【Rockman.EXE@】
クリスマスも何時もの二人
「なンねオッサン、やっぱりクリぼっちだか」
「…嫌味を言いに来ただけなら帰れ小僧」
夕暮れを迎えて静かに夜へと向かうクリスマスイブ。
もう少し日が落ちて闇が深まれば、ウェザーくんの予告通り雪が降り始める才葉シティ。
スカイタウンの職員から、ホワイトクリスマスのプレゼントが届けられるのを待つシティの空気は、冬の静けさの中に何処か心待ちにする空気に満ちて。
しかしそんなシティの一角で。
別にクリスマスだからといって特別に思うところなど無く、自宅に居たヒノケンの元に。
ふらりと、特に連絡も無くアツキが訪れた。
「俺のナビが居るんだから、ぼっちじゃねぇよ」
「ナビはノーカンに決まってるでねぇか、ちゅうかナビを出ス時点でぼっち丸出スだべな」
「…大体、お前もウチに来るって事は、ぼっちだろ」
「オラはちゃんとクラスのダチからクリスマスの誘いがあっただ、ンだが断っただけだべ」
「ンだよ、行ってくりゃいいじゃねぇの」
まだ玄関先での会話。
ここ最近、アツキに会った時に決まってヒノケンが聞かされるのは「才葉の冬は寒くない」という事であり、実際12月に入っても私服は普段通りだったが。
今日はウェザーくんの天候コントロール下とはいえ、一応は雪が降る程の気温である為。
冬用のコート姿で、それなりに着込んでいる模様。
…ただ───
「オッサン独りでほっとくンは可哀想だかンな」
「余計な世話だ、ったく…」
『取り敢えずアツキを中に入れてくれよ、オッサン』
二人の会話の間に、バーナーマンが割り入る。
確かに玄関先でこのまま話している事も無いだろう。
「…やれやれ、入れよ」
「ンで邪魔スるだ」
「ああそうだな、邪魔だぜ」
『そんな言い方はねーだろオッサン、アツキはわざわざオッサンの分まで店に予約入れて手土産にクリスマスケーキも持って来たってのによ』
「……はあ?」
「ばっ、ま、待つだバーナーマン!そンれは…」
『え…あっ、も、もしかして秘密だったか?アツキ』
一度はアツキから離したヒノケンの目線。
しかしバーナーマンの話を聞いて再びアツキに目を向けると、何やら見させない様にして。
だが明らかに何かを後ろ手に持っている事に気付く。
「…まあ…どうせバレる事だからいいけンと」
そう言ってアツキは、後ろ手に持っていた…ケーキの箱が入った袋をヒノケンに差し出す。
半透明の洒落た袋にプリントされたロゴは、才葉シティで人気の高いスイーツショップ。
ヒノケンでも聞いた事のある店名で、クリスマスシーズンの限定スイーツは予約のみだと偶々お店の前を通った時に見掛けた記憶が微かに。
となるとアツキは思いつきでやって来た訳ではなく、ヒノケンの分までわざわざ予約を入れてケーキを購入し、以前から「来るつもり」だった事になる。
「…ふーん、それなら確かに邪魔扱いは無ぇな。客扱いをしてやるぜ、さっさと上がりな」
「既にその言い方が客扱いでねぇけンとな」
漸くアツキは家の中に入ると、無造作に靴を脱ぎ。
ヒノケンの後に付いてリビングに向かう、と。
……くんっ……
(ンンっ?…なンか…美味そうな…なンだべ?)
