【Rockman.EXE@】
薔薇の色を貴方に重ねて【RE】
貴方へのサプライズ。
自分達を創ってくれた、大切な───貴方への。

『そういやヨォ、兄貴』
『何だ? ヒート』

本日の夕飯を終えたヒノケンの家のキッチン。
主人であるヒノケンは先に自室へ戻り、明日の授業の準備や自身の研究の続きに取り掛かる為、後片付けを行うのは擬人化プログラムを実行したナビの三兄弟。
それが今の火野家にとっての当たり前で、何時も通り綺麗に水洗いと湯通しされたお皿をファイアマンから受け取りながら、ふと。ヒートマンはデータの片隅の記憶を思い出して。
お皿を拭きながら話し出す。

『頼まれたモンを買いに昼間、デパートへ行ったんだけどよ。そろそろ、父の日だよな』
『ヴォッ、ヴォオオ…』

ほい、と。
ヒートマンは隣に控えるフレイムマンに、拭き終わったお皿を渡しながら見るカレンダー。

『…で? それが何だってんだ?』
『いやまぁ、ホラ、何かしようぜ。オヤジに』

ファイアマンの方へ向き直り、次の食器を受け取るヒートマン。二人にの間で後片付けを円滑に進めている役割に落ち着いているのは、真ん中の次男らしい。
ピカピカのお皿を渡されたフレイムマンは少し危なっかしいけれど、キチンと元の場所を記憶するという学習も兼ねられていて、一生懸命に戻し運ぶ姿。
これが火野家の後片付けスタイルなのだろう。

『何か、ってお前…まず、ヒノケン様と呼べ』

「オヤジ」と勝手に呼び出したのはヒートマン。
ヒノケンは、それを放任して何も言わないだけで。
人間と、ナビで、明確な血縁なんて有る筈が無く。

『イイじゃねぇか、日頃の感謝のついでだと思えばよ。そんな難しく考えなくて良いだろ』

ファイアマンがどう捉えているのか、ヒートマンは何時も身近に居るから理解をしている。
それに性格上、すぐに応じるとも思えず。
面倒な事を言い出す前に、畳み掛ける作戦を取った。

『フレイムは俺に賛成してくれるよな?』
『ヴォッ! ヴォオオヴッ!』
『おい、皿を振り回すんじゃねぇよフレイム!』

何を言われているのか、分かっているのかいないのか。言葉による疎通では分からないが。
加勢をしてもらうべくフレイムマンに話を振ると、嬉々としてヒートマンに同調の意を示すのは良いが、思いきりお皿をブンブン振ってしまい、ファイアマンから怒られてしまう。

『…ヴォヴ…』
『まあまあ兄貴、フレイムは悪気がある訳じゃねぇんだからよ。…それよりオヤジな、誕生日だって三十路を迎えてそろそろ目出度いモンでもないだろうしよ』
『……だったら、父の日の方が重くねぇか』
『あ〜〜〜…うーん、そうかもしれねぇけど…ま、とにかく一回やってみようぜ! サプライズプレゼントってヤツをよ。気楽にやってみりゃイイんだって』
『…まったく、お前は…』

身近に居るのはファイアマンからしても一緒。
ヒートマンが何を考えているのか、見当は付く。

『…前日、空いているのか?』
『丁度良い事に、オヤジは臨時で学園に用事が有るが…俺の必要は無くて、空いているぜ』
『だから、か?』
『まあ、確かにソレも理由かもしれねぇな』

ヒートマンは軽く笑って、次のお皿。

『で? どうなんだ、兄貴』
『何がだ』
『日取りを聞く、って事は賛成なんだろ?』
『…フン…』
『ったく、ちゃんと返事しろよ。なぁフレイム』
『ヴォオオオッ!』

そういう性分なのだとは兄の事を理解していても。
やはり、こうも素っ気ない態度の返事をされてはヒートマンもフレイムマンも少しご立腹。

『いいだろうが別に! ……土曜日、だな』
『やれやれ、素直じゃねぇんだからよ』
『うるせぇな…』

───毎度、勝手なヒートのヤツには呆れる。
擬似的なモノで、本当ではなくて。
それはヒノケン様に限った事だけではなく、俺とヒートとフレイムの関係だって、そうで。

…だけどよ。

そんな勝手に言い出した繋がりでも。
今の自分達には、とても大切で必要な繋がりだと。
俺は、思えるようになっていた。

───…

『…ところで、聞いてもイイか? 兄貴』
『は? 何だってんだ、ヒート』
『ヴォッ?』

土曜日を迎え。
ナビ三兄弟は才葉シティ内でも規模が大きく、品揃えの豊富なデパートへ到着したところ。
中へ入れば、目当ての父の日コーナーも目に付くが。

『…何をプレゼントすんのが、良いんだ?』
『お前…言い出しておいて何も決めてねぇのかよ!』
『ヴォヴヴッ!?』
『ンな事を言われてもヨォ…』

頭をポリポリと掻いているヒートマン。
かなり、行きあたりばったりの企画な事が露呈。

『…ったく…そんな事じゃねぇかと思ったぜ。父の日ってのが、どんな事をすりゃ良いのか俺が事前に検索を掛けておいて正解だったな』
『おお、流石は兄貴! オヤジ絡みだと行動が早い!』
『ヴォヴ、ヴォヴ!』
『……微妙に俺を馬鹿にしていないか、お前ら』
『いやいや、そんな事は無ぇよ』
『ヴォオオッ、ヴォン!』

