【3594taisen】
天上の花、地上の華
)男娼パロ



夏空に舞い咲く天上の美は一夜。
煌びやかに彩られた地上の歓楽が灯と、それは互いに瞬間を重ねて相応しいのかもしれない。

「火急に駆け込んで来たかと思えば、花火見物とはのう…」
「ほっほ!矢張り、矢張り。此処より臨むは重畳よの」
「重畳とは…花火の他に、まだ好しが有るのか?徐君」
「ホウ統と一緒に見たかったからの、それが叶っているのだから真に重畳であろう?ほっほ!」
「…馬鹿者」

大体。
高見の場ならば他に幾らも良きがあろうに、と、挟むのを止してホウ統は徐庶の杯に酒を注ぐ。
何時も現れる時間よりも、今日は少々早かった。
出迎えると同時、ホウ統は徐庶に掌を捉えられて何事かを問う間も無く急ぎ連れられた逢瀬の間。
普段は開かぬ窓へ寄り、大きく開け放てば。

―――最初のひとつが、咲いた。

間に合った、と。
そのひとつを契機として次々に打ち上げられる花。
ほんの少し。
繋ぐ掌に力を込めたのは徐庶だったのか、ホウ統だったのか。

「其処からで、良く花火は見えるかの?ホウ統」
「…えっ…あ、ああ…」

徐庶は、開け放った窓辺に腰掛けて花火を見物していた。
対してホウ統は、酌を行う都合もあり室内から徐庶を見越すかたちで花を臨んでいたのだが。
縁に佇み、夜空を見上げ、花を見上げる徐庶が。
花がひとつ、またひとつ上がる度にその光を受けて映え。

総て開け放たれた窓が額、高名な画家の手による意匠を想い。

「ホウ統も此方で見んか?酌はもうよいからの」
「…そうか?…では」

こころ密かには、些少の残念も想うが。
応えぬのは不自然かと思い、身体を傍らへ寄せる。
存外に広く張り出されたつくりの縁ではあるが、辛うじてふたり並んで腰掛ける事が出来る程度。
脚は室内側に下ろし、徐庶にもたれ掛かる。
伝う、熱。
触れる事の方が幾らも幾らも幸。

「…徐、君…」

肩に回された腕に引き寄せられ。
天上よりも、もっともっと近きを見上げれば笑みの花。

「こうした方が見易いかの?」
「…ちょ、ちょっと待…っ…!」

ホウ統は、はた、と我に返る。
何処へその様な力を伏させているのか、傍目には思いよらず。
徐庶はホウ統の膝裏に腕を滑り込ませると、事も無げに抱え上げ。
自らの身体の上へホウ統を乗せた。

「どうかの?」
「…どっ…どう、と言われても…その…見易いが、のう…」
「ほっほ!そうか、そうか」

自分の胸元に頭を預けるかたちとなったホウ統に、徐庶は身体を少し屈めて耳元で囁き。
ひとつ、しっかりホウ統を背より抱き締めると。
今一度窓辺にもたれ掛かり、天上の花を見上げる。

…トクン…

抱き留められているから。
ではなく。
意思を持って、ホウ統は徐庶の身体へ委ね寄せ。
天上を見上げようと、ほんの少し外へ双眸を傾ければ耳は徐庶の鼓動を。


私の、かもしれない。


大輪を咲かせる度に打ち響く音。
天上の轟音と、地上の鼓動は淀み無く抵抗を孕まず、ごく自然に。
夢遊が心地に混じり合う。

「…ああそうだ、ホウ統」
「…ん…何だ?徐君」
「来る途中、縁日をやっていての…まあ、それで花火の刻に遅れそうになったのだがなあ」

ホウ統を抱き留める腕を覆う袖の内より、包みを徐庶は取り出す。
僅かに身体を起こし、肩越しにホウ統の顔を覗き見て。

「…本物が良かったが…店に置くのは迷惑かと思っての」

だから、代わりに。
そう言ってホウ統の眼前で広げた包みの中からは、ひらひらと絹を靡かせるが如く涼やかな金魚の意匠が施された櫛。

「高価い物ではないがなあ…」
「…いや、ありがとう…徐君」

手渡された櫛を。
す、と。髪に通せば。
軽やかな滑りに、活きたものかと金魚が泳ぐ。
この季節の―――この季節だからこそ、それは泳ぎ。

「……徐君」
「ん…どうした?」
「何時か…金魚を一緒に飼いたいものだ…な」
「…ほっほ!今はまだ"何時か"だが…必ずや叶えようぞ、ホウ統…」

一層に抱き締める徐庶の腕の中。
ホウ統はそっと、その掌に自らの掌を重ね。

何時か、何時かの夏の日に。
もう一度手を繋ぎ、君と金魚と一緒に天上の花を見上げよう。
自由な地平から、見上げよう。

ちいさな地上の華の、願い事。

■終劇■

2008/08/07 了
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