【3594taisen】
逆境!友チョコバレンタイン
「張コウーっ!張コウ張コウ!チョコを寄越せだぜえー!ちょーこー!」
「ええい、やかましいッ!」

今日はバレンタインデー。
ひと欠片の甘い焦げ茶に想いを込める、嬉し恥ずかし乙女の行事…
で、ある筈なのだが。
今現在、繰り広げられているバレンタインの光景には、どうにもそういった情緒が欠如している。
寒い時期になると張コウの襟巻きに高覧がくっ付いている事に関しては、冬の風物詩だけれども。
頬で襟巻きをもふもふしつつ。
張コウに背中から抱き付いている高覧は大声でチョコを要求中。
自分を呼んでいるのか。
チョコを強請っているのか。
「張コウ」と「チョコ」を耳元で連呼され過ぎ、張コウには一体どちらを言っているのか判別がつかない。
最も高覧本人も出来ていないらしく、仕舞いには「ちょーこー?」とか謎の疑問符が付いてきた。

「…何だというんだ」
「だからー、今日はバレンタインだからチョコをくれって!」
「…そういう事は女に言え」
「俺は張コウから欲しいから言ってるんだぜえ、ホラ最近だと友チョコなんてのもあるじゃんか!」

厄介な知恵を付けた模様。

「…女同士でやる事だろう」
「そんな細かい事は別にいいじゃねえか、だからチョコ!」

何が「だから」なのだ。
そう言いたいのを張コウは堪え、全く離れない高覧をずるずる引き摺りながら無視を決め込む…かと思えたが、急に歩みを止め。
ひとつ小さな溜息を吐くと、キラキラした期待の眼差しを送り続ける高覧に向かって声を掛ける。

「…このままではチョコが渡せんから、とにかく離れろ高覧」
「えっ?何だ張コウ、チョコ準備してくれてんだ!やったぜえ♪」

なら準備していなかったら、どこまで抱き付いているつもりだったんだ!というところを張コウが再びぐぐっと堪えている間に。
高覧はあっさりと離れて張コウの前へ回り、掌を差し出す。
嬉々とした様子に、もうひとつ吐き出される溜め息だけれど。
いい加減で高覧との付き合い方にも慣れが生じてきた張コウはチョコを強請られる事を予想が出来たし―――確かに、準備をして。

「…そら」
「おっ?」

ちょこん。
……チ□ル……が、1個。

「…」
(どうだ、文句のひとつでも…)
「ありがとうな!張コウから貰えて、すっごい嬉しいぜえ!」
(は!?…な、何だと…ッ?)

ころりと高覧の掌に転がった小さな小さなチョコレート。
あれだけ騒いでいた高覧の事だから、張コウはこれに不満を唱えるものだと想定をしていた…のに。
高覧の口からは残念や不服といった負の感情の一切が混じらぬ感謝だけが伝えられ、チ□ルを渡した張コウの方が心を掻き乱す。

「ん、どうした?張コウ」
「いや…どうしてチ□ル1個だけなんだ!…とか、そういう…」
「えー?だってよ、さっきも言ったけど俺は張コウからチョコが欲しかったんだぜえ、それが叶ってるんだから嬉しいだろ!」
「ぐ…ッ…」

ああもう。
コイツは。

「それじゃーなっ張コウ!」
「…お…おい高覧!持ってけ!」

ブンッ!……がっし!

「へ…うわっと!…何だよ、思いっきり投げるなって!」

チョコが貰えて満足したのか、立ち去り掛けた高覧に目掛け。
呼び止めた張コウは、隠し持つ箱状の某かをブン投げた。
振り返った目の前に飛んできたそれを、高覧はナイスキャッチ。

「何だコレ?すっげ立派な箱っつうか…甘い匂いがするけど…」
「当たり前だ、そっちが…お前へ渡す為に作ったチョコだ…ッ…」
「えっマジで?わー!いいのかよ2つも貰っちまって!」

―――2つのチョコレート。
ここに高覧は差を設けておらず、同等に捉えている。
小さな1個のチ□ルも。
綺麗に包装した手作りチョコも。
高覧は等しく喜んでいる。
その事実に対し張事が知らされる意味と言えば、手作りの甲斐が無いだとかそんな事では無くて。
高覧にはチョコの大小など全く関係が無く、「張コウから」というただ一点だけが重要な事なのだと。

そんなの。
試す様な真似をしたオレの意地が悪いみたいだろうが…ッ…!

