【3594taisen】
a Romance
ちいさな水音が、零れ落ちた。
双眸を閉じる暇も無く落とされて。
「…俺からしたんですから、張コウ殿からもして欲しいですよ」
「…随分な押し売りだな」
張コウの首に腕を回して、少し悪戯を含んだ笑みを郭淮は浮かべる。
口付けを強請って。
だから、落とした。
「……全く、敵わんな……」
「ん…っ…」
郭淮の腰を引き寄せて顎に掌を添えると。
く、と。
互いの双眸を向き合わせる様に、軽く上を向けさせる。
そのまま。
望まれるままに。
望むままに。
最初のひとつを、落とす。
「…ちょうこう、どの…」
触れるだけの重なりを、張コウは繰り返す。
深みの無いそれは、しかし。
丁寧で。
甘美に包まれゆく。
―――女が好く様な口付け。
「…俺は、女じゃないですよ」
零した言葉の真意は不服、という訳ではない。
ただ少し、予想外だった。
角度を変えて口唇を優しく啄まれ。
くすぐったい愛撫の連続に、郭淮の身体は思わず逃げ腰になる。
「…っ…!…ふ、ぅ…っ…!」
途端。
半歩下がった足が、急激な力で引き戻されたかと思うと。
腰に添えられた張コウの腕を支点として、身体が弓形になる程に口唇を押し当てられ、侵入を許していた。
ゆるゆると与えられていた今までとは違う。
性急な、それ。
反射的に郭淮の手は張コウの腕に縋り付き、眼は硬く閉じられる。
「…っは、ぁっ…んんっ…」
咥内を犯されながら、漏れる隙からは―――しかし矢張り、先程と同じ。
もう、甘美に酔わされているのだから。
ちゅ…っ
「…ちょう、こ…うどの…?」
貪る様に絡め取られていた舌が、始まりと同じく急に離れ。
また、優しく口唇を重ねられた。
その緩急に思考が追い付かず、恍惚に包まれながらも如何な事かと郭淮はゆっくりと双眸を薄く開く。
そんな郭淮の様子を察知したのか…張コウもまた口付けを絶やさぬままに眼を開き、戸惑う郭淮の表情を窺う。
「……覚悟も無しに、誘った訳でもあるまい?」
重ねられているからこそ、分かった。
張コウの口角が、少し上向いている事を。
「……そりゃあ」
挑発を含んだ意に、郭淮は乗る。
予測しえなかった事態に、身体も心も蕩けていても。
これで存外、負けず嫌いだ。
「…ならば、大人しくしていろ」
お前が望んだ事の総てを。
惜しみ無く。
再び閉じた互いの双眸を合図に、張コウは深く郭淮に口付ける。
甘く痺れる感触に蕩けるは張コウも同じ。
寧ろ、囚われそうになる誘惑を御して。
無下に手を出せば、火傷しかねん事を教えねばな。
と。
腕の中の猫に、口付けをもって教え込んだ。
La La La.
その口付けは、
a Romance.
■終劇■
2007/07/25 了