【3594taisen】
熱忘れの指先、雛へと触れて
驕りし者が見る金色の夢が、灰なる現と化すを想い。
策を成した、その充足。
冥利に尽きると、我が脳髄が熱を帯びて咆哮を発するを感ず。
高揚を覚えていた。


―――その、時までは。


ふ、と。
風により灯火が耐え失せたものではない、闇。
眼を捉えられたそれは、芯まで冷えた忘れじの指先。
冬の、宵。
それだけでは説明の付かぬ程に冷えた。
生気の感じられぬ、指先。

「…大胆よの。連環の計をもって、曹軍の総てを焼き払うつもりかな?曹操の目は欺けたとて、私の目は誤魔化されんぞ」
「…」

冷やしたのは、身よりも肝よりも、もっと深きこころ。
だが、決して。
策を見破られたからでは、無い。


―――信じたく、なかったから。


あんな、に。


「…ほっほ!この声に覚えは無いかの?ホウ統…」
「……徐、君……」

忘れずなのに、熱を忘れた指先に、違え様など無い声が乗る。
返した名は、久方の。
口唇を掠めて降ろされた指先は、背より我が身に縋る腕と変わり。
双眸は光を取り戻して、尚。

熱を失い果てた君を捉えられずにいた。

―――…

「……ホウ統……」
「…は、ぁ…アっ……じょ、く…ん…っ…」

ひとつを呼ばれる度に、ひとつを返す。
自分の熱を、君に分ける事が出来る気がして。
キツく内を求める律動は、深く烈しく。

悲鳴、すら。
零れ落としそうになる。


―――悲鳴を上げているのは、どちらなのか。


たすけて、ほしいのは。
君、だから。
君を。
生者にする事が出来るのなら。

ちゅく…っ…

「ふ、うっ…!…う、うっ…」

不意に、喘いだ咥内へと挿し込まれた指先。
ぞくりとする程、熱を失って久しいそれに震えて咥え込む咥と腔は締まり。
少しでも、少しでも、取り戻そうと。
舌を絡め這わせ、内なる君自身を離さず、たとえその正体が昂る欲情の火照りであろうとも。
君から与えられる熱なのだから。
ただ、返したいだけなのに。
どうして何も変わらない。


咥も、腔も、器官の総て、我が身が総て、君に染まり。


きみのねつなのに。


ずっ……ちゅ…じゅっ……!

「…っ…!ァ、あっ…も、う…じょく、んっ……!」
「し…げ、ん…」

びゅる…っ…びゅく、るる…っ…びゅ、く…
ぱた…っ…ぱ、たっ…

内へと放たれた熱の熱さに、安堵を覚えるは束の間。
吐き出した私の白濁に濡れる、君の指先は。


未だ、思い出せてはいないのに。


「……少し、痩せたか?徐君」
「そうかの?」

気だるい身体を横たえ、何を話せばよいのかを見失っている。
聞きたい事も、言いたい事も、ある筈なのに。あった筈なのに。

「ほっほ!さあて、此処をお暇する流言を上手く流さんとなあ。曹軍と共に焼けるのは、御免被るからの」

それならば、一緒に。
来て、と。
言えたら良かったのに。


出来た事は、ただ、まだ。
君に生きていて欲しいという、それだけの。


「…ほっ…そんな顔をしなさんな、ホウ統」

懇願か、憐れみか、慟哭か、憤怒か、哀惜か、如何な感情が湧き出でた表情をしていたか。
知れずの中で紡ぐ事を失った口唇は、ただ揺れて。

「…なあ、ホウ統…」

ゆっくりと近付き、重なる口唇はやはり、熱を忘れている。
反射、閉じた双眸は君の姿を見失い。


はやく、おもいだして。
ほんとうにきみなのか、ふあんになるから。


「お前さんは…未だ、鳳の雛」

幼き者を愛惜する様に、二度三度と撫でるそれ。
反目の意を抱いた事もあったか。

「…蒼天を羽ばたくその時は、江を越え、私を迎えに来てはくれんかの」

君も、今。
如何な顔をしているのか、自身で知れずなのであろうな。

「……約束しよう。…必ず…一番に、徐君の下へ」

体裁の良い口約束などをするつもりは無い。
されど、先を幾ら読めども違える事など往々に―――君も、知っている。



それでも君は、笑ってくれた。
"待っている"と。


一条の雫を払い、私の頬に触れた君の指先は。
ほんの少しだけ、熱を思い出してくれていた。

■終劇■

2008/02/15 了
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