【Rockman.EXE@】
幸せを運んだ「爆発」と見る未来【RE】
◆アニメ版エグゼ・Stream19話『幸せを運ぶ爆発』の燃ナパ捏造後日談・旧作全面リメイク
旧作からタイトルを変更しています
一番最初に書いた、自分の燃ナパの「はじまり」のお話
+
「お前の快気祝いなんだからラーメン食えって!」
『無理だっつうの!』
「遠慮なんかしなくって良いんだぜ燃次郎! それとも何だ? まだ腹が減ってねぇのか?」
『そもそもナビは腹が減らねぇんだって! 遠慮とかじゃねぇよ!あと燃次郎じゃねぇ!』
「いいじゃねぇか、そんな細かい事はよ!」
『細かくねぇ! 大分デケェ事だぞ!』
笑顔で自らのペースを全く崩さぬ燃次と、燃次が喋る度にツッコミを入れるナパームマン。
燃次が贔屓にしているラーメン屋への騒がしい道中。
漸く迎える事が出来た、今日という日。
…sequel to a story・"Stream / No.19”
───花火大会が開催された、あの日。
完全にデリートしてしまう前に真辺警視の手で実体化が取り消された為、ナパームマンの存在を構築する上で必要なデータは辛うじてPET内に留められた。
しかしその損傷具合は酷く、リカバリーチップ程度では最早どうにもならない状態。けれどもネット警察からすれば、それは望まれていた状況であり好都合。
元々、軍事利用を前提としたデータで構築されたアステロイドであるナパームマンの戦闘スペックは高く、逮捕等には相当な苦労を強いられると予測されていたのだ。
それが、デリート寸前の状態でネット警察に。
警察署内に上がったのは、早急にデリートを求める声。
本来ならば逮捕という形で運び込まれている以上、データを復旧・回復して一連の連続爆破事件を起こしたオペレーターである土門凱と共に裁判を行うのが通常。
だがアステロイドな上に戦闘に特化したナパームマンのスペックは、危険だと問題視され。
加えて解析の結果、ナパームマンを構築するデータは戦闘能力との直結が大半の為、戦闘性能を弱体化ないし無力化しての回復は不可能だとも判明してしまい。
これらの結果を踏まえデリートの声が上がり、大半を占めたのは寧ろ当然と言えるだろう。
絶対の制御が出来なければ必ず手に余るから。
デリートへ向かっていた流れに待ったを掛けたのは、現場を知る光熱斗と真辺警視だった。
ナパームマンを託せるオペレーター候補が居る。
その人物に保護観察を任せられないか、と。
当然その意見は容易には通らず、却下が濃厚。
警察機構の人間でも科学省の人間でもない一般人に、犯罪を犯したアステロイドを任せるなどというのは、普通に考えて有り得ない提案だったからだ。
デリートの処分は覆らないであろうと周囲に思われながらも、二人が粘っていたところに。
─会話ログデータ再生…
「何だと? もう暴れた、く…(ザザッ…)ないだ? どういう、こ、と…(ザザザーッ…)だよ?」
『…俺は…(ザッ…)俺を必要としてくれ、る人間を…(ザザ…ッ)見付けたんだ(ザザッ、ピー)』
…
「……待って、くれ! こいつを…燃…(ピーガーッ)…を、デリートしねぇで(ザーッ)くれ!」
(…データ破損…データ破損…)
「こいつ、に、も…(ザザザーッ)やり直す…(ガガッ)…チャンスを与えてやって…(ガガ、ッ)」
『う…うう…燃次…?』
「おおっ、気が付いたか! 燃次郎──(ザザッ)」
『(ザーッ…)燃次? 一体、俺は…なに、を…』
…
「お、おい燃次郎!? や、めろ(ガーッ)燃次郎ーっ!」
『…燃次の夢、を…(ガガーッ、ザーッ)…悪事なんかに、利用させて(ザッ)たまるか…っ!』
(以降データ大破、ERROR…ERROR…)
─会話ログ終了…
舞い込んだ真相。
幸運にも解析が進んだ会話ログ内には、土門凱へ対してナパームマンが自発的に犯罪を拒否する旨の発言や、暴走から自我を取り戻すまでの一連に加え。
身を挺して花火見物に集まった大勢の観衆を守っていた事が、破損しながらも残っており。
これらの行動を引き起こしたのが保護観察を任せたいと考えている人物であると、光熱斗と真辺警視、ロックマンからも改めてデリートの取り消しが求められた。