その返しは、どちらなのかフレイムマン。
肯定しているのか、ヒートマンに同意しているのか。
生憎、判断は出来ない疎通の壁。

『…まあいい、店に行くぞ』
『何の店に行くんだ?』
『……花屋、だな』
『ハァ?』

そう言って一人、先行して歩き始めたファイアマン。
ヒートマンとフレイムマンは後を追い掛けながら、二人は首を傾げて顔を見合わせ歩く。

『花だってよ、フレイム』
『ヴォ…?』

二人には花を贈る感覚がピンと来ない。
思うに、ファイアマンも同じだと思うのだけれど。

『いいから、付いて来い』
『オ、オウ兄貴』
『ヴォヴ…』

そうして着いたデパートの角に設けられた花屋。
一階の少し奥まった、全面的にガラス張りが施されて外光がさんさんと取り入れられ、通気的な配慮からデパートの出入り口の一端も担っていて。
色とりどりの花々は恐らくグリーンタウンから入荷されており、どの花も瑞々しさに満ちて華やかな彩りを店内に溢れさせていた。

『花屋をマトモに見るのは初めてだな、フレイム!』
『ヴォオオオッ! ヴォッ!』

電脳世界で出会う植物類といえば、自分達にしてみれば木属性のウイルスや道の妨げになっている電脳木だとかで、格好の燃やす対象ばかり。
そうした意識から、擬人化プログラムで現実世界に出ても現実の花々を注目して見るという機会は今まで無く、改めて観賞する花々は珍しくてヒートマンとフレイムマンは興奮気味。
ハッキリと態度には出していないが、ファイアマンも目線はキョロキョロと見回している。

『…それで、何の花を買うんだ?』
『何でも好きな花を贈れとは書いてあったが…贈るならバラが一般的らしいな。こっちだ』
『へーえ、バラかぁ』

話しながらファイアマンは店内の一角に目を止め、花々の合間を抜けて目的の花へ向かう。
ファイアマンの一存に任せたヒートマンとフレイムマンの二人は、素直に追い掛けると。

『おお〜…』
『ヴォヴォオ…』

各品種、各色のバラが揃えられたスペース。
豪奢なバラの数々に、二人は思わず感嘆を漏らす。

『バラにも色々あるモンなんだな!』
『じゃあ、好きなのを選べ』
『贈る色とか決まってるんじゃねぇのか?』
『その辺りも説が色々で面倒だから、俺達それぞれから色違い三色で良いんじゃねぇか』
『はー、なるほどなぁ』
『ヴォオオオ…ッ…』

一人、一色。どれにしようか。
兄弟揃って真剣にバラを選び始めた。

─…

『んん〜、やっぱ、俺はコレだな!』

各自、主に贈るバラを選び始めて十数分。
数々のバラの前で長考していたヒートマンが決断し、指を差したのは鮮やかな黄色のバラ。

『俺のイメージカラーって感じだしよ!』
『…父の日のシンボルカラーでもあるらしいな』
『へ? どういう事だ、ソレ』

何時の間にかヒートマンの背後にファイアマンが。
ヒートマンが選んだ黄色のバラを静かに見詰め、ポソリと父の日に因む色の謂れを溢す。

『さっき贈るバラの色に関しては説が色々だと言ったが、ニホンの父の日の場合は黄色のバラってのが主流なんだとよ。…ポスターなんかもそうだろ』
『…ああ、ああ。言われりゃ確かにそうかもな』

ファイアマンの話を聞いてから改めて見る売り場。
そう知って見てみると、他の色よりも黄色の品数が多いように見えてヒートマンは納得顔。

───それにしても、兄貴。
何だかんだと言ってはいるが、事前にそんだけ調べている辺り、一番乗り気でいるよな…
とか言うと『お前らが調べねぇからだろが!』って返ってくるのは火を見るよりも明らか。
ま、何時ものこった。黙っておくか。

『フレイムは決めたのか?』
『どれが良いのか、教えてくれよ』
『ヴォオオッ!』

兄達に呼ばれて、少し離れた位置に居たフレイムマンは良い返事。どうやら決めた模様。
二人の方が近付くと、フレイムマンは勢い良く自分が選んだバラを指し示して伝えてくる。

『うおっ、すっげぇ真っ赤なバラだな!』
『ヴォヴッ!』
『(…だけどなぁ…ちょいと心配だな)』

正に真紅と呼ぶに相応しい、赤。
花弁の色彩と質感はベルベットを思わせる気品。
贈る花として父の日に囚われず相応しいバラだとヒートマンも素直に感じたが、そのバラの色が「赤」である事に、少なからずこの先の展開へ不安を思う。

『…それに決めたんだな?』
『ヴォオッ!』
『そうか、分かった。フレイムはそのバラな』

───アレ? …意外だな。
赤は兄貴のトレードカラーで。
オヤジが大好きな、燃えるような真っ赤。
俺はてっきり『違うのにしやがれ!』とか言い出して、揉めるんじゃねえかと思ったが。
フレイムに譲るとか、随分と素直じゃねぇか?

