【3594taisen】
雛妓の恋
)男娼パロ
看破郭淮が同僚だったり



宵を迎えし歓楽の。
落ちた日に替わり、ぽつりぽつりと灯が瞬く。
夜はまた、彼の人を。


「…随分と機嫌が良いな、郭淮」
「そうですかね?ホウ統殿」

館を開く準備を急ぐ稚児見習い達の足音を遠巻きに、紅を差し指名の整いを待つ控え場のふたり。
娼の多くは大部屋での控えであるが。
特に、の二人はほぼ個室と称しても大差無い部屋を控えとしており。
そうした気兼ねの無さもあってか、この場で交える言の中では源氏のそれではく互いに真の名で呼び交わしていた。

「まあ、その、今宵は張コウ殿がいらっしゃいますからねえ」

鏡台へと向けていた目線を、郭淮はホウ統へと向け。
きゅ、と紅引きを終えた小指を離し、その口唇は微かに笑みを形作る。
楽しみであるか、悦しみであるか。
そこまでに立ち入る気は元よりホウ統には無いが。
この生業の中、郭淮が一条の光を得た事は察する事が出来ていた。

最も、それに縋る事は。
分かっているのだろうけれど。

「…あれ。と、いう事は…」
「……徐君も来る、だろうな……」

ふ、と。
小さく溜息を漏らし、ホウ統は終えた化粧道具を元に戻す。
自分にとって彼は。
それと同じであるのだろうか。
何とも理解のし難い―――この感情を。

「またまたホウ統殿、徐庶さんが来るのは嬉しいでしょう?」
「…ああ、きっと…そうなのだろうが…」
「鳳雛殿、御指名です」

つう、と。
静かに引き開けられた戸口より、賑わいの声が流れ込む。
客の伺いは既に始められた様子で。

「今日は、徐庶さんが先みたいだね」
「…その様だな」

ゆっくりと立ち上がり、整いを今一度姿見に映し。
迎えの稚児が待つ戸口へと歩を始め。

「……どうなのだろう、な」

ぽつりと向けたのは郭淮へ、なのだろうか。
自分自身への戒め、なのだろうか。
ただ、振り返る事は無くホウ統は部屋を後にする。
その様子を見送った郭淮は、再びに閉じられてひとりの場で息を吐き。

「…まあ、俺も似た様な心境だけどね…」

おもてへと出でるか否か、それだけで。
胸中の想いは、ちくりと棘を刺して。

―――…

「元気にしていたかの?ホウ統」
「君は、問わずとも元気そうだな…徐君」

逢うは今宵も同じ部屋。
機を見て注ぐ、酌の具合は知れている。
ほとほと折れて真の名を告げた事は、良しであるか悪しであるかは今のところ定かではない。
しかし、告げたあの時の。

「ほっほ!ホウ統に逢えるのならば、幾らでも元気になれるものよ」
「…馬鹿者」

くい、と肩を引き寄せられて寄り掛かる胸元。
上目に臨めば、自分を覗き込む徐庶の双眸が其処に有り。

嗚呼、まただ。

まるで望む遊具を手にした童の如く。
しかし決して奇異の色では無く、純粋な。
どうしてそう、自分を真っ直ぐに見てくれる。

「…お前さんが、好きだからの」

そっと重ねられる口唇の心地に委ね、任せれば。
―――その純粋を穢した時の事を思い出す。

「どうせ戯れ」、と。

ホウ統は以前に一度だけ口にした事がある。
徐庶は、何も言い返しはしなかった。
しかし、笑っている筈の顔に浮かぶ寂しげな影と、揺らいだ瞳。
それが忘れられず。
「その言葉」を、どう受け止めればよいのかをホウ統は分からずにいた。
それに応える事は、この身である自身を否定するに等しく。
…勿論、限りの刻の内は仮初めに想うも良しなのであろうが。
徐庶が想いは、それを越える事を願っている。

―――願われど想われど、叶いに合う身ではない。

幾らも、そうしてきた筈なのに。
彼の人に限り否めぬのは。


其の、純なるか。


「また、来るからの」

重ね合せた身を労わる様に、徐庶はホウ統の身体を優しく抱き留める。
日は昇りを覚えて、約束の刻。
離れ行く事を。

「……の、か?」
「ん?」

何を言い出そうとしているのか。
それでは、まるで焦がれて。

「また…来てくれる、のか…?」
「…ほっほ!どうした、どうした。当たり前であろう?」
「……そう、か」

何を覚えた。
雛は、この籠より外には出でられぬ。
ならば、焦がれて待つしかない。


君を君を、待っている。
君を君を、君だから。



だから、嗚呼、だから待てるのか。
待てるの、なら。



「ほっほ!ようやっと笑うてくれたの…佇むも良いが、やはり、笑む方が美人じゃぞ?ホウ統…」
「ん…っ…」

笑んでいた事など、ホウ統自身は知りもしなかった。
しかし何より、自分の笑みで淀み無く笑む徐庶の顔が嬉しかった。

これが、そうか。

何時もは落とされる口唇を、そっと身体を引き寄せて君に送る。
恋を覚えた口付けは、どこまでもどこまでも深く甘い蜜。
雛妓の恋は、叶わずの恋。
けれど君となら、きっと変えられる。

■終劇■

2008/03/05 了
clap!

- ナノ -