【3594taisen】
Halloween☆dimgray☆Cat
嗚呼、そういえば。
今日は朝から姿を見掛けない、とは。
思っていた。

「張コウ殿ー"とりっくおあとりーと"ですよー」
「……はあ……」

にこにこと。
宵を迎えようという刻になって、突然張コウの私室を訪ねて来た郭淮に。
張コウは思わず、らしからぬ気の抜けた返事を返す。

「……何だって?」
「"とりっくおあとりーと"、です」

にっこり。
話が通じていない。

「……そうではなくて、だな」
「はい?」
「…つまり、今日は何かの日なのか?」
「ええ、今日は"ハロウィン"ですよ張コウ殿♪」

ですから、さあ!
とでも言わんばかりに、郭淮は張コウの前に両の掌を差し出しているが。
一方、張コウの方はといえば。

「…すまんが、俺はその風習の謂れを知らんのだが」
「ええっ、そうなのですか?」

この件になって、郭淮は張コウの反応が鈍い意味をやっと理解した様子。

「そうでしたか、う〜ん…"ハロウィン"というのは異国の風習でして、我が国でいうところの清明節みたいなものなのですけれどね」
「先祖への拝礼か?」
「みたいですねえ。…ですが、当事国ではありませんからね、その意味としてというよりも祝祭として楽しむ意味の方が大きいのですよ」
「…ふむ」
「南瓜を象徴として、お化けとか鬼の類に仮装しまして、"とりっくおあとりーと"と唱えながら菓子を貰って回るんです」

仮装。

……ああ……それでか。


目の前の郭淮に。
猫耳と尻尾が付いているのは。
張コウが気の抜けた返事をした大半の理由は、これだったと言っていい。

「張コウ殿?」
「…いや、何でもない…合点がいっただけだ」

何処で仕入れてきたのだか杳として知れないが、郭淮はその"ハロウィン"という風習が余程気に入ったのだろう。
それで作り物の猫耳と尻尾で仮装をし、自分に菓子を強請りに来た、と。
そう、張コウは理解をした。

「全く、要らん事をよく見つけてくる奴だなお前は」

ぎゅうう。

「あ痛たたた、髪を引っ張らないで下さいよ張コウ殿」
「……髪?」
「ええ、髪でしょう?」

ぴたり、と。
猫耳を掴んだ手を止め。
目線を少し下げて、張コウは確認の為に郭淮へ問い掛ける。
しかし、返るのは同じ。

「…俺は、お前の、この耳を引いているのだがな…」
「耳ですか?って、俺の耳なら此処ですよ」

髪を少し払い、隠れていた耳を露にするが。
それは、郭淮自身の耳。

「……ちょっと、隣の部屋の鏡台を見て来い」
「?何ですか急に」
「いいから、見て来い」
「はあ」

どうにも食い違う互いの主張に、先に嫌な予感がしたのは張コウ。
最も、郭淮の方はさっぱり理解をしていない様子だが。
理解をしないそのままに。
しかし郭淮は張コウに言われるまま部屋を後にして、鏡台の設えられた隣の部屋へと向かう。

と。

「うわああぁぁああーっ!? 何ですかねコレ!?」
「……やっぱりか……」

程なくして、張コウの予感が的中した悲鳴が城内に響き渡った。



(ハロウィンの黒灰毛猫)



「う〜ん…」

取り敢えず張コウの部屋へと戻ってきた郭淮は。
尻尾を右往左往させながら座り込んで、どうしたものかと唸っている。
それで、どうにかなる訳は無いのだが。
しかし、どうしようもなく。

「道理ですれ違った皆さん、振り返って俺の事を見ると思いましたよ」
「…その時点で気付け」
「まあでも…このところ戦続きで仮装の準備が出来ませんでしたからねえ、考え様によっては手間が省けて良かったかもしれませんね」
「…随分と前向きな考え方だな…」

