【Rockman.EXE@】
額の上なら友情のキス【RE】
夕焼け小焼けで日が暮れて、そんなフレーズを思わず口ずさみたくなるような帰り道。
才葉シティのセントラルタウン内を流れる川に沿った道を歩くアツキの正面には、これから徐々に徐々に沈み往く真っ赤な太陽が燃えている。

「…こげな景色ば見てると、地元を思い出すだなや」

キラキラと。
夕陽の反射を受けて光る川を眺めながら、その柔らかな情景にアツキは少しノスタルジア。

『どうしたアツキ、ホームシックか?』
「何を言うだバーナーマン、そげな訳ではねぇだ」

川辺を歩く帰り道は、アツキの地元でもあった。
けれど今のアツキはヒノケンの要請で才葉シティに居を移し、学園寮へと向かう帰り道で。
ヒノケンの電脳世界における炎研究の助手という立場、次世代ネットワークに通ずる研究ならば大いに奨励するシティ側からの待遇も良く、そんな環境に対する不満は無いけれど。
バーナーマンに返した表情は、しかし。
やはりどこか、郷愁を帯びた夕焼けの色。
無理をしているとまではいかないが、新しい生活に完全に順応したとは言い切れない様子。

『…オッサンの家に寄ってくか? アツキ』
「…オラも、そう思ってたところだべ!」

にぱっ、と。
らしくない自分自身を払拭する様な、何時も通り以上の笑顔をPETのバーナーマンに向け。
ヒノケンの家へ寄り道する提案をアツキは快諾。
アツキ曰くオッサンとの騒がしいやり取りは、郷愁に耽る暇なんて無くなるだろうから。

「スっかス、この時間だと…オッサンはまだ帰ッてねぇべな。合鍵はあるけン…あンれ?」
『? 何かあったのかアツキ…って、ゲッ!?』

PETから顔を上げて、何という事は無く自然に河原の方へ目線を送りながらバーナーマンとの会話を続けていたアツキだったのだが。
不意に、夕焼けオレンジ色の世界の中。
同化するように、けれども一際に強い色を放って存在を示すオレンジ色の炎に気が付いた。

「おーい! フレイムマンでねかー!」
『…ヴォ…? ヴォヴ、ヴォヴッ!』

川面ギリギリのところという、少々危なっかしい場所に屈み込んでいたオレンジ色をした炎の塊の正体は、擬人化プログラムを実行中のフレイムマン。
何か、フレイムマンには不思議なモノを見付けて。
そして「?」を浮かべ、じっと見詰めていたのだろう。
そこに飛び込んできた自分を呼ぶ声に反応すると、すぐさま立ち上がって辺りを見回して。
アツキの姿を捉えると、浮かぶ明るい笑顔。

「一人で遊ンでいただか?」
『ヴォッ! ヴォオオオッ!』

丁度、河原へ降りる事の出来る階段がすぐ近くにあり、アツキが一段一段ゆるりと踏み締め始めると、フレイムマンも応じるようにしてアツキへと駆け寄り。
擬人化プログラムが決定したフレイムマンが持つ色はオレンジ。髪も瞳も、まるで夕陽。
夕陽が走り迫る様。

『ヴォヴォッ! ヴォオオ!』
「おッと、フレイムマンは今日も元気だなや!」

階段を降りきったと同時にアツキはフレイムマンに一度、抱き付かれ。すぐに離れてにこにこしている姿に、アツキもつられて顔が綻ぶ。
初対面の時点でフレイムマンが気に入ったアツキと。
アツキの事を、主であるヒノケンとまではいかずとも兄達と同等の認識をするようになったフレイムマン。そこには友情という関係が芽生えていた。

『……ヴォヴ…?』
「ン、何を探スてるだ? フレイムマン」

にこにこしていたフレイムマンが、急に。
アツキの周りをキョロキョロと見回し始めて不思議に思うけれども。言語での疎通が不可能な為、フレイムマンに問い掛けたところで結局は推測するしかない。
その挙動は、何かを探しているのだろうか。

「…もスかスて、バーナーマンを探スてるだか?」
『ヴォ! ヴォヴッ、ヴォオオ!』

どうやらアツキの回答は正解。
こくこくと頷き、『どこにいるの?』と言いたげな顔をしてフレイムマンはアツキを見る。

「バーナーマンならオラのPETサ居るだ! …ンだ、擬人化プログラムを実行スてやっか?」
『ヴォオオオッ! ヴォン!』
『よ、よせアツキ! コイツまた噛むつもりだろ!』

