【Rockman.EXE@】
ちいさき生き物に寄り添う梅雨の夜
◆お題ガチャさんの結果から
梅雨で弱火なヒノケンと手のひらサイズのアツキ



───ザァアアアアッ…ボッ、ポッ…ザザッ…
パシャパシャッ、バシャ、パシャッ…

「…ったく、今日は特にシケてやがる」

朝から晩まで今なお振り続けているのは六月の梅雨。
帰宅途中の傘の中から、止む気配の無い雨に対して忌々しげな声色で呟いたヒノケンだが、誰に届くという事も無く才葉シティを支配する雨音に掻き消え。
ひとつ息を吐き、傘の柄を強く握り直すと。
ちいさきアツキが待つ自宅への帰り道を急ぐ。

「(…もう寝てるだろうがな…)」

とにかく今日は噛み合わないような日。
学園の、リンクナビの先生としてもそうだし、電脳世界での研究者としても上手く回らず。
気が付けば帰宅が出来る時間になったのは深夜。
普段よりも、ずっとずっと遅い時刻。
こんな事になる日だとはヒノケン自身も思っておらず、家に残るアツキには特に遅くなる旨を伝えなかったし、手のひらサイズのアツキに遅くなる事を後から伝える手段も浮かばず。
ヒノケンに出来るのは、衰えぬ雨足の中で傘を差していても入り込む雨粒に耐えて、パシャパシャと濡れた道路での歩みを進めるしかない。

「…ウェザーの奴を使って晴れにしろっつうの」

才葉シティのお天気情報の顔であり、シティ全体の天候制御システムであるウェザーくん。
連日、雨を知らせるお天気ニュースを届けているが。
実行しようと思えば雨を止ませる事も可能。だけれど、災害クラスの天候が近付かない限りは簡単に天気を変える事は無く、ニホン特有の季節の特色は損なわないと分かっている。
だがヒノケンにしてみれば梅雨はやはり憂鬱。
傘の中に閉じ込められた赤髪も、炎の如きは失われ。
纏わり付く水に不快感が募るのも致し方ないところ。
今はただ、足を動かすのみ。

……バシャンッ!

「ああ! クッソ!」

駄目な時というのは、とことん駄目。
ネットワーク最先端モデル都市である才葉シティのセントラルタウンは、インターネットに限らず現実世界の舗装や整備も他より行われている筈なのに。
僅かに沈み込んでいた道路に出来ていた水溜り。
街灯は有れども深夜の暗闇に、帰りを逸るココロ。
全く気付かずに思い切り足を踏み入れてしまって、靴もスーツも跳ね飛んだ水が染み込む。

「…はぁっ、しょうがねぇ…」

怒っても相手は物言わぬ液体。
先程よりも大きく大きく、息を吐いて堪え。
ヒノケンはココロを無にして。…いや、ちいさなアツキに会える事だけを考えて、もうあと少し歩けば見えてくる自宅を目指し、絶え間無い雨の中に紛れていった。

───…

「やれやれ、酷ぇ一日だったぜ」

何時もよりも時間が掛かった気がする家路。
やっと帰り着いて雨から逃れたヒノケンが家の中の様子を窺うも、アツキの出迎えは無し。
静かに寝室へ直行し、アツキが部屋の行き来を出来る隙間を作っているドアストッパーを外して室内に入ると、やはりアツキ用の小さなベッド上の布団にはこんもりとした小さな山。
帰りが遅い事に怒るかふて腐れて、眠ったのだろう。
それを見たヒノケンは起こさぬ様にして自らも眠る為の用意を整え、寝室を後にして風呂場へと向かい、雨とは異なる温かな湯で身体をさっぱりと洗い流して。
今日一日の噛み合わなさも同時に流してしまい。
ようやくのひと心地、再び寝室のドアを開く。

「(…そういや、眩しくねぇのかチビ小僧)」

こんな深夜の帰宅を想定していた訳ではないが、もしアツキが眠たい時は何時でも自力でベッドへ辿り着けるよう、ドアストッパーの他に常夜灯も点けており。
寝室は常に仄かなオレンジ色が照らす。
とはいえ、そこまで睡眠を害する程ではない明るさ。
だから、口実なのだ。
ぷうぷうと寝息を立てて夢の中に居るであろうアツキの寝顔を、覗き込んで見る為の───

「……は…なっ、い、居ねぇ?!」

心底、予想外の事態だった。
枕にアツキのツンツン頭は見えず、布団を退ければこんもりした小さな山はアツキの身体で出来たものではなく、以前に買い与えていた動物のミニチュア。
…もしかして、寝かせているつもりなのだろうか。
いや、今はそんな事よりも。

