【Rockman.EXE@】
ちいさき生き物と初めてのハロウィン
「なぁなぁ、オッサンオッサン!」
「何だよ騒がしいな、テレビ観てたんじゃねぇのか」

パタン、と。
夕御飯に使った自分の食器と、アツキ用のミニチュアサイズの食器を棚に戻し終えたヒノケンの元に、リビングでテレビを観ていた筈のアツキが現れた。
声は床からかと思えば、ダイニングテーブルの上まで器用によじ登ってきたらしく、振り向いたヒノケンと丁度目が合い、ぱたぱたとアツキは所在を示すかの様に腕を上下に振って。
これは恐らく、テレビで気になる事があったらしい。

「今夜って、何かお祭りがあるンだか?」
「祭りぃ? …テレビだろ、この辺の話なのかよ」
「どこでも開催スるンでねのか? とり…とりー…おー…とりー! …みてなの、違うンか?」
「…ああ、今日は10月31日だな。ハロウィンか」
「はろぅいン?」

ハテナ?を浮かべていアツキを一先ず置いておき、壁のカレンダーに目を向けるヒノケン。
今日の日付である31日を見れば、カレンダーにもご丁寧に「ハロウィン」と小さく印字されており、世間一般のイベントとして定着した事が窺える。
それはそうと、後で11月に変えておこう。

「ハロウィンっちゅうのが祭りの名前なンか?」
「多分だけどよ、テレビでもそう言ってただろ」
「ン〜…画面ばっか見とって、よく聞いてねがっただ。ンでも、とりーおあーとりー! …ちゅうンは耳サ残ったべ、ンだからソレが祭りの名前だと思っただ」
「…成る程な。…それで?」

耳に残ったにしては雑な残り方だが。
取り敢えずヒノケンは話を進めるべく促す。

「なンか色んな格好ばスとって楽スそうだったべな、家でもどうこうとか言っとったス、オラとオッサンでもハロウィンちゅうのを出来ねンか?」
「ハロウィンねぇ、興味無かったからな」

おおよそ何が言いたいかは予想通り。
アツキは賑やかな雰囲気が好きだし好奇心旺盛。
テレビに映し出された、風景は日常なのに人々が人外の格好という様子に惹かれた模様。

「人外に仮装するってのは見た訳だ」
「そだな、吸血鬼とかお化けとか見ただ」
「…お前の場合、人外という点じゃそのままでも仮装って気もするが…葉っぱでも持って傘にしてりゃコロポックルで通じるんじゃねぇの」
「誰がコロポックルだべ! 座敷童子だなや!」
「未だに分かんねぇが、思うにどっちも違うだろ」

アツキの正体論争はまたの機会にしておいて。
ハロウィンらしい事をしてみたいというアツキの希望だが、ヒノケンにとってはこれまで特に関心があった訳では無いイベント故に何の用意も無く。
再びカレンダー…ではなくて、側の時計に向ける目。

「…まだ店は開いてる時間か」
「? …どっか出掛けるンだか?」
「ハロウィンがどんなモンかやってみてぇんだろ、しかしウチにゃその準備が何も無ぇから適当に見てきてやる。…大人しく留守番が出来るならな」
「え! ホントだかオッサン! オラちゃンと留守番スっから、さっさと行ってくるべな!」
「何様だっつうの…やれやれ」

呆れてしまうが、ハロウィンが出来ると聞いて表情を輝かせているアツキを見ると、仕方がないかという気になってしまうのだから、どうしようもない。
ヒノケンはアツキを手に取りリビングへ連れて行き。
テレビの続きを見せて留守番を任せると。
秋めいた夜風の吹く街へと出掛けていった。

─…

カチャ…

「おう、帰ったぞ。大人しくしてたかよ」
「遅いべオッサン! オラ待ちくたびれただ!」

買い物を終えたヒノケンの帰宅。
リビングのドアが開くと同時にアツキはソファの上でピョンと跳ね、自分の場所を示しながら、何を買って来てくれたのか楽しみな気持ちも全身で表現する。

「まずは仮装からだな」
「オラに合うのとか…あったンか?」
「たまたま見掛けた記憶だけで行ってみたんだが…人形に被せたり着せたりする仮装グッズが何とか残っていたからよ、ソイツを買って来たぜ。そら」