例えアステロイドでもナビはナビ。
正しいオペレーターを得る事が出来たのならば───
それは実験を伴う更生プログラム。
「例外中の例外」として認められた「保護観察処分」。
花火大会から一週間後。
その決定は、燃次の元に届いた。
───…
「おう、燃次郎! ここだ、ココ!」
『ンだよ…美味いのか? ホントに』
お目当てのラーメン屋に到着し、PETを店舗へ向けナパームマンに紹介する燃次だけれど。
ナパームマンから返ってきたのは訝しむ声。
とはいえ、その反応は無理もないところがあり、外観はかなり年季の入った佇まいだった。
「見た目で判断すんなよ燃次郎、餃子も美味いんだぜ! …ああ、餃子も俺が奢るからよ!」
『いやだから、ギョーザがって話じゃ…』
「そいじゃ早速、入るとすっか!」
『俺の話を聞けーっ!!』
ナパームマンの叫びは虚しく響き。
とっくに燃次は店舗の引き戸に手を掛けている。
…ガラガラガラッ…
「らっしゃーい! …って、おお、燃次か!」
「よお大将、来るのはちょっと久し振りになっちまったな。早速注文だけどよ、ラーメン大盛りで二人前と餃子を二皿、急ぎで頼むぜ!」
『オイオイオイ、マジで頼むのかよ?!』
「随分と上機嫌だな、良い事でもあったのか?」
「まあな! 燃次郎の快気祝いに来たんだ」
「……燃次郎って、お前…」
親しげな互いの話しぶりから、燃次がこのラーメン屋の常連である事はすぐに察せたし。
「燃次郎」と聞いて言葉を詰まらせた店主。
以前の「燃次郎」を、最期を含め知っているのだろう。
「…ん…そっか、そうだよな。…色々あってよ、今の俺にとっての"燃次郎"が来てくれたんだぜ。ホラ燃次郎、大将にちゃんと挨拶しなよ!」
『燃次郎じゃねぇよ! ナパームマンだぁああっ!』
店主の反応の意味を理解した燃次は、PET画面を店主へ向けナパームマンに挨拶を促すが。
当のナパームマンはPET内で地団駄中。
「…こいつはまた、威勢が良い燃次郎だなぁ」
『当たり前に燃次郎って呼ぶなっつうの!』
「はっはっ、元気で結構! よーし、座って待っていな! 美味いの食わしてやるからよ!」
「頼んだぜ大将!」
注文やナパームマンの紹介を済ませた燃次は、店内の中程に配置された席に着席すると新しくなったPETを机上へ置き、改めて周囲を見回せば。
食事どきの時間帯からはズレている為か、店内にいる客は燃次とナパームマンだけの様子。
「大将のラーメンはホント美味いぜ! 燃次郎!」
『つぅか、どうすんだよ! 二人前の大盛りってよ!』
「だって食うだろ、燃次郎も」
『食わねぇっつうか、食えねぇっつうの!』
二人の延々と繰り返される押し問答の声。
他に客が居なくて良かったようなやり取りを続けていると、料理を手に席へ運ぶ店主の姿。
注文通り間違いなくラーメン大盛りも餃子も二人前。
ゴト、ゴトッ…
「待たせたな、具の量サービスしといたぜ!」
「サンキュー大将! 良かったなあ燃次郎!」
『いや…だから…ゼェッ…ちょ、ちょっと待て…』
PETの傍にまでラーメンと餃子が置かれ、湯気で曇る画面。道中からツッコミ続けていたナパームマンは疲れ果て、湯気で霞む現実世界を見ながら肩で息をして。
バトルでも正直、ここまでの疲弊はしない。
霞む向こうに薄っすら見える、疲れている気配を感じられぬ燃次の一点の曇りも無い笑顔。
何がそんなに嬉しいのか。けれど、この笑顔が。
「やっぱり食わねぇのか? 燃次郎」
『あ…だ、だから出来ねぇんだっての!』
PET画面の曇りを拭き取られクリアになる視界。
それに燃次から話し掛けられて我に返るナパームマン、呆けていたのはきっと疲弊のせい。
「勿体ねぇなあ。…じゃ、取り敢えず俺だけな」
『…オウ…そうしてくれよ…』
ずず〜っ! と、まずは豪快な一口目。
何はともあれ燃次が食事の間は休める筈。
そうナパームマンは考えていた…の、だけれど。
「ほほろでよ、れんじろふ(モグモグ)あららしいぺっろのいごこひはろうら?(モグモグ)」