突如、好いたらしい香りがアツキの鼻腔を擽り。
その香ばしさの正体が何か分からないが、取り敢えずヒノケンに香りの事は黙って聞かず。
リビングに入るとインターネットにも接続してあるノートPCが机に置かれており、中にはヒートマンが居て、ヒノケンとアツキ達を待っていた。
『ハハ、やっぱ来たのは小僧だったのか』
「そういうこった、ケーキを持って来たんだとよ」
『ケーキ?じゃあ丁度良かったじゃねぇか、オヤジはチキンを小僧の分まで買ったもんな』
「ヒートマン、おま…」
「……へっ?」
『あ、内緒だったか?』
どうやら。
鼻腔を擽った好いたらしい香りの正体はチキン。
クリスマスだから、に間違いないし。
アツキが来ると───見越していたからの、二人分。
「…まあ、な。別に内緒でもねぇけどよ」
「ンな言い方スとるけど、オラが来なかったらチキン二人分とか虚スい事になっとったでねぇかオッサン。もちっとオラに感謝スたらどうだべな」
「うっせぇ、そんな虚しかねぇっつうの」
『ちょっとソワソワしてたけどな、オヤジ』
「うぉい!ヒートマン!」
『ハハハ、冗談だぜ怒るなって』
「ったくよ…」
「…ン?…ちゅうか…ヒートマンだけなンか?」
机上に有るのはPETではなくてノートPC。
複数のナビがプラグインしていても問題は無い筈なのに、言われてみればヒートマンの姿しか見えずファイアマンとフレイムマンは見当たらない。
「愛想つかされたンだか?」
「そんな訳ねーだろ!ファイアマンとフレイムマンならインターネットに行ってるだけだ」
『インターネットもクリスマス仕様になっているからよ、それを見たフレイムがスゲエはしゃいじまって。だがフレイム1人は心配だから、兄貴も付き合って見に行っているんだぜ』
「ふーん…そうなンか、ヒートマンはクリスマスのインターネットには、興味無いンか?」
『俺はさっきまで、まだ残ってたオヤジの研究の手伝いとかやってたんでな。だから居るだけで、見てきて良いなら行ってくるが…構わねぇか?』
「ああ、良いぜ行ってきな」
『そいじゃ…って、そうだ。おうバーナーマン!』
『は?俺?』
ヒノケンの許可を得て、インターネットに繋がるワープホールへ向かい掛けたヒートマン。
だが向かう前に、何か思い出した様子を見せると。
アツキのPETに居るバーナーマンに声を掛ける。
『オマエはもう、今日のクリスマス仕様になっているインターネットには行ったのかよ?』
『…いや、そもそも初耳だぜ』
『そうかい、そんならオマエも行かねぇか?』
『んー…どうすっかな…』
『目玉はグリーンエリア2のデカイ電脳ツリーだぜ、ド派手に飾り付けているんだとさ』
『へーえ…』
「行ってきたらイイべなバーナーマン」
『…そうか?アツキがそう言ってくれんなら…どんなモンか、ちょっと興味は有るからな』
「折角なンだス、見てくるだ。…プラグイン!バーナーマン.EXE、トランスミッション!」
───シュン…ッ…!
…パシュンッ!
『よっ、と。んじゃ行ってくるぜアツキ』
「何かあったら、スぐ呼ぶだ」
『ああ!』
プラグインを実行したバーナーマンはアツキに一声済ませると、ヒートマンの方に向かい。
ノートPC内のワープホールに駆け出す。
『おいおい、俺を置いて先に行くなって。…兄貴達と合流して適当に見てくるぜ、オヤジ』
「…ファイアマンとバーナーマンが喧嘩しそうになったら止めろよ、どっちも自制するとは思うが…こんな日に面倒を起こすと、後始末が厄介だからな」
『そうだな。グリーンエリア以外でも小さい電脳クリスマスツリーが沢山並んでいて、とんでもなく燃やし甲斐がある事になってるからなぁ』
「……ンな事になってんのかインターネット、さっさと追っ掛けて行ってきなヒートマン」
『了解!』
シュンッ…
既にワープホールを抜けてしまったバーナーマンを追い掛け、ヒートマンもホールに入り。
プログラムくん達も作業を終えてスリープモード状態で、誰も居なくなったノートPC。
現実世界の二人だけがリビングには残る。
「…ヒートマンの奴…まったくよ」
「オラが来るのかソワソワスとったの弄られたン、まーだ根に持っとるンか?オッサン」
「その事じゃねぇ」
「?…なら、なンだべな」
「余計な気を遣いやがって、って話だ」
「気遣い?…あ。…ああ、なンる程、な」
恐らく二人だけ、にする為に。
ヒートマンはバーナーマンを誘い出したのだろう。
だって、クリスマスだから。
「…ったく、クリスマスとかチキンとケーキ食ったら成立するだけだろ、要らん気遣いだ」
