【3594taisen】
溺れる者は何をその手に掴む
り、りん。
鈴音を響かせる虫のささめきとも、さざめきとも。
奏では大なり小なり絶えず。
聴覚を刺激して。
―――先刻までは、何も聴こえはしなかった。
射干玉の一夜に抱かれた。
その、間は。
熱を帯びたままの身体を投げ。
周囲の闇すらも吸い込む程にひとつ、大きく大きく酸素を求め。


嗚呼、まるで―――
水の奥底から生還した様な。



「…雛、その格好では冷える…」

情交を終え余韻に浸るものか、惚したものか。
寝台へ投げ出すその身に一切を纏おうとはしないホウ統を見かね。
徐庶は、手近な掛布を寄せ広げてホウ統を包み込む様に降らす。
掛布は雛に羽毛の如く優しく舞い落ちるも、しかしホウ統は微動だにせず。既に眠り落ちたものか。
妨げにならぬよう、そっと。徐庶はホウ統の顔を覗き見て。
その呼吸が、寝息であるかと。

「……なあ、徐庶」

僅かに開いた口唇は、言を紡ぐ。
杳として知れぬ闇夜はふたりの在する室内にも染み入りて、口唇の動きは判らなかったに等しい。
しかし、闇に溶けた言の葉は急速に膨張を起こし。
はっきりと、徐庶を呼ぶを。

「俺なんか抱いて、愉しいか?」

そうして拡がり続ける言の葉。
続けられた言の葉に、徐庶の表情はまた―――判らないが。

「…愉悦…というつもりは…」

ホウ統の耳に届いた声色。
珍しい、困惑の色。
…困るとは、理解していた。
寧ろホウ統が理解出来ないのは。どうして、試そうと。

自分自身の。

突き詰めた正体に、まだ抗う。
思うにならぬ苦しさ。
酔いとは、違う。


これは―――


「…俺は…雛に、溺れているだけだ…それでは駄目か…?」

こういうところが、反したい気にさせるのだなと。
口にはせずホウ統は自身の胸の内に秘めた。
そうだとも。
溺れている、とは。
どうにも適確に言い当てて。

「…おかしいだろ。」
「…?…何がだ?雛…」
「蟹のクセに、溺れるのは」

理解、だとか。
恐らく、そういった思考の巡りから生じた間というものが流れ。
何拍かの黙した先。
ホウ統の額に口唇を落とした徐庶の顔は、きっと、微笑んで。

「…では、雛は…?」
「俺はいいんだよ、飛ぶもままならない雛なのに」


―――ましてや、泳げるか。と。


額に触れた徐庶の口唇を寄せて、ホウ統は自らの口唇を重ねる。
応える様に、火照りの抜けぬ身体を抱き起こされ―――


溺れて、いく。
溺れて、いる。

溺れ―――させ、て。


深い深い仄暗い水の底。
翼は意味を失い。
息すらも絶えそうで。
しかし逆らわず、逆らわず。
堕ちた先で伸ばした指先が。


今、繋ぐ指先に触れるのなら。


二度と空を望めずとも―――良いと、すら。

■終劇■

2009/11/22 了
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