『喋るなら口の中のモン全部食ってから喋れよ! 何言ってんのか分かんねぇっつうの!』
どうも、そうはいかない模様。
「ああ、わるひわるひ(…モグモグ、ゴクン)新しくなったPETの居心地はどうだ? 燃次郎」
『ったく…まぁ…前のよりも広くて居心地は良いぜ』
「そっか(ズルズル〜ッ…)ほいふはよかっらな!」
『…あのなぁ…』
「(ムグムグ)ん? どうかひらのか? れんじろふ」
ぴ、ぴぴっ…
『うぉい燃次! 画面に汁が飛んでんぞ!』
「(ゴックン)すまねぇすまねぇ(フキフキ)よし燃次郎がハッキリ見えるようになったぜ!」
『食う間くらいは黙ってろよ! 燃次!』
「だってよお、やっとまた燃次郎と一緒になれたんじゃねぇか。この一週間、俺はお前と話したい事がいっぱいあったんだぜ、だから少しでも埋めてぇんだ」
『う…うぐぐ…』
真っ直ぐ、燃次からそんな事を言われてしまうと。
先程の笑顔を見た時と同じような気持ち。
『そ、そうかい…だけど少し落ち着けよっ』
「おうっ、分かったぜ燃次郎」
本当に分かっている気はしないのだが。
やはり満面笑顔で食事を続ける燃次を見てしまうと、ナパームマンは所謂"弱い"のだった。
───ズズズ…トンッ、カランッ!
『…全部、食ってるし…』
「あ〜、美味かった! 次はちゃんと食えよ燃次郎!」
『何回でも言うけどな、腹が減ってる減ってないだとかの話じゃなくてナビはメシを食わねぇんだっての! 大体、どうやって現実世界のメシを食えっつうんだ!』
「根性で!」
『出来るかぁーっ!』
ツッコミを入れる気力が多少は回復したナパームマンだが、この調子ではすぐ尽きそうな。
また暫しこのやり取りが続くかと思われたところに。
PiPiPiPiPi!
『…ん? オイ燃次、メールが来たぜ』
「メール? 誰から来たんだ?」
『…送信者:真辺…さっきまで会ってた警視だろ』
「そうだな、何て書いてあるんだ? 燃次郎」
店内に響くのはメール着信音。
送信者の名が真辺警視である事を確認すると、先程まで会っていたばかりだというのに何か伝え忘れていた事でもあったのか、二人とも内容が気になるところ。
ナパームマンが開封してザッと目を通す。
『…忘れ物をしている、って書いてあるぞ』
「忘れ物? そんなのあったか?」
『えー…キャッシュデータ専用のカードだとよ』
「キャッシュデータ?」
……ううん?
『キャッシュデーターっ!?』
「キャッシュデーターっ!?」
バトル中ならばフルシンクロ化しそうなハモり具合。
いや、そんな事を頭の隅で思っている場合ではない。
『オイオイ、何でPETにゼニーを入れてねぇんだよ! …いや、そうか。今日このPETを警察側から渡すって話でもあったんで、ゼニーはまだ入ってねぇのか…』
元々、燃次が所持していたPETはそろそろ旧式の型。
しかし今回の件でナパームマンがインストールされたプログレスPETを警察側から渡される事となり、元々のPETから個人データ等は先行で移されていたが。
キャッシュデータの扱いについては、渡された後に燃次が管理する手はずとなっていた為、今日はゼニーを専用カードにデータ化して持ち歩いていたのだった。
だがナパームマンを渡された時点で浮かれてしまい、カードの事が頭からすっぽ抜けてしまったらしく、真辺警視と話していた部屋に落としてしまった模様。
『ど、どうすんだよ、ここの支払い!』
「…何だ燃次、データがどうかしたのか?」
燃次達に向かい声を掛けてくる店主。
静かな店内で二人の声は通り、気にもなるだろう。
焦るナパームマン、だけれども。
「すまねぇ大将、新しいPETにこれからゼニーを入れるんでカード化してたんだが、それを置き忘れちまった! 連絡を貰ったんで取りに行ってくるぜ! 燃次郎を置いてくからよ!」
「しょうがねぇなあ、さっさと取ってきな」
『え、い、良いのかよ?! いやオイ、燃次ーっ!?』
店主は燃次の人柄を長い付き合いで理解しているようで、急に椅子から立ち上がり店内からダッシュで飛び出していった燃次に、さして動じてはいない。
傍から見れば、食い逃げに見えかねないが。