アツキとフレイムマンは、すっかり打ち解けたものだが。バーナーマンはというと、初対面時に乗り掛かりマウントからの噛み付かれが相当に効いた模様。
すっかり、警戒の対象になってしまっている。

「なーに大丈夫だべ、まさかPETなら…どわぁッ!」
『ヴォッ! ヴォッ!』
『ぎゃぁあ! ほら見ろアツキ! 俺もPETも食い物じゃねぇぞ! 何を考えてんだお前は!』
「ス、ストップ! 止めるだフレイムマン!」

PETをフレイムマンに向け、初対面時のわだかまりを無くそうとアツキは思ったのだが、対面すると同時にフレイムマンはPETをあぎあぎ噛み出そうとして。
慌ててアツキはフレイムマンからPETを遠ざけ、スリーパーホールド的に取り押さえた。

「……こんな所で何を騒いでんだ、お前ら」
「うわ!? …ッて、なンね。誰かと思えばオッサン」
『ヴォオオオオッ! ヴォ!』

何時の間にかアツキ達の背後に立っていた影から声を掛けられ、驚きながらアツキがそちらに顔を向けると、同じく帰宅途中で二人の様子に呆れ顔のヒノケン。
確かに他者から見れば「何をやっているのか」と言いたくなるかもしれないが、フレイムマンは全く気にせずアツキに取り押さえられたまま、自分の主人の帰りに上げる喜びの声。

「騒いでたッちゅうか、フレイムマンを見掛けたから相手スて遊ンでただけだべ。な?」
『ヴォンッ! ヴォッ!』

そう言ってアツキがフレイムマンに同意を求めると、相変わらずホールドされたままヒノケンに向けて腕をぱたぱたと振り、とても嬉しそう。
どうやら、異論は無いらしい。

「ほー…ふ〜〜〜ん…」

そんな二人を交互に見ていたヒノケンは。
不意に、河原に敷き詰められた小石を踏み込む独特な音を響かせて二人により近付く。と。

……びしっ!

『ヴォヴッ?!』

少し屈んで目線をフレイムマンに合わせ。
屈託なくにこにこしながら、主人と目が合って少し不思議そうにしているフレイムマンの額に、そこまで痛みは伴わないがやたらと音の大きなデコピンをヒット。
突然の事に、フレイムマンは勿論アツキも驚く。

「な、何をスてるだオッサン!」
「……別に」

ホールドを解いて、アツキはフレイムマンを庇うようにヒノケンの前へ出て抗議をするも。
ヒノケンが悪いと感じている気配は無く、ただ佇む。

「可哀想でねか! …よスよス、酷いオッサンだなや」
『……ヴォ……』

態度を見てヒノケンに喰って掛かっても仕方がないと判断したのか、アツキは後ろのフレイムマンに振り返り、デコピンされた額や頭を撫でて慰めれば。
アツキに頭を撫でてもらえて、それ自体は嬉しい事なのだとフレイムマンでも理解をした。
しかしながら、絶対的な主人として認識している「ヒノケンさま」の機嫌があからさまに悪いのが自分に関係しているとも分かってしまい、素直に喜ぶ事が出来ず。
どうしたら良いのか、アツキとヒノケンの板挟み。

「まだ、おデコが痛むだか?」

弱々しいフレイムマンの返事具合に、アツキはデコピンの痛みが続いていると思った様で。
言語による疎通が出来ない為に起きた理解の不一致。

「ンッとに、可哀想になぁ」

そんな不一致には気付かぬまま自分の解釈で進め。
アツキは、もっとフレイムマンを慰めてやろうと。

「ホレ、痛いの飛んでけー! だべ!」

そう言って、フレイムマンの額に再び近付いたのは。
手、ではなくて。

……ちゅっ!

口唇が生み出す愛らしく小さな音。
オレンジ色の世界に響き、溶けるように掻き消えて。

「…こンでもう、痛くねぇべ!」
『…ヴォ…ヴォッ、ヴォヴ…』

アツキが夕陽に敗けない眩しい笑顔を向けると、フレイムマンも返事そのものは先程と同じく、少し困ったような小さな小さな声だったけれども。
柔らかