【Rockman.EXE@】
貴方の手のひらの上は幸せベッド
◆お題ガチャさんの結果から
秋を感じる二人のお話



───スィ…スィーッ…

「おー、庭にトンボが飛んで来るようになッただな」
「まだ残暑は酷ぇが九月は九月だからな」

何でもない普通の一日が終わりに向かう、夕方。
ヒノケンとアツキは、ささやかな庭を眺めるリビングの窓を開けて縁側に腰掛け、日中のまだまだ続く残暑が落ち着き、多少は秋の気配を感じる風に当たる。
アツキの居場所はヒノケンの手のひらの上。
夏の間は流石に暑かろうと気を利かせ、敢えて手のひらに乗せたりせずにいた時もあったが、アツキの機嫌を損ねただけだったので結局は乗せてやり。
すっかり、居場所のひとつとして定着。
それも、これからの季節はより丁度良くなっていくだろう。互いの体温に触れて心地好い。
庭へ飛んで来た蜻蛉にアツキはヒノケンの人差し指を掴んで、よく見ようと身を乗り出す。

「落っこちるんじゃねぇぞ」
「ちゃんと掴まっとるから平気だべな!」

落ち着きのないアツキなので、危なっかしいが。
ヒノケンの人差し指には確かに、ちっちゃな両手がギュッと掴んでいる感触が伝わって。
ちいさき生き物が確かにそこに居る感触。
傍に居る事に慣れて馴染んだつもりでいるけれど。ふとした瞬間にヒノケンは不思議さと、存在を確認して安堵を混じえた想いがココロに込み上げ。
ゆるりと上がる口角は、自らへ向けて浮かぶ自嘲。
僅かに目を細めて見るアツキの背。

…リーッ、リー…ッ…
リリリリ…リリリリッ…

「虫の音色もセミでねくて、秋だなや〜」

姿は見えないが庭の何処かに居るのだろう。
よく通る涼やかな虫の音もまた、秋を感じさせ。
アツキはしみじみとした感想を述べると掴んでいたヒノケンの人差し指を離し、「ぽてっ」とヒノケンの手のひらの上に大の字で寝転がった。

「おいおい、俺の手のひらはベッドじゃねぇぞ」
「別にエエでねか。ンン〜ッ…オッサンの手のひらの上で、外の空気を吸うのもエエだな」
「…やれやれ、勝手な事を言うチビ小僧だぜ」

思わず、手を上下にでも動かしてやりたくなるが。
ちっちゃい身体でめいっぱい伸びをして、晴れ渡る秋の夕暮れの空を見詰める手のひらの上のアツキは、本当に居心地が良さそうな表情をしていたから。
その様子に免じてヒノケンは驚かすのを止め。
手のひらの上の「其処に居る重さ」を噛み締め受け止めて、手は動かさず虫の音を静かに。

…そよ…そよ…
リーッ…リリリリッ…

「(…俺も寝転びたくなってきたが…へっ)」

アツキを手のひらに乗せて、ほんのりとそよぐ秋風の中で虫の奏でに聞き入る時間は、ヒノケンの燃え盛る炎の如き性質と相反している筈だけれど。
そこにアツキが居るからだろうか。
自分も寝転んで秋の空気を謳歌したい気になってきたが、当のアツキが手のひらの上で先に寝転んでしまった為、下手に目を離せず時々ぽってりとした重みに目をやり起きて過ごす。
それにヒノケンには何となく分かっていた。
こんなに心地好い中で寝転んだりしたら。

リリリリ……すー…っ…
リー…ッ…リーッ……ぷぅぷぅ…

「…そらみろ、やっぱりベッド扱いじゃねぇか」
「…ンや…すぅ…すー…ッ…」

虫の音の中に混じり始めた異音。
手のひらの上のちいさき生き物へと目を向ければ、大の字の姿勢は変わらずスヤスヤ状態。
ちっちゃなお腹が膨らみ、萎みを繰り返し。
ヒノケンの手のひらの上はアツキの幸せベッド。

「くぅ…すぅ…」
「まったく、しょうがねぇな…夕飯までは寝かせてやるとするか。…つっても、手のひらの上なんかより本来のベッドの方がイイよな…そろそろ中…ん?」
「ぐ、ぐぅぐぅ…」