『…あんだけ食ってすぐダッシュして大丈夫か…?』
「燃次の心配をしているのか? 燃次郎」
『…っ…! べ、別になぁ、心配だとかしちゃいねぇよ! それに、俺は燃次郎じゃねぇぞ!』
燃次の行動に唖然としていたナパームマンは。
テーブル上の食器を片付けに来ていた店主から話し掛けられ、慌ててそちらを向いて返す。
「そうだな、ナパームマンと言っていたな」
『…お、オウ…分かってんなら、そう呼べっての!』
「ふふふ、すまんすまん。…しかしまあ、そう呼ばんと燃次の方がうるさそうなんでなぁ」
『チッ…なぁ、燃次とは付き合いが長そうだな』
「古い付き合いと言っても良いかもしれんな。…だから、新しい相棒として迎えたお前さんがどんなナビなのか、ワシも興味があったりするのさ」
一先ず空の食器を重ねるだけ重ね。
店主は先程まで燃次が座っていた席に腰掛ける。
燃次が戻って来るまでの間、残されたナパームマンの話し相手になってやるつもりらしい。
『…興味だって? 俺にかよ』
「燃次の相手をするのは大変じゃないか?」
『…ソイツは聞かなくても大体、分かるだろ…』
「はっはっは! なかなか苦労していそうだな。…けど、燃次が本当にお前さんを気に入ったんだというのも分かるぞ。だから多少は大目に見てやってくれ」
───「気に入った」…それは。
『…俺に…"燃次郎"と名付けているから…か?』
「燃次はしょっちゅう、俺のナビは燃次郎だけだと言っていたんでな。その名前で呼びたがるんだ、お前さんが気に入ったんだとしか思えんよ」
『……』
…
花火職人の親方も、同じような事を俺に言った。
俺に、「燃次郎」の名を付けた意味。
スゲェ…スッゲェ、嬉しかった。
俺の事が必要なんだ、って。
必要とされる事が──
こんなに「幸せ」だなんて、思ってもみなかった。
…だけどよ。
その時から、不安も感じている事に気付いちまった。
燃次が必要なのは、今でも「燃次郎」で。
「ナパームマン」の俺は、要らないんじゃないかって。
「燃次郎」と呼ばれる度に───ココロが、痛い。
本当に、本当に、「俺」を見てくれているのか?
こんな風に思うのは。
必要とされる「幸せ」を知った俺の、我儘なのか?
…
ダッダッダッダッ…ガラガラガラッ!
「待たせちまったな、カードを返してもらったぜ!」
「おっ、早かったじゃないか」
『…燃次…』
出て行った時の勢いそのままに戻って来た燃次。
無事に返されたカードを二人に見せながら店内へ。
「…あれっ、燃次郎と何を話していたんだ? 大将」
「大した事は話してないさ。…強いて言うなら、お前ら良いコンビになりそうだな、って」
「そりゃあそうだろ! なあ、燃次郎!」
『…ん、あ…あぁ…だな…』
……その名前は……
「…燃次郎?」
『……いや、ホラ、さっさと会計を済ませちまえよ! つか、あの出て行き方じゃ他の事情を知らねぇ連中から見たら、食い逃げにしか見えねぇから気を付けろ!』
「あっはっは、悪かった悪かった。え〜っと…PETにキャッシュデータを…よし入った! んじゃ大将、お代はコレで丁度な。ごっそうさん!」
「あいよ、間違いねぇ。また来いよ燃次、燃次郎!」
『燃次郎じゃねぇーっ!』
ラーメン屋を後にする最後まで騒々しく賑々しい。
二人の帰路の続きも、絶えず掛け合いは続いていた。
───…
ナパームマンにとっては一週間振りの燃次の部屋。
これからは本当に「帰る場所」となった部屋。
まだ少し実感が得られず、キョロキョロと見回した室内は相変わらず最低限の物しかない。
「さて燃次郎、早いけど風呂にするか?」
『な、何で俺に聞くんだよ、勝手に入れよ!』
「一緒に入ろうぜ、背中流してやるから!」
『PETは普通の風呂程度なら平気なくらいの防水性はあるけどよ! 石けんでガシガシ洗うような真似をしたら流石にヤベェっつうの! 俺のデータを消す気か!』
「…あっと…そっか、つい嬉しくて舞い上がっちまって…もう燃次郎を失いたくないぜ、俺」
…
ちくりと胸を刺す。
「燃次郎」を
言葉がまた、棘になってココロを痛めつける。
「燃次郎」を「失いたくない」
俺じゃあ、ないのか?