そう言ってヒノケンは手にしていた袋の封を切り、中からハロウィンらしいデザインが施されたパッケージに包まれた人形用の衣装を取り出し。
吸血鬼のマントやコウモリの羽、魔女の帽子や黒猫の耳カチューシャなどなど。サイズは小さいが、定番といったハロウィンの仮装グッズがテーブルに並ぶ。

「おお〜…! 色んなのがあるだなや!」
「…本当は全身揃ってるヤツを1つ買って終わりにするだけだったんだがな、生憎でよ」
「…どういう事だべ?」

言われてみれば吸血鬼も魔女も黒猫も…どれも全身が揃っている訳ではなく、バラバラ。
パッケージをよく見ると値下げのシールが貼られ、どうやら本当に"何とか残っていた"商品を買い集めてきたのだという事が窺えた。

「数件見たが、どこもマトモに商品が残っちゃねぇ。揃ってるヤツを買えなくて悪いな」
「オッサン…」
「最初の店とか、ハロウィン商品を引っ込めてもうクリスマス商品に切り換えようとしていやがったぞ、流石に早過ぎねぇかまったく」
「…あンま話はよく分かンねけンど…とにかく、オラの為に探スて買って来てくれただな」

ソファからテーブルへ飛び移り。
並べられた仮装グッズを興味津々といったキラキラした瞳で見ていたアツキだけれど、想像よりもヒノケンは苦労して買って来てくれたらしい。
それは、ちっこいアツキでも分かったから。

……ポフッ!
…ペリペリ……

「…小僧?」

買うと決めたのなら、ヒノケンとしてはキチンと全身が揃った衣装をアツキに買ってやりたかったのだろう。折角、初めてのハロウィンなのだし。
だが当日の既に夜になろうという時間を迎えてしまい、お店からハロウィン商品は姿を消し始めていて仮装グッズはバラバラの売れ残りしか買えず。
珍しく表情を暗くし、バツが悪そうにアツキから目線を外したヒノケンの耳に届く音は。
仮装グッズのパッケージを開けようとする音。

「ンしょ…っと、オッサンも開けるの手伝うだ! …オラ、オッサンが買って来たコレ…全部着てみっから! ホレ、さっさと中から取り出すべ!」
「…へっ。小僧に気ぃ遣われちまったか」

ちっこい身体でパッケージをひっくり返し。
開封しながら元気良くヒノケンへ声を掛けるアツキ。
ありがとう、は。素直に言えないけれど。
精一杯の気持ちを込めて。
そんなアツキの心遣いに何だか悔しいような思いも生じるが、ここは受け入れるべきで。
ヒノケンも開封を手伝い中身を取り出してゆく。

「へー、オラに丁度良さそうなサイズだなや」
「みたいだな、帽子もイイんじゃねぇの」

ちょこん。

「お、ホントだ…って、オッサンこれ魔女の帽子でねぇか。オラはおなごでねぇかンな!」

アツキのツンツン頭に被せられたトンガリ帽子。
黒を主体にオレンジのラインがアクセントに入った帽子は、ぶかぶかでもキツくもなくアツキの為にあつらえたみたいにピッタリだったけれど。"魔女"という点は気になったらしく。
帽子のつばを持って脱ごうとしたが。

「へっへっ…そうか? 似合ってるけどよ」
「む…似合…うむむ…」

ヒノケンに"似合う"と言われ、アツキは複雑な表情。
つばを持ったまま、悪い気はしない気持ちとプライドがせめぎ合う顔で呻っていたけれど。
プライドが勝ったようで、魔女の帽子を脱ぐ。

「おやおや、お気に召さなかったか」
「…ふぐ…その…買って来てもらっただけンど…」
「…なんてな、気にすんな。好きなの着ろよ」

全部着てみる!と明言したのはアツキから。
それを思い出した事もあってか、ワガママを言っているのではないかという結論に行き当たり、魔女の帽子をギュッと握り締めて困ってしまった。
アツキのその様子に対し、流石に少し意地悪だったかとヒノケンはフォローを入れると、アツキのちっちゃな手から魔女の帽子を優しく引き離し。
他の仮装グッズをアツキの前に改めて並べて。

「…いいンだか? オッサン…」
「どのみち、小僧の身体はひとつなんだからコレ全部は着込めねぇだろ、小僧自身が気に入った組み合わせを選んで仮装を完成させな」
「…そっか。ンで、そうスるだ!」

にぱ!と、何時もの明るい顔を取り戻し。
今度はアツキの手で仮装グッズを選び取り、アレコレ試着して気に入る組み合わせを模索。
バラバラの種類とパーツから、あーでもないこーでもないと着替えるアツキを静かに眺め待つヒノケンは、着せ替え遊びの趣味は無いと思いながらも。
アツキが楽しそうに仮装を選び着替える様を見るのは、悪いものではないなと口元が綻ぶ。

「……決めただ! こンな感ズでどうだべな?」
「良いんじゃねぇか。…ホラよ鏡」

何通りかの組み合わせの後、使うパーツを決め。
納得のいく仮装が完成したアツキは、ヒノケンに向かって大きく両手を広げて全身を見せ。
見せられたヒノケンは、その仕上がりに僅かに目を細め笑むと、アツキ自身にもキチンと仮装した自分の姿を見せてやろうと手鏡を持ってきて映し出す。

「おお、オラよっく似合ってるンでねか」
「自分で言うかよ。…確かに合っているけどな」

鏡に映るアツキは黒猫の耳のカチューシャを被り、小さなシルクハットの飾りが施されたピンを差し、吸血鬼のマントを羽織って手にはカボチャのミニチュア。
要素はバラバラだけれどハロウィンという共通。
その中で選んだ組み合わせとして、よく纏められているし何よりアツキに馴染んでいる。

「へへー…そンでオッサン」
「何だ?」
「こげな格好スて…オラどスたら良いだ? あの、とりーおあとりー! …って言うンだか?」

鏡を見ながら吸血鬼のマントをヒラヒラさせ、御満悦といった仕草をしていたアツキは。
しかしハロウィンとは、これで終わりなのか?と。
ヒノケンに向かい疑問を投げ掛け問う。

「…結局、正しく聞き取れてねぇのか」
「あの後すぐテレビのハロウィンの話題は終わッツまったから、正スぃのは知らねぇだ」
「トリック・オア・トリートってんだよ」
「…と…とりっく、おあ…とりーと…? だべか?」

漸く分かった、正しい今日の為の言葉。
発音はともかく、アツキはヒノケンに続き唱え。
けれども意味は───

「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、ってな」
「…お菓子…? イタズラ…??」
「イタズラされちゃ堪らねぇ。…そらよ」
「えっ。…わ、美味そなケーキだなや…!」

察したヒノケンから意味を教えられたが、お菓子とイタズラの関連性にアツキは沢山のハテナ??を浮かべて固まってしまうが、構わずヒノケンは話を続けて。
コトリと、テーブル上に隠し用意していたケーキを置けば、アツキの時間は再び動き出す。
煌めく瞳はハロウィンデコのケーキに夢中。

「どうにか1個だけ残っていたぜ」
「これも探スてくれただか…?」
「そりゃ、仮装してる奴にさっきの言葉を唱えられたらお菓子かイタズラか選ばなきゃならねぇからな。…ざっくりだが、ハロウィンてのはそういう事をする日だ」
「…そうなンかぁ…」

本当にざっくりとした説明だけれども。
初めてのハロウィンは色々と急だったから。
アツキがケーキを食べる間、もう少し詳しく話してやろうか。そんな事をヒノケンが考えていると、アツキの弾んだ声がリビングに響く。

「オッサン! 半分こにスるべケーキ!」
「は? いや、コイツはお前に…」
「オラが突然ハロウィンやりてって言い出スたのに、オッサン頑張って用意スてくれただ。それに…さっきオッサンも、とりっくおあとりーとって言ったべ?」
「俺は仮装してねぇぞ」
「まーまー、細かい事は置いとくだ。今年は練習! …オラは来年だって此処サ居てやっから。今年は一緒にこのケーキ食べてハロウィンって事にスるべ!」

ハッキリ、何よりも"未来"を約束するアツキに。
ヒノケンのココロに灯る穏やかな炎。
こんな温い炎なのに、やけに───染みる、焔。

「…全部食べたかったとか、後で言うなよ」
「…い…言わ…言わねぇだ! たっ…多分…」
「……へっ」

アツキの方が、ちょっぴり多い半分こ。
カボチャ入りのケーキでハッピーハロウィン!

■END■

2022.11.06 了
clap!

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