「もう1つ有るべ」
「あん?」
「プレゼントが抜けてるべ、オッサン」
ここまでの事からアツキには確信があった、興味が無い風のスタンスなヒノケンだけれど。
チキンと一緒に、きっと用意している筈だと。
何故ならアツキも───ケーキと一緒に。
「……ほらよ」
「ホレ、やっぱス…ン、ンんっ?」
ノートPCが置かれているテーブルの死角から、アツキが確信した通りクリスマス用の赤と緑を基調にしたラッピングが施されたプレゼントが現れた。
そこまでは予想通り。
…なのだが、少々予想外の事も起きていた。
「…オッサン…コレ、中身…」
「開けりゃいいだろ、もうお前のモンだからよ」
「…ン、ンだらば…」
シュル…シュルッ…ガサガサッ…ゴソ…
「…マフラー…だなや」
「お前にとっちゃ、雪が降るっつったって才葉程度の気温じゃマフラーなんか要らねぇのかもしれねぇけどよ。見たらやっぱり今日も巻いてねぇし」
玄関を開けてアツキの姿を見た時に。
ヒノケンが一番に目線を合わせたのはアツキの首。
冬用のコートを着て、その下も普段より厚着はしているが首回りは何時も通り空いていて。
ずっと空いている、その場所を。
何時しか、自分のモノで埋めておきたいと。
リボンを外し、アツキが袋の中から取り出したのは、所謂タータンチェックのマフラー。
アツキのイメージに合うネイビーを色の軸としており、タグを見ると質の良さと良心的な値段で知られるブランドの品で、贈られた側も気負わず使い易そうな。
ある種ヒノケンらしくない程に堅実。
だが、だからこそ。
ごく自然に巻けるこのマフラーを自分が贈り、アツキが巻いている姿を想えば───首という部位に枷を掛け、所有欲を満たせる様に思えて選んだのだ。
「…ま、使うかどうかはお前に任せるけどな」
「……オッサン」
「何だ?」
「オラからもやるだ、クリスマスプレゼント」
「ほお?」
背負っていたリュックを下ろしてジッパーを引く。
開け放たれた中からアツキが取り出したのは。
「…ああん?え、おい小僧、まさか…」
クリスマス用の赤と緑を基調にしたラッピングが施されたプレゼント、それも、何もかにもがヒノケンがアツキに贈った物と寸分違わず全く同じ。
と、いう事は中身は当然。
「…オラもマフラーなンだけンと」
「いや待て確かに定番っつぅか無難かもしれねぇが、もしかして買った店も被ってんのか」
「ンだな。…色はワインレッドにスたけどな」
「…そういやネイビーとワインレッドの2色だったな確かに。って事はチェックのパターンも同じヤツを選んでるってのかよ、普通にお揃いじゃねぇの」
そう言いながら。
アツキから手渡されたプレゼントのラッピングを解いて、ヒノケンが中身を確認すると。
自分が贈ったマフラーと同じ品の、ワインレッド。
「…マジ被りかよ」
「…だけンと、オラはこのマフラーは自分でも欲スぃと思って選ンだから、結構嬉スぃだ」
「何だよ調子狂うな、色違いでもオッサンとお揃いとか冗談じゃねぇ!とか言わねぇのか」
「オラはオッサンみてにギャーギャー騒がねぇべ」
「ケッ、よく言うぜ。…貸しな、マフラー」
「……ン」
…しゅる…シュ、シュッ…
「似合うじゃねぇの、まあ俺が選んだんだしな」
贈ったネイビーのマフラーを預かり、アツキの首へ。
シンプルにワンループで巻かれたマフラーは、冬の装いのアツキにしっくりと馴染んで。
空いていたピースがピッタリと填まった様。
「…オッサンは、マフラー…要らなかっただか?」
「…いいや。俺も自分が欲しいと思ったのを、お前のプレゼントに選んじまったからな」
「なンね、ンではスっかたねぇでねぇの」
「まったくだ、ホントしょうがねぇぜ」
マフラーの中で首を竦め。
呆れた風にしながらも笑むアツキにつられて、ヒノケンの表情にも笑みが浮かべられる。
気が付けば窓の外は、既に暗くなっていて。
ちらりちらりと雪が降り始めていて。
ホワイトクリスマス───なんて。
「…オッサン、マフラー」
「ほらよ」
「少し顔をこっちサ寄越スだ」
「ンだよ、届くだろ」
「いいから。…ヒートマンのお節介に、乗っかるだ」
「……アツキ?」
クリスマスに興味なんて、無い。
それでもこの日を誰かと過ごすなら。
お互いが、お互いしか浮かばなかっただけ。
お揃いのマフラーをお揃いに巻いて、口付けを。
ケーキとチキンとプレゼントが有れば、クリスマス。
ひとつキスを加えたら、とても素敵なクリスマス。
■END■
2020.12.25 了