【1059taisen】
雪花の想い
「冷える筈だ、もう降るのか…」

ふうっ、と。
溜め息にも似て漏れ出た政光の息が真白い。
今日も遅くまで内務に取り組んでいたのだが今夜は格段に寒く。
籠っていた部屋を出て外の様子を窺えば、既にしんしんと降る雪。
この年の初雪は…すなわち出羽へ移り初めて迎えた雪でもあり。
冬の訪れの早さ、此処が寒冷地である事を政光は改めて思い知る。

(雪に閉ざされては、思うようにいかぬ事も増えよう…これは冬期の経営方針を見直す事も視野に入れておいた方が良いな…)

真白い息、もうひとつ。
政光としては、今すぐにでも見直しに取り掛かりたいと思うが。
流石にこの寒さは厳しく、ここで無理をして病を患ってしまったのでは余計に遅れが生じてしまうと自らに言い聞かせ。
籠っていた部屋には戻らず。
雪の所為か普段よりずっと静かに感じられる湊城を迷い無く進み、とある部屋の前で歩みを止めた。
その部屋は、内務に根を詰めがちな政光に義宣が宛てた部屋。
城内でも人の往来が少ない位置にあり、せめて身体を休める際に確と休む事が出来るようにという主からの配慮が感じられ。
沁みる心遣いのひとつ、ひとつ。
御恩に報いるには、また明日からだと政光は気持ちを整え。
スッと戸を引く誰も居ない部屋。
誰も居ない―――筈の部屋。

「えっ…」

政光の目に飛び込むのは、外に繋がる明かり取りが生む世界。
雪花と雪明かりと、人影。

「よ…義宣様…」

華美な装飾が施されている訳でもなければ広くもない室内で、その人影は積もり降る雪をただただ見詰め続けていた。
雪明かりの他に部屋を照らしている灯はひとつ、仄か。
外を見詰めたまま表情も知れぬ人影、しかし政光は佇まいから義宣に間違いないと瞬時に判断し。
控えた声で呼び掛ける。

「…何時もこの時間なのか?内膳…心配していたところだ」
「そ、その…申し訳御座いません…ですが義宣様こそ何を…」
「俺か?…そうだな、強いて言うなら雪見であろうな」
「雪見…ですか」

答えになっている様で、どこかはぐらかされた風の返りだが。
政光は言及を避け、何も言わずに開けた戸を閉めると。
義宣とは遠からず近からずを保ったところで傍へと座り。
雪明かりに浮かぶは主の横顔。

「…今すぐ眠るなら出て行く、暫し話し相手となってくれるか?」
「義宣様の話し相手となれるなら、眠気など吹き飛びまする」
「ふふっ…そうか。あまり面白い話にはならぬと思うのだが…」

見詰めていた雪から目線を外し、政光へ向けられる義宣の双眸。

「領内の様子で御座いますか?」
「ああ、まだまだ安定には程遠い…家中も落ち着かぬ上に、我ら佐竹がこの地を治める事に反対する民も見受けられるからな」

急な国替えの背景には、義宣の態度が蒔いた種もあろう。
だがこの先、江戸に近い常陸で五十万石規模の大名が安穏と過ごせたであろうかを考えると、それも難しかったに違いない。
先祖代々の地は失われた。
けれども家を繋ぐ事は出来たし、何より義宣の心が潰えなかった。
繋ぐだけの十九代目などではなく、初代藩主という礎への意欲。
その姿を知るからこそ政光も尽力を惜しまずにいるのだ…が。
家中ですら理解が及ばずにいる状況、領内では一揆という形で佐竹への不信が突き付けられている。

「佐竹の為は領国の為…と言っても急には受け入れ難いか」
「残念ながら…」
「余所からの新参者というのは苦労するものだな…内膳」

この件となり、政光は義宣が何故自分を話し相手としたのか察す。
政光自身の境遇と重ね合わせた想いを抱いたからなのだと。
短い時間で成せる事ではないと理解していても…もどかしい想い。

「大丈夫です義宣様、正しきを行えば…理解は必ずや」
「…そうだな、俺なりの正道を貫く道は始まったばかりだ」

冷えた空気が僅かに和らぐ。
共感と肯定に安堵した義宣の心情が、そう感じさせたのだろう。
知らぬ間に張りつめていた政光の糸も、弛く解された心地。

「差し当たり、南方は例え一揆が起きても心配は無いのだが」
「ええ、義重様が目を光らせておりますからな」
「父上から、これからは悠々自適の筈がと小言を受けたが…ふふ、その割には素直に六郷城へと向かっていただけて助かった」
「…義重様といえば」

チラリと、明かり取りへ向けられる政光の双眸。
音を持たぬ雪は今も静かに降り落ち、外界を真白に染め続け。

「国替えを機会に義宣様から寝具をお贈りしたと聞きましたが」
「寝間着も付けてな、いくら布団嫌いの父上でも向かうのが北国では寒かろうと一式を贈った」
「では今夜など、さぞや重宝されておられる事でしょう」
「だと思うか?あの父上だぞ」
「…ええと、それはつまり…」
「結局、今も贈った布団は使わず薄布だけで寝ているそうだ」

