【3594taisen】
願いの夜に落つる星、叶いの星
)「熱忘れの指先、雛へと触れて」とリンクしています



嗚呼、そういえば。
―――孔明は天文を読むのが得意だった、な。


荒家の屋根に寝転び。
星降る夜に、思い出すのは友の。
見上げた綺羅の中で、一際に瞬いた星がそうさせた。
満天の。
星の光ひとつひとつがこの身に降り掛かり、世を棄てた私を咎める様で。
逃げ出す様に眼を伏す。

「…今年で五年目、かの…」

赤壁からの歳月。
総てを棄てた日、から。
…否。
ならば此処に私は存在せず、何かを残しているから、在る。
行方知れずの身となり、人寄らずの山野の中に在っても、朽ち果てる事だけは出来ぬと。


―――そんなもの、亡き物と変わらなかろうに。


約束、だ。
何の確たるも無い、言葉だけが私を現世に繋ぎ止めている。
たったひとつの。

「―――…斯様な場所で隠遁とは、君らしくも無いな…」
「……!?」

草木を薙ぐ夜風が、想いを映し聞かせた幻か。
しかし、欲するこころは我が身を逸らせる。
身体を起こし、地へ眼を凝らす私を、私を―――見上げて、いた。
夜闇に溶ける黒糸が、星の煌めきに浮かび映え。
頂の白糸は増して光を受け、何にも代えられぬ美麗な冠を想わせ。
何と、何と、優美な佇みか。

「ホウ統…?…ホウ統…なのか?」
「人に"忘れるな"、と言っておきながら。君が忘れるとは言語道断だと思うがのう…徐君?」

く、と。
小首を傾げ皮肉な口を利くも。
その表情には笑みを湛え、戯れの意を覗かせる。
忘れるものか。
その笑みを、どれだけ愛しみ。
どれだけ、支えと。

「…っ…ホウ統…ッ…!」
「お、おい徐君…!」

屋根を飛び降り、その慣性のままに駆けた身はホウ統を目指し。
迷う事無く、その身体を抱きすくめた。
何故、を掠める隙など無く。
ただただ…嬉しかった。

「全く、無茶を…相変わらずだな君は」
「ホウ統…ホウ統っ…!…」

キツく、我が身の制御がつかぬ程にホウ統の身体を抱き締め。
感じたかった。


―――感じたかっ、た。


「……ほ、う……と…う……」


なのに。


無かった。



なかった。




……亡かっ……




「…どう、し、て……!…っ…」

そうして欲しかった、ずっと。
望むかたちで奪われた口唇は、言の先を失い。
それは―――総ての「答え」でもある事を、悟った。

―――…

「…じょ、くん…っ…ふ、ァ…」

下肢に集まる熱が、現実である事を知らしめる。
周囲に響く水音が、行為の事実を知らしめる。
星明りの下。
一糸も纏わず我が身の上に跨り、情交を貪るホウ統の事が。
綺麗で、綺麗で仕方がなかった。

この世のものとは、等と。
しかし双眸は…双眸は、確かに常世を映して―――

「…どうしたの、だ?徐君…そう呆けられては…っ、は、ぁン…」

しなだれ掛かる様に、我が身へと身体を傾けられ。
ぎち、と、ホウ統の内を抉る角度の変容が自身より漏れ伝わる。
甘い艶声が近く、双眸を合わせ。
哀しげな笑みを浮かべ、そっと。

重なる、その時も。
重ねる、この時も。


―――この双眸は、只管にホウ統を映し続けて。


どうして、どうして。
閉じた闇の中へ、こんなにも美しきを葬れようか。
瞬きすら、惜しい。

「…そんな風に見詰められては、口付け難いぞ…徐君…」

視線に気付いたか、口唇を僅かに離し。
ほんの少し…困った様に、照れた様に、眼を細め。
それでも変わらずじっと見詰め続ける私に、ちいさな口付けを落として。

「…ホウ統……のう…私を、連れていってくれるの…だろう…?」

"あいにいくから"
"つれていくから"

約束は、ふたつだっただろう?
例え、叶うかたちが違えども。


ふたつだった―――だろう?


「…困らせないでくれ…結果的に嘘を吐いた、それは詫びよう…」
「…この眼は、もう、現を見てはおらんよ…ホウ統」
「駄目だ、君は…」

生きていて、と。
嗚呼、そんな事を、また。
母も、仕える主も…雛すらも、生きるに足る総て失い果てたのに。
それでも、生きよと乞われる酷。
意味など、あるものか。

「……のう、徐君……今宵は、七夕…互いの願いを、改めて…叶えようではない、か…?」

君は、生きて。
私は―――この夜だけは、逢いに来るから。
きっと、君だけの為に飛んで来るから。


やっと。
そらをはばたけたのだから。


「…ほう、と……う…っ……げ、ん…士元っ…!」
「っ、ア…!…げん、ちょ、く…う…ッ…げ、ンっ…!…」

掻き抱き、その白む胸元へ幾つも幾つも紅い痣を作り上げた。
刻まれる度に鳴くホウ統の声は、か細くも艶やかに応え。


手向けの華、を。


どれだけ、どれだけ贈ったか。
自身が帯びる熱は止め処を忘れ、幾度も幾度もホウ統の内を穿つ。
美しきを穢している背徳への躊躇も忘れていた。


果てを見る、その時まで。
からっぽの雛を、抱いていた。

―――…

幾らの刻が過ぎ行きたか。
しかし未だ、未だ…天は星を湛えたまま、光を持ちたまま。
上弦の弓月もまた然り。
野に寝転び、仰ぐ私を見下ろすそれらは何一つ変わらない。



けれど、もう、雛は居ない。



「……士元……」

一条を流すと同時、星もまた流れし星降る夜。
流れ落つ星に、雛は生を願った。
叶えたい、叶えよう。
雛の願いを聞き届けよう。



さすれば、この生にもまだ、きっと意味が有るのだと。



…あの時―――
綺羅を絶やさぬままに瞬き落ちた星は、一体誰のものだったのか、など。
はじめから解っていた。

■終劇■

2008/07/07 了
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