モソモソ…

眠ってしまったアツキに、普段ならば余計に寝させてしまうと夜に眠れなくなってしまう為、起こす事も考えたヒノケンだが、夕飯までの時間は近い。
そこまでなら寝かせても良いかと決め。
更には気を利かせてアツキ専用のベッドまで運んでやろうと、そっと室内へ戻ろうとしたところで急にアツキが身じろぎし始め、ヒノケンの動きはストップ。
偶々かと思ったけれど、寝息にも漂う怪しさ。

「……」「……」

「…落ち着いたんだったら、中に…」
「ン、んン〜…むにゃむにゃ…」

ごろん、ぎゅーっ!

ヒノケンは敢えて間を取り、アツキのちっちゃい心臓のドキドキが収まる頃合いを図って再び室内へ戻る素振りを見せると、今度は手のひらの上で寝返り。
親指の付け根を掴んだ様子は枕扱いにしては力強く、どう見ても反抗の意思。という事は。

「…起きてるだろ、チビ小僧」
「(ぎくん!)…うにゃ…オ、オラは寝とるだ〜…」
「もうソレ言ったら、狸寝入り確定だろ。そら」

もぎゅっ!

「ふぎゃッ?! な、何スるだオッサン!」
「そらみろ簡単に起きたじゃねぇか、寝てねぇな」
「む…むむぅ…」

ヒノケンとしては相当な手加減をして握ったが、アツキにしてみれば声が出るくらいの力。
もぎゅりと全身を握られてビックリしたアツキは、握られたままじたじた暴れだすも全く効果は無く、寧ろあっさり狸寝入りを見抜かれて大人しくなる。

「…オラはあのベッドより、オッサンの手のひらの上が良(い)がっただけでねか…ッとに…」
「…へっ、まあそれは…悪い気しねぇけどよ」

大人しくなって想いを吐露したアツキに。
ヒノケンは手をゆっくりと広げて掴んだ状態から解放してやると、アツキはちょっぴり頬を膨らませて手のひらの真ん中にちょこんと座り込んだ。

「むー…ッ…」
「へっへっ、そんな面をすんなってチビ小僧。…寧ろ、指で頬を潰したくなっちまうだろ」
「…そげな事をスたら、オラもッと憤る…わっ?!」

スイ、スィー…ピタッ…

「…ぷっ…蜻蛉の休み場所にされてやがる」

顔を合わせて、アツキの機嫌を直そう…という気は無さそうなヒノケンの言い方だが。こうして、ちいさき生き物なアツキと話しているだけで構わない。
言い合いながらも傍に居るのが二人の当たり前。
けれど、そこまで解っていない秋の客人。
先程から庭の中を飛んでいた蜻蛉が、静かに飛んで来たかと思うとアツキの頭に留まってしまって。まるで、仲裁でもしに来たかのように二人の間でジッと。

「あわわ、何ねこのトンボ!」
「へっ…イイじゃねぇの、秋らしくてお似合いだぜ。別に、暴れる訳でもなさそうだしよ」
「またオッサンそげな…確かに大人スぃから許スてやっけど。スッかたねぇトンボだなや」

ヒノケンの手のひらの上のアツキの頭の上の蜻蛉。
沈む夕日の中で、三者はオレンジ色の世界の中。
明日はまた少しだけ、秋が近付いてくる。


───この後。
室内に入ってしまった蜻蛉を外に出そうとするヒノケン vs 蜻蛉に情が湧いてしまい中に入れたままにしてやりたいアツキの、騒々しい攻防が始まる事になるとは。
まだ、ヒノケンもアツキも蜻蛉も知らない。

■END■

・てのひらの上のちびちゃんガチャ
https://odaibako.net/gacha/16338

ケンイチの手のひらで寝てしまったアツキ。ケンイチがそうっと下ろそうとすると、アツキが身じろぎ。また下ろそうとするも、今度は寝返り。…実は起きてるだろ

ケンイチの掌に乗るアツキの頭にとまっている蜻蛉

2023.09.20 了
clap!

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