「く…こ、高覧ッ!…ら…来月ちゃんと三倍で返せよ!」
「ええー!?…そうだよなあ、うーん…こんなに立派なチョコ貰って、これの三倍は難しいぜえ…」
「いや…そんな真剣にだな…」

どうせ既に意地の悪い役回り。
例え高覧が全く気付く事も気にする事も無かろうと、張コウの中だけでは決まってしまった役回り。
ならば徹そうとホワイトデーの三倍返しを要求してみれば。
あまりに真っ直ぐ言葉を受け取り考え込み始めた高覧を見兼ね、結局は張コウに罪悪感が残る始末。

「あっ、そうだぜえ!」
「なッ…ど、どうした高覧」
「バレンタインだからって事にして今日の内に何かを渡せば、来月には三倍になって返って来るって事でいいんだよな?」
「…まあ…そんな様な風に言われているらしいが…」
「へっへー…ちょーうこう!」

ぎゅむーっ!

「いッ…?!…なッ、なん…!」

お返しの悩みから一転、唐突に何かを思い付いたらしい高覧。
どうやら三倍返しの恩恵に高覧もあやかりたいらしいが、生憎とチョコは持ち合わせておらず。
代わりに何を渡せばいいだろう?
答え。
バレンタインだからと高覧がチョコの代わりに渡すのは―――勢いを付けた、正面からの抱擁。

「お、いッ…ふざけるのも…」
「張コウも、張コウのもふもふも、あったかいぜえー…」

高覧の熱が、吐息が、近い。
先程までも背中から無理矢理抱き付かれていたが、それとは違う。
何が…と、明確には出来ないが。
普段のじゃれあいには無い、言ってみれば友情では無い何か。

「なあ…張コウ…」
(かッ、顔、が…近…ッ…!)


これはつまりその。
そういう事を高覧は、ええと。
嫌か。嫌か。嫌か?
自分の、オレの、気持ちは―――


……ぎゅっ!

「よっし!確かに渡したぜえ!」
「は…な、何だと…ッ…?」

張コウが双眸を硬く閉じた時。
高覧はそれとは全く関係無く駄目押しとばかりに強く張コウを抱き締めた後、すぐに離れていた。
身体に掛かる重さから解放された事に、急ぎ張コウは双眸を開き。
自分の前に立つ高覧を見れば、何時も通りの笑顔をしている。
正直なところ、安堵した。
かなり恥ずかしい勘違いをしたが、関係がおかしくなるよりは…

「それじゃ、ちゃんと張コウも今の三倍返しをするんだぜえ!」
「ま、待て高覧!やっぱりそうか!そういう話になるのかッ!」
「じゃーなー!」

今度こそ高覧は手を振って走り去り、後に残るは張コウのみ。
いや、高覧の熱がまだ。
張コウの身体に。

「…抱擁の三倍返しというと…」

それこそ本当に。
友情の範疇では済まなくなる事ではないかと思うのだが…

「ッて、そうじゃない!」

そうじゃないのは何なのか。
高覧は、そんな事まで考えてやっている訳では無いに決まっているのだから深く考えずとも良い。
そういう事だ。
そういう事の筈なんだ。

内に残る高覧の熱と呼応する様に火照る身体とは裏腹。
熱を受け損ねた口唇は冷え。
寂しげだ、とか。
―――馬鹿馬鹿しい。
総てはチョコレートの毒のせいだと言い聞かせる様に、張コウは口唇を軽く噛み締め蒼穹を仰いだ。

■終劇■

2013/02/14 了
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