くつくつとした義宣の笑みに混じるは、ほろ苦さ。
仕方の無さや分かってはいた…等、納得の諦めとでも表現するか。

「…それでも、何度かは使っていたと聞く。幾ら言っても使おうとしなかったのに…鬼義重が丸くなったとは、寂しさも思うな」
「義宣様…その…義重様、は」
「うん?」

恐らく、義宣は気付いていないのだと政光には感じられた。
自分が"それ"を告げて良いのか迷い、先を詰まらせた…けれども。

「義重様は…義宣様から頼られる事も身体を気遣っていただけた事も…きっと、嬉しかったのだと私には受け取れました」
「―――!…父上…が…?」

嗚呼、やはり。
"そう"とは思い至らずにいた事が義宣の驚いた声色で知れる。
親兄弟の間で血を見る争いも珍しくはない乱世にあって、折に反目する時はあれども義重と義宣の間に深い険悪さは無い。
しかし家の全盛を築いた父に対し、自分はどうかという想いは義宣の胸に常にあり続けただろうし。
義重も、元々の気性もあるのだろうが口を出し反する事で大名として考えるべきを暗に教える様な態度を取り続けていた節がある。
故に「嬉しい」という感情で義宣を"認める"事が器用には出来ず。
義宣は、義重の父親として持っていた一面に気付けなかったのだ。

「…先も言ったが、あの父上だぞ。だが…そうならば俺も…」
「真に…親子ですな。どうか素直に仰って下さい義宣様」
「敵わぬな、勿論…そうならば俺も嬉しいに決まっている」

雪明かりと仄かな灯りの中に浮かんだ義宣の笑顔は屈託なく。
ほろ苦さの失せた快な表情、内心余計な事を言ったのではと渦巻いていた政光の不安も吹き飛ぶ。

「…礼を言う、内膳」
「いえ、私は何…も…っ…」

ぽす…ん…

ゆらりと蠢いた義宣の身体が政光の隣を陣取ったと思うや。
義宣は政光の肩に頭を寄せて身体を預け、雪見の興じへと戻り。
一方の政光はどうするのが最善なのか分からず、始めに座した姿勢を保ち義宣の動向を見守ると。

「…内膳。」
「は、ははっ!義宣様」

痺れを切らした様に、ぽつり。
政光の愛称を義宣が呼ぶと、少し構えた声が室内に。

「…俺も…な」
「はい…」
「決して恋路に聡い方ではないが、こんな時は抱き締めておけ…」
「義宣さ…ま…」

照れくさそうに政光の着物を掴みながらが、とても愛しく。
政光は義宣の肩に腕を回すと、護る様に優しく抱き寄せ。
次第に溶け合う互いの体温は雪を忘れさせる程に心地好い。
じんわり、と―――

(…いかん…心地好過ぎて眠気が…私は…義宣様をお守…り…)
「―――…内膳?」
「……す、ぅ……」
「眠ってしまったか、今の時分まで起きていれば当然だな…」

頭を胸元に寄せられた義宣は政光の心音を聞いていたが、頭上から聞こえ始めた寝息に気付く。
実際には、とても疲れていたであろう想像は容易く出来ていた。
でもどうしても、しんしんと降る雪は愛しい熱を欲させたから。

「…よしの、ぶ…さ…ま…」

ぎゅう…

眠り落ちたとしても政光の義宣を守ろうとする本能は失せず。
その体躯は盾である己を全うして義宣を包み込み、抱き締める。

「…守られてばかりというのは、性に合わぬというに…」

ああ、まったく、父親譲りだ。
綻ぶ程に嬉しいくせに。

「俺は…俺なりの方法で内膳を守ってみせよう…」

眠る政光を起こさぬ様。
義宣は体勢を変え、そっと指先を政光の頬に触れ寄せる。
冷えた空気に晒されたままの頬は冷たく、それは例えば口唇も。

「ふふ…これでは、今夜はずっと一緒に居てやらねばならん…」

最初からそのつもりでいたとは胸に秘めたままにして。
雪明かりだけは知っている、重なりあった二つの影の意味を。


―――その夜、政光は。
口唇に触れた見目美しい雪の花が、想いの総てを遂げたかの様に儚くも優しく溶け消える夢をみた。

■終幕■

◆旧暦11月26日は大坂冬の陣、今福の戦いが行われた日で。
即ち、渋江内膳政光の命日。
去年はこの日が来ても、義宣はともかく肝心の内膳がカード化されていなかったので何とも(苦笑)
今年は2人が揃ったので、切なめの話を考えていたのですが。
考えると自分が凹んじゃって(…)
甘々を基本にしているんだから何も路線変更しなくて良いかと切り替えた結果、普通の初雪話といった風合になりました。
だから11月26日に上げるのが間に合わなくても別にゲフゲフ。
だってこのタイミングで公式様が梅津憲忠殿をゲット出来るイベントを出すんだもの、それはそれで取りに行っちゃうよね!
良かったよ憲忠殿も出て(嬉泣)

主従が故のもどかしい感とか…
内膳×義宣で推したい萌えポイントを徐々に掴めてきたと思う中。
今回のお話にも、そんなポイントを散りばめてみました(*´ω`)
でも、もうちょっとイチャイチャしろとは書いてて思います(笑)

2015/12/05 了
clap!

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