「ナパームマン」の…「俺」じゃあ───
…
「お、おい燃次郎、俺…何か悪い事を言ったか?」
『…はぁ? ど、どうしてだよ燃次』
「だって、燃次郎…お前、泣いてるから…」
「…ッ…!? な、何を言ってやがッ…!」
否定しようと自らの目元を擦るナパームマン。
けれどもアームには、はっきりと雫の跡。
『なんっ…! なんだってんだよ、こんなッ…!』
ぽろぽろ、ポロポロ。
人間が涙と称する液体に等しいデータが勝手に書き加えられては零れ落ち、一瞬の煌めきを放ってはすぐさまジャンクデータに変わり消えてゆく。
泣いている、そう自覚した途端にまた溢れ出して。
『ク、ソッ…』
「燃…次郎…?」
『バッカ…ヤロウ…その名前で、俺の事を呼ぶんじゃ…ねぇよ…っ…! …俺は…俺は…っ…燃次郎じゃなくて、ナパームマンなんだから、よぉ…っ…』
「……」
『燃次が…"燃次郎"の事を大事にしてぇのは、分かる…けど、な…っ! 不安…じゃねぇ、か…っ…ホントに、ホントに燃次が必要にしてんのは"ナパームマン"の俺なのか、ってよぉ…!』
溢れ出したのは涙だけではなかった。
涙混じりの声などナパームマン自身でも聞きたくないし、燃次に聞かれたくもないけれど。
言えるなら今だった、絞り出された想いの声。
「燃次郎っ!」
『…ッ!』
「あ…すまねぇ、そう呼ばれたくねぇってのに…」
頭をクシャクシャと掻きながら言葉を模索する燃次。
ゆっくりと、大きく、息をひとつ吐いて紡ぐ。
「お前が…そんな風になっちまうくらい思い詰めてたのに気付けなくて、本当に悪かった」
『……』
「だけど、な…やっぱり、呼ばせてくれねぇかな…」
『俺、が…"燃次郎"の代わり、だから…か?』
「そうじゃねぇ! お前は代わりなんかじゃねぇよ!」
『じゃ、あ…何だってんだよ…っ!』
零れる涙は、止まらない。
自分はいったい、燃次にとってどんな存在なのか。
「えっと…嫁さん?」
は?
『……今、何て言った? 聞き間違いだよな?』
「だから、嫁さんだって」
『は…はああぁぁああっ?!』
あれだけ溢れ零れていた涙が何処かに吹き飛ぶ。
返答の推測許容を遥かに超えた燃次の台詞に、ナパームマンは混乱の状態異常に陥る寸前。
『な、は、ええっ?! い、いや待て! 嫁云々と"燃次郎"って呼ぶ事の関連はあるのかよっ!?』
「だからさ、俺にとって"燃次郎"ってのは一生の大事な相手の名前なんだよ。…だから、"嫁さん"ってのが一番いい表現じゃねぇかと思ってるんだけどよ」
『いや、はぁあっ?! にょ、女房役って意味だよな!?』
「役なんかじゃねぇんだって、嫁さんなんだから」
『〜〜〜…っ…』
燃次の性格だ、本音で言っているのだろう。
これは喜んで良いのか更なる混乱を極めつつあるナパームマンだが、今の一連の話の中で。
『結局…代わりどうこうは解決してねぇし…』
「代わりじゃねぇよ」
『だから…っ!』
「お前がナパームマンだって、分かってるぜ」
『……!』
突然。
今まで呼ばれる事の無かった名を、呼ばれた。
「お前を"燃次郎"って呼ぶのは俺の我儘だ」
ナパームマンから決して目を逸らさず。
嘘偽りない事を示す、何時もの燃次らしい燃次。
「だけど、これだけは信じてくれよ! …俺は、ちゃんとお前を"ナパームマン"として見ている、絶対にだ! この六尺玉燃次、花火に誓ってお前を代わりだとかで見ちゃいねぇぜ!」
『……ねん…じ…』
引っ込んだ筈の涙、ポロポロ。
だけれど───
…
