【3594taisen】
Cherry Cherry Kiss.
「今年も、徐君の家の桜桃が生ったのか?」
「ああ、ホウ統。そら、丁度良い具合に熟れたものよ…ほっほ!」

初夏の陽光を受けながら、城内の庭で某かを行う徐庶の姿を遠目に捉え。
何をしているものかと、近付いたホウ統の眼に飛び込むのは鮮やかな紅珠―――桜桃の、姿。
その実のひとつひとつを枝より丁寧に離された紅は、如何な珠の輝きにも劣らぬ光を湛えている。
徐庶は、それらを一段細かく選り分けていたところだった。
"殿に献上する分か?"等と。
問わずとも答えは相違無かろう。

「味見をするかの?」

選定の基準を、ホウ統は深く知り得ていない。
余計な手出しはせず、邪魔にならぬよう徐庶の様子を窺っていたのだが。
不意に振り返られ、にこやかに問われる。

「…いや、その様なつもりではなかったのだがのう…」
「ほっほ!良い、良い」

選り分けた側の。
粒の揃った中から、更に見て。
これと決めた幾つかを徐庶は掌に取ると、冷水に一度晒してからホウ統へと手渡す。

「……では」

茎の先を摘んでひとつを選び、露となる桜桃は…やはり綺羅としていて。
照り返す光に瞬間眼を細めながら、ホウ統は口唇で茎よりぷつりと離した実を咥内へと投じ。
果肉を割り開けば、果汁と共に独特の甘酸っぱさが程好く広がる。

「どうかの?」
「…うむ、頃合良く熟していて…美味しい」
「ほっほ!そうか、そうか。それは何より」

素直な感想を述べ、併せて自然に零すホウ統の笑みが何より物語る。
もうひとつ、分かれた茎の先に生る実を運んで。
甘露に舌鼓を打つ。

「…ん…徐君、種子はどうすれば良い?」
「それなら、その辺の皿にでも適当に出してくれればいい」
「心得た」

桜桃の山の脇に置かれた小皿を、ひとつホウ統は手に取ると。
次代の欠片をその中に落とし。
同様、茎も―――

「…のう、ホウ統。桜桃の茎を咥内で結ぶ事が出来るかの?」

博識なホウ統ならば、それに関する謂われは知っているだろうと。
徐庶としても、その程度の予見は付いたものだが。
しかし戯れのひとつに用いるのも悪くはなかろうと、軽く、さらりと流す様に切り出した。

「茎を?…どれ」
「…んん?」
「?…何だ、君から振った話であろう」
「いや、まあ、そうだがの…」

が。
戯れに済ます筈が、どうもホウ統は知り得ておらぬらしく。
ひょい、と茎を咥内へ放り込んだかと思えば、もごもごと舌が茎と格闘する様が窺える。

「……こう、か?」
「ほっ?もう出来たのか?」

刻にして僅か。
吐き出された茎には、確かに結び目が成っていて。

「これは、これは…随分と見事なものよの」
「徐君は出来ないのか?」
「ほっほ!舌を攣りそうになった事ならあるがなあ」
「ふむ…存外、簡単に成せると思うがのう」

徐庶には出来ない、という点で。
また、普段幾度も徐庶に振り回されている事に対する軽い仕返しの意もあるのだろうか。
得意顔が、若干。
そら、と。
もうひとつ茎だけを作り、ホウ統は結び目を成してみせる。
真意を知り得ぬ屈託の無さが、何とも―――罪。

「…ホウ統」
「何だ?徐くっ…んン…ッ…!?」

今一度、桜桃の賞味へ戻ろうとしたホホウ統に。
徐庶は性急な勢いを持って、互いの口唇を交えさせる。
桜桃の甘酸っぱさは、仄かなれど深く徐庶の咥内と鼻腔に広がり。

「っ、ふ…」

優しく、実を啄ばむかの様な口付けは…しかし有無を言わせず。
共有する甘露が思考を眩ませる。
程無くして。
薄く割り開かれた徐庶の口唇に、ホウ統は自分への侵入を想うが。
如何したか、その様子は無い。

「…じょ、くん…?」

そろりと眼を開けて窺いを立てれば、同様にゆるりと開かれた眼と合い。
黙すまま、促して。

「……徐君……」

再びに重ね、徐庶の内へおずおずと差し入れた舌先。
されど…如何様にしたものか迷いあぐねていれば、徐庶のそれが纏わる。
軽く吸い上げられた刺激にホウ統が身を震わせると、撫で這う様な重なりは一層に熱を持ち。
蕩け合うか、睦む桜桃の如く。
甘く甘く、時にほんの少しの酸味が刺激の心地好さ。
―――嗚呼、飽きない君の様。

「…ふーむ…」

ホウ統の口唇をゆっくりと解放した徐庶は。
突如の出来事に理解の組み立てが追い付かず、放心するホウ統を見据えながら思案の声を漏らす。
そんな徐庶に身体を支えられながらホウ統もまた、暫し徐庶の様子を見詰めていたのだが。

「……きゅ…急に何だ!だっ、こっ、こんなところで誰かに見られたらどうする気だっ!」
「別に、それは今更だと思うがの。ほっほ!」
「何が"今更"かッ!」

ふと、この場が…自分もそうであった様、特別人目を避ける事に長けた庭では無いと思い至り。
顔を赤らめながらも、ホウ統は徐庶に抗議する。

「それにしてものう…矢張り、迷信の類なのかの」
「な、何…?…ッ…!」
「おっと。いかん、いかん」

不意に身体を離され、ぐらりと体勢を崩し掛けたホウ統を再びに片腕で支えながら。
徐庶は、某かの結論に辿り着いた様子を見せるが。
ホウ統にしてみれば、結論どころか其処に至るまでの過程においても疑問しか存在していない。

「さて、さて。そろそろ劉備殿のお時間が空く頃か。桜桃を差し入れてこようかの…ほっほ!」

ぽすん、と。
ホウ統の頭に掌を置き、二度三度撫でると。
今度こそ徐庶はその身体を離し、選り分けた桜桃を籠へ放り込み始める。

「では、また後での。ホウ統」
「ちょっ…!」

呆然と立ち竦むホウ統が。
それでも、引き留めるべく伸ばした腕よりも疾く徐庶はすり抜け。
あっという間に、遠い背中。

「…ま…待て徐君!一体、如何なる理由か教えて行かないかッ!」

また、振り回された事に。
ホウ統の叫びが庭中に響き渡る。
さわさわと、その声に木霊は応えたものか、さざめく桜桃の葉。



最早、"知らぬが仏"とでも伝えたものか。



―――それから、暫くの間。
城内の将や軍師達は、ホウ統からの質問に対して真を伝えたものか大変迷ったという。



(絶対、徐庶殿のせいだし…)

■終劇■

◆さくらんぼの茎を口の中で結べるとキス上手
徐庶のさくらんぼ設定は白井三国志の影響

2008/06/30 了
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