「どこに居やがるんだ、あのチビ小僧…!」

慌ててまず寝室を見回すが姿は見当たらない事から。
他の場所で、ヒノケンの帰りをずうっと待っていたのなら…即座にリビングが思い浮かぶ。
寝室を飛び出し、一直線にリビングへ向かえば。
タイマーによる設定で室内は通常の照明からこちらも常夜灯へと切り替わっており、オレンジの中で目を凝らすとカーテンの辺りに見えた影。
傍に寄って見た姿は。

「…ぷス…ぷスン…オッ…サン…」
「〜〜〜…っ……アツキ…」

閉めて出掛けた筈のカーテンに出来ていた隙間。
その下で窓越しの雨の音に包まれてアツキは眠っており、寂しさを紛らわせるようにお気に入りの犬のぬいぐるみにギュッと抱き付いている。
ヒノケンがカーテンの隙間を広げた事でアツキは柔らかなオレンジの光に全身を包まれ、照らし出された顔には、涙の跡が伝ってしまっているのが見えた。
ちんまいアツキでは、カーテンに隙間が作れても雨に阻まれてヒノケンが帰ってくるところなんか見える筈もないのに。それでも、じっと待っていて。
やがて、ぷすんぷすんと雨みたいに泣きながら、雨を子守唄に眠ってしまったに違いない。

「…風邪引くぞ、まったくよ…」

ぬいぐるみごとヒノケンはアツキを手に掬い上げ。
起こさぬよう、優しく静かにリビングを後に。
今も抱き付いて離れない犬のぬいぐるみは、特にアツキのお気に入りで。ヒノケン自身には分からないのだが、アツキ曰く「オッサンに似てる」のだと。
そんなぬいぐるみから離れようとしないのだ。
妬ける以上に、らしくない程すまない想いが湧く。

……そっ…ぽふん…

「…ンや…んン…ッ……ぷう…」
「…ぬいぐるみはそのままにしてやるか。…へっ」

アツキ本来の寝床である寝室内の小さなベッドまで戻ってきて、占拠していたミニチュアには退場してもらい、ヒノケンはアツキと犬のぬいぐるみを寝かせ。
ぽふりと布団を掛けてやると、アツキは寝ながらにして居る場所が変わったと察知したのか、ぷすんぷすんとした涙混じりの寝息は落ち着き。
徐々に普段の眠りへと移り始めていった。

「(…何だって、こんな小せえんだかな)」

自称・座敷わらしの正体は今もよく分からないが。
そんな、ちいさき生き物のアツキと暮らしているとヒノケンには時々もどかしさを感じる。
手のひらサイズでは、抱き締めてやるのは難しい。

「(…なんてな、この俺が何を考えてんだかよ)」
「……くぅ…スぅ…スぅ…」

ちょんちょんと、指先でアツキの頬をつつく。
勿論、起こさぬ程度であり、ヒノケンが帰ってきている事を夢の中のアツキに知らせる様。
何時ものベッドの中である事にも安心したのか、アツキの寝息は完全に安らかなモノに。

「……へっ」

気付けば自らも安堵している事に、漏れる自嘲。
まったく、まったく、振り回してくれるのだから。

───ザァッ…パラパラ…ザァアッ…

「それにしても、よくまあ降りやがるな…雨」

窓とカーテンに隔てられた外は、止まぬ雨の世界。
だが今のヒノケンには少しだけ異なる気持ちで、雨粒の響きが聞けているような気がして。
アツキと離れている時の雨は憂鬱なだけだけれど。
こうしてトロトロとした弱い火同士で寄り添いながら逃れている時は、降り注ぐ雨はそれこそカーテンの様に世の中から隔て、二人だけの世界を作ってくれている───なんて事を。

「…ンや…オッサ…ン…おか、え……ぷう…」
「へっへっ…そういや言ってねぇな。ただいまだぜ」
「むにゃ…」

ずっと、その寝顔を見ていたいが。
やがてヒノケンも照明を総て落として眠りに就く。
次に起きた時には休日の始まり、ウェザーくんの天気予告では梅雨の晴れ間の快晴だから。
雨上がりのキラキラな街を、一緒にお散歩しよう。

■END■

・ちっこいあいつ
https://odaibako.net/gacha/7226

47.うっかり帰りが遅くなってしまい、深夜に慌てて帰ってきた。これはアツキも怒ってるだろうな……と部屋を見回すと、すみっこのほうでお気に入りのぬいぐるみに抱きついてぷすんぷすんと泣きながら眠っていた。寂しかったね……ごめんね……

2023.06.15 了
clap!

- ナノ -