馬鹿じゃねぇの俺。
さっきから泣きっぱなしでよぉ…
俺が…
俺が聞きたかったのは、その言葉だっての。
さっさと言えよ、バカ燃次。
…
「ね、燃次郎っ? って、あ…ええっと、やっぱりナパームマンって呼んだ方が良いかっ?」
『…チェッ…頑固…だよな…やっとマトモに名前を呼んだと思ったら、もう戻ってやがる…』
とめどなく溢れる涙は。
何故だろう、哀しみに暮れた雫ではなくて。
『……なぁ、燃次』
「お、おうっ、どうした?」
『…嬉しくても、涙ってのは出るんだな…』
「…燃次郎…」
…
解っていた筈なんだ。
燃次はちゃんと、「俺」を見てくれているって。
だけどよ。
怖かったんだ。
「必要」とされる事も、「幸せ」になる事も───
今まで、俺が知らなかった事だから。
アタマで解ったつもりでいても。
「本当」なのか、解らねぇよ。
そうやって、「言葉」で教えてくれねぇと。
俺は、燃次の真っ直ぐな「言葉」は。
「本当」なんだって、信じる事にしたんだからよ。
…
───…
PiPi! PiPi!PiPi! PiPi! PiPi!
『オイ燃次! 朝だ朝っ! 早く起きろって!』
「……う、うう〜ん…」
のそり、と。
恰幅が生み出す文字通り山のようになっている布団が動き、中から伸びてきた燃次の手。
探り探りPETを掴むとアラームを止めて起き上がる。
「ふぁあ〜…っと。…おはようさん、燃次郎」
『ったく、さっさと起きねぇと遅れるぜ! …それと』
「……それと?」
『俺は、燃次郎じゃねぇ!』
ぱちくり。
燃次はナパームマンの台詞で完全に目が覚めた様子。
「なんだよ、燃次郎で良いんじゃなかったのか?」
『フンッ…俺もな、燃次に負けず頑固なんだよ! 俺がナパームマンなのに変わりはねぇんだから、燃次がどんだけ燃次郎って呼ぼうがナパームマンだって何度でも言い返すからな!』
「…ははは! …なる程な、分かったぜ」
PETの画面には、そっぽを向くナパームマン。
けれども表情はどこか、照れくさそうにしていて。
ナパームマンの心情を察した燃次は、チラリと窺う目に対して満面の笑顔を見せてやった。
『そ、それより早くメシ食え! 時間が無ぇぞ!』
「っと、いけねぇ! 燃次郎は朝メシ何にする?」
『俺の分は考えなくていいんだっつうの!』
バタバタと朝食を済ませ、工房へ走り向かう。
今日は、ずっと快晴の予報。朝日に照らされて輝く町の中を走り抜けながら───ふと。
燃次はナパームマンに話し掛ける。
「…なあ、燃次郎」
『どうしたんだ? 燃次』
「何時か必ず…世界で一番大きくて、世界で一番キレイな花火を一緒に打ち上げような!」
『…な…なんだってんだよ、急に』
「昨日は言いそびれちまったから。…お前となら、俺の夢を絶対に叶えてくれるからさ!」
…
燃次の、夢。
「俺」となら叶えられるって…
…
『…当ったり前だろ、叶えさせてやるに決まってんだろ! 俺が! …"燃次郎"の分まで…よ』
「…へへっ。よーし! 良い花火が作れそうだぜ!」
曇りなき空と同じように澄む、二人のココロ。
これから先の未来。
夜空に咲くのは「三人」の想いを乗せた、大輪の花火。
その爆発は───「幸せ」を伝え知らせる為に花開く。
■END■
◆ロックマンエグゼ・アドバンスドコレクション発売1周年お祝いに、燃ナパをリメイク◎
アニメ版の花火組は本当に良かったなぁ(*´ω`*)
2005.04.16 了
2024.04.14・旧作から全面リメイク