『…えっと、よ。なぁ兄貴』
『ん? 何だヒート』
『兄貴は、どのバラにするか決めてんのか?』
『……ああ、最初から決めている』

ただ、そう告げて。
ファイアマンは店員を呼びに弟達から離れていった。

───…

翌日は父の日の当日。

『……と、いう訳ですヒノケン様』
『何時もありがとよ! オヤジ!』
『ヴォオオオッ!』
「へっ…そういや、父の日なんつう日があったな…」

平日、才葉学園で教師やリンクナビの先生として勤める傍ら自身の炎研究もこなすヒノケンは、ゆっくりと休める休日の起床は遅めで本日もその通り。
ようやく起きてきて、普段通りリビングへ向かうと。
そこには何故か、揃って明らかにソワソワと緊張した様子を窺わせる自分のナビ達が、既に擬人化プログラムを実行して待ち受けていたものだから。
何事かと聞こうとした矢先。
ファイアマンから件のラッピングが施されたバラの花束を差し出され、今日がどういった日で何故ヒノケンにバラを贈ろうと決めたのかを告げられたのである。

「へっへっ…何か照れんな、こういうのは」
『ソイツはお互い様だぜ、オヤジ』

渡した花束をヒノケンが悪く思ってはいないと感じ取り、ヒートマンは安堵を含めた笑顔。
一色十本。
合計三十本で構成された豪華なバラの花束を渡されたヒノケンは勿論、ナビの三兄弟にとっても、こうして改まって感謝を示すというのは照れくさく。
お互いに少し、不思議なぎこちなさ。

「黄色を選んだのはヒートマンだな?」
『おっ、流石オヤジ。分かったか、当たりだぜ!』

渡された花束を改めて見たヒノケンは。
三人が一色ずつ選んだのだろうと見抜いた。
ヒートマンが黄色、ならば。

「コイツはファイアマンだよな」
『……いえ、ヒノケン様』

ヒノケンが指差したのは、真っ赤なバラ。

『それを選んだのは、フレイムです』
『ヴォヴッ! …ヴォオオ…』
「何? …そうなのか?」

───フレイムが拗ねちまったな。
とはいえ、オヤジを責めるのも違うって話だ。
やっぱり赤いバラを選んだのは兄貴だって思うのが自然って事だ。でも兄貴が選んだのは…

「悪い悪いフレイムマン、機嫌を直せよ」
『ヴォ…ヴォヴ…』

絶対的な主の手前、不機嫌とまでは露わにしないが当ててくれなかった事に、拗ねや寂しさを滲ませた表情のフレイムマンの頭を撫でるヒノケン。
ぐりぐりと、気持ち強め。

「…って事は、だ」

───そう、何で。

「白のバラが…ファイアマンか?」

───何で、なんだろうなぁ。

『……はい。ヒノケン様』

赤を、より際立たせて。
黄を、一層に引き立たせて。
純白は、そこに在る。

「何だってまた、お前が選んだのが白なんだ?」

───俺がその理由を聞いたところで、兄貴はマトモな返事をしないだろうがオヤジは別。
だから正直、俺はこの状況になるのを待っていた。
どんな理由が兄貴にあるのか、興味津々…つうか。
オヤジ、そろそろフレイムを離してやれって。

「ん? どうしてだ?」
『…ヴォッ…ヴォオッ…』

ヒノケンは未だにフレイムマンの頭をぐりぐりと撫でながら、送る目線はファイアマン。
フレイムマンの機嫌はヒノケンに撫でてもらえて、とっくに直っているのだが。今度はぐりぐりを止めてもらえなくて、どうしたら良いのか困っている。
そんな事になっているのは、ファイアマンがすぐに白いバラの理由を話さないからな訳で。

『…ええ、と…その…』

ファイアマンも何故か困っている、以上に。
大いに照れてしまってもいる様子が見え。
意を決したのか、紡いだ答え。

『……"心からの尊敬"、なのだ…そう、です……』

花に込めて、色に込めて。
伝える言葉、無言の言葉。

花言葉。

「…そうか…へっ、ありがとよファイアマン」

説明と言うには不十分なその台詞。
けれど、その場の全員が得心した。

『…やれやれだぜ』

───まったく、この面倒な兄貴はよ。
やっぱり、誰よりも一番乗り気だったんじゃねぇか。
な! フレイム。

───ヴォオオオッ、ヴォヴッ!



……

───白のバラには…他にも意味があるんです。
俺の酷い自惚れですが、ヒノケン様。

「私は貴方に相応しい」

俺は、弟達が出来ても変わらず。
これからも、ずっと。

貴方の為の…貴方の為、だけの。
存在で居たいと想っているんですから。

俺を創造してくれた貴方へ。
染まらぬ純白の感謝を。

■END■

2006.05.20〜2006.06.18 父の日&2万打感謝
2023.08・旧作から全面リメイク
clap!

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