿が切腹した前なのか後なのかは…お任せで。
命日(6月23日)に間に合わなかったので存命中かな…(*´∀`)
ちょっと七夕もイメージです。

2012/06/30 拍手御礼
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