ゆらゆらと尻尾を揺らし、張コウの方へと笑顔で向き直る郭淮は。
やはり、猫のそれを心得ているかの様で。

「それよりも張コウ殿…菓子を下さい、です」

ずい、と。
張コウに顔を近付けて。
揺れる尻尾は、嬉しい時のそれ。

「でないと、悪戯しますよ?」
「…悪戯?」
「"とりっくおあとりーと"とは、そういう意味ですからねえ」

指先を張コウの口唇に触れさせ、幽かに笑む。

「"お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ"、なのだそうですよ」

く、と。
小首を傾げて謂れを講釈するそれは。
もう、悪戯にも似て。

「…厄介な風習があったものだな」
「ふふ…張コウ殿には、そうかもしれませんねえ」

それで。

「…どうしますか?応えないと、悪戯しちゃいますよ…」

こんな風、に。


…ちゅ…くっ…


耳元で囁く口唇は、軽くその耳朶を食み。
ゆっくりと重心を傾け、張コウの身体を押し倒す。
ちゅ、ちゅ、と。
細かく口付けを落としながら身体総てを摺り寄せるそれは…じゃれる、猫の遊戯にも似て。


耳へ、頬へ、首筋へ、口唇へ。
幾つもの、悪戯の跡を。

……すり…っ……

「…んっ…張コウ…どの?」

大人しく、されるがまま受けていた張コウに。
不意を打って尻尾に掌を添えられ、郭淮はぴくりと反応を示した。

「…Trick or Treat…」
「…え?」

耳元で囁き返され、掛かる吐息が熱い。

「…これでよいのか?」
「…何で、そんなに流暢な発音なのですかね」
「知るか…で、どうなのだ?」

何がですか?
とでも言いたげ、不思議そうな顔をする郭淮に。
張コウは含んだ笑みを返して。

「お前は、俺に菓子をくれるのか?」

それとも。

「…言い返すのは、反則だと思うんですけどねえ」
「生憎と、俺はお前から聞いた謂れしか知らんものでな…」

ふ、と。
笑むと同時、郭淮の身体を捉えて。

「…後で、何か作ってやろう…」


だから、今は。


言葉尻を失わせたまま、張コウは郭淮と口唇を合わせる。
そのまま。
すりすりと尻尾や猫耳を優しく撫で擦れば、ふるりと微弱に揺れる様が合わせた総てに伝わり。
その、愛い様に。

また、ひとつ。


如何な菓子よりも甘い、悪戯の口付けを。



貴方の為だけに贈る、



Trick and Treat.

―――…

「…出来たぞ」
「わあい、ありがとうございます張コウ殿♪…って」

ことり、と。
郭淮の目の前に差し出された器の中には。

「…ええと…南瓜のいとこ煮、ですよねこれ?」

小豆と共に煮込まれた南瓜が、ほくほくとした良い香気と湯気を辺りに振り撒いている。

「冬至じゃないんですから…」
「仕方が無かろう、急に菓子を作れと言われても材料が無かったのだ」
「…う〜ん…」

不服なのか。
それまで嬉しそうにいそいそと揺れていた尻尾と猫耳が、しおしおと勢いを失ってゆっくりとした動きに変わる。



もぐもぐ。

「……甘くて、美味しいですけれどね」

言葉の具合とは裏腹。
耳はピンと立ち上がり、尻尾はまた嬉々として。

「…ふ…」

そんな様子に可笑しさを覚え、笑みを零しながら張コウは郭淮の傍に。

「…しかし、どうするのだ?このまま戻らなかった場合は」
「そうですねえ。…じゃあ、張コウ殿の飼い猫にでもなりましょうか」
「こんな図体のでかい猫は要らん」
「えー、酷いですねえ」

言葉の端に窺える物言いが、互いに冗談を見せて。

「大体、もう」

そこまでを小さく紡いで視線を送れば、猫と眼が向き合い。

「…それもそうですね」

器を机上へ置き、郭淮は張コウの胸元へと摺り寄る。
意図しているのか否か、猫を模した撫で声で。

「……別にこのままでも、いいかもしれません…にゃあ?」
「……ふ…っ…馬鹿者が……」

そっと。
猫へ贈る優しい口付け。


南瓜味の、Sweet Kiss.

■終劇■

2007/10/31 了
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