【3594taisen】
酔狂雛歌
酔わなければ呼べない俺は。
狡いのかな。
何時もの。
細やかな酒宴の夜だった。
徐庶とホウ統のふたりが最初の杯を空けて、既に数刻。
強い酒ではないが、酒量が蓄すれば身体には気怠さを覚え。
それは思考にも少なからずの影響を及ぼす…筈なのだが。
「(…変わらねえよな…)」
そう思うホウ統も。
傍目には、さして酔いが巡っている様には見受けられない。
だが徐庶の場合は…それが殊更、なのだ。
今宵はこれにてお開き、というその時まで。
多少は酔いの饒舌を見せるホウ統の言に、普段通りの受け答え。
―――それが、ふと。
"面白くない"と。
酔いに緩んだホウ統の心に湧き上がったのだ。
…とはいえ。
普段は、必要以上の口数を持たぬ徐庶であるからして。
あまりに変貌されても、それはそれで困るのだろうが。
それにしても、だ。
「(…そうだな…)」
酔に興か、狂か。
後者、なのだろう。
徐庶の内に巡る流れに一石を投じるべくを謀らせて。
変わらぬ、というのであれば。
俺の方が変わってみようか、と。
そこには勿論、今、この場ならば戯れ言で済むという打算も含め。
一計を案じる。
「なあ、元直」
さも、当然であるかの様に。
ホウ統は笑みを交えつつ杯を交えつつ、それを呼ぶ。
普段は呼ばぬ、それを。
「…何だ?雛…」
しかし急なそれにも…徐庶が動じた様子は、無い。
つまりは。
心の何処かで―――「それ」が当然である、と。
そう、思っているのか?
と、同時に。
ホウ統の心中には、もうひとつ。
…以上の。
"これでも、お前さんは―――"
"…馬鹿蟹"
"いや、それでは、俺が…"
顔には出ぬとはいえ、やはり思考は酔いに蝕まれているのか。
順序立てと整理のつかぬ想いが勝手にホウ統の胸中を駆け巡り。
有象無象。
バラバラに顔を出す想いの欠片。
一体、どれに価値を定め次なる策を講じたものか。
「…雛…?どうしたの、だ…?」
導くは、ひとつの結論。
戯れ言で揺るがぬのならば。
戯れ事を以って制さんと。
ゆらり、緩慢な身体を立たせ。
ふらり、初めて歩きを覚えた雛鳥の如き千鳥足。
―――そうして降り立つのは蟹の元、それもまだ、上手くはない。
ど、さ…っ…
「……酔っているのか?雛……」
徐庶からすれば。
急に立ち上がったホウ統が自分に近付いてきたかと思うと、殆ど倒れ込む様な形で自分に身体を預けてきた状態である。
咄嗟の判断でホウ統の身体を受け止めるべく、両の手を開き雛をしっかりと受け止めたものの。
「…酒が掛かっただろう」
酒を新たに注いだばかりの杯に構う暇は無く。
空へと舞ったそれは、倒れ込んだホウ統へと降り零れていた。
「…雛、拭き取るから身体を起こしてくれ…」
「…別にいい」
「そういう訳には…」
「それじゃあ」
それじゃあ―――
吸ってくれ、よ。
同じ酒の味が、する。
…それはただ単に、自分のものなのかもしれないが。
それでも良かった。
重ねた口唇が、交じるのではなく―――混じる、様に想えて。
眼がかち合う気不味さを恐れながら、ゆるりと細に開けば。
緋も、翠も、在らず。
伏された双眸に安堵を覚える。
「…ん、っ…」
徐庶の腕の中よりホウ統はするりと腕を伸ばすと、首へと回し自分へと引き寄せ、一層に口付けた。
落とすその度に一体を感じ、口唇という点から全身へ。
夢中なまでに。
口付けを送った、のに。
口唇で施す愛撫にも。
揺るがぬ、まま。
「(…この、馬鹿蟹…)」
腹立たしいと思うのは、徐庶にも、自分にも。
少しくらい―――
俺を、求めてくれたって。
そもそもが自分の勝手なのだと、それはホウ統も理解している。
…していても、歯痒い。
寂しさと虚しさに。
だから、また。
最後のひとつを徐庶の口唇へ。
「……ッ、お、おい…っ…?」
徐庶よりホウ統が離れようとした、その刹那。
ホウ統を受け止めていた徐庶の腕に、逃すまいという意思を含ませた力が篭り身体を捕らえる。
体格差は明白にして、逃れられぬもまた、明白。
「なに、す…んッ…!」
緋も、翠も、開かれ双眸を交わらせたままに口唇を貪られ。
漸くに離されたと思えば、徐庶の口唇はホウ統の身体からは離れずに首筋を伝い、鎖骨から胸元へ。
その軌跡はホウ統の身体に零れ落ちた酒の跡を追い求めており。
道筋の先で、露にされた胸の上で存在を主張する桃色の先端に熱い舌を這わされ、ホウ統は悦に大きく身体を反らせたが。
徐庶の腕より零れる事は無い。
「っ、は、アッ…な、あっ…」
「…零れ落ちた酒を吸え、と…そう言ったのは」
士元、だろう?
―――嗚呼。
何だ。
ちゃんと。
酔ってるじゃねえか。
…お前さんも大概、狡いよ。
元直。
後夜に響くは雛歌。
酔に興か、狂か。
今は、総ての理由を酔いに委ねて求め合う。
■終劇■
◆カップリング新境地で出た、キス魔なホウ統とそっけない徐庶。から派生で書いてみたのですが。
シチュ的には庶統よりも蟹雛っぽいかなー、と。
何だかんだで蟹さんに構って欲しい雛と、ムッツリな蟹さん(笑)
蟹雛は色々な意味で酔狂、物好き度が高いと思うのですぞ。
2010/04/10 了