【3594taisen】
果ての無きは、枯渇を知れず
内より出でた熱塊の喪失感と、いまだ内を這い回る欲が満たす充足感。
相反する意識に囚われながら寝台に投げ出す身体は、意を持たぬ繰り人形の様相を呈して。
その腕は、知らず。
傍らに座した男の寝間着を握り締める。

「…如何した?……郭淮」

再びに覆い被さる身体は、優しく数度の口付けを落とし。
解っているのに、囁く。

「…如何も何も…」

知れているでしょうに、と。
後には言の葉を続けず、口付けを深く強請り。
張コウの身体を抱き留めると、じわり広がる自分のものではない体温。
その心地にまどろみを覚えて双眸を閉じ、郭淮は夢見を想うも。
腕へと寄せた縋りは、抱かれた記憶を想起させて熱く攫われる。


その熱は、果たして。


「…張コウ殿…は」
「何だ?」
「……俺以外を、抱きたいとか思ったりしますかね」
「…随分と急な戯言を吐く……お前はどうなのだ?逆ではあるがな…」

月の映えぬ、夜。
灯りらしい灯りも乏しく、杳として知れぬ互いのかたち。
だがしかし、熱に冴えた感覚はそれを補い、知れる。
ちいさく零れた笑みは、優越にも似たそれ。
秘めた独占が、自分の手の内で喘ぎ嬌声を上げる姿を捉えた後では…顔を出したものか。

「……う〜ん……どうですかねえ」
「……何?」

だから。

煮え切らぬ郭淮の返答に、張コウは苛立ちを覚えた。
自分に縋り寄せる腕を、ギリ、と音の響く程に掴み上げ。
表情には出さずとも…僅かに顰めた眉は、静かな怒りを纏っている。

「おや…存外、妬いていただけるんですねえ」

こんな時に思うのは、どうにも喰えぬ奴だという事で。
たじろぐ事もせず飄々と言を続けられては―――踊らされているのか、と。

「…妬かせるだけでは済まぬ事が、分からんか?」

覆い被さる…というよりも、圧し掛かる様にして張コウは郭淮を捕える。
妬いた格好の悪さを悟られたものの、ここで引いては殊更に己のバツの悪さを増すだけなのだから。
紡ぐ言の葉には、多少の凄味が孕む。
しかしそれにしても―――この男に効果があるとは思えないが。

「う〜〜ん…まあ、ちょっと、張コウ殿にならそれもアリかなとか思いますが。そういう癖でもあるんですかね、俺」

張コウの頬に刻まれた古傷へ指を伸ばし、スリスリと撫でながら臆す事も意に介す事も無く流す様に返答を紡がれ。
全く持ってどこまでも、喰えない。

「…馬鹿者が、俺を相手に戯れるとはいい度胸だ」

もう、強弁に意味は成さないのだが。
嗚呼、やはり踊らされているのだな。

「そうですねえ、俺は兎も角…相手が可哀想な事になりそうですね」
「……その様な輩が居るのか」
「ふふ、居ませんったら」

口付けを強請り、強請られているその時だけは静寂で。
いっそ永久に、このままならば、と。

時々、想う。

しかしそれでは…後に紡がれたひとことを。



(―――張コウ殿、だけですよ)



聞く事が出来ないから。
僅かに離した口唇は、吐息を感じてふるりと揺れ。
また、その口は言の葉を紡ごうとしている。

「……留めて…おきたかったら…俺を、満足させておいて下さいよ……」

薄明かりの下で意地悪く嬌笑され。
けれど。


嗚呼、それが本音か。


「何だ、結局は―――誘っているだけか?」

寄せられ続ける郭淮の掌を取り、その甲に落とす口唇。
細めた目元は、これまでの戯言を覆した笑み。

「そう……かも、しれませんねえ」

あくまでも喰えぬ猫は、やはり喰えない。
それでいい。
それがいい。

「…ふ…もう少し、気の利いた誘い方はないものか…」
「お気に召しませんでしたかね?」
「いや……構わんが、な。」


果ての無きは、枯渇を知れず。
知れぬのは、果ての無きから。

―――ほんとうの充足とは、如何なものなのか。
知り得る事が出来るとは、叶うとは、想わず。


それでも。
恒久に重ね続け満たされたいと願うは、今の双眸に映る貴方だけだから。

■終劇■

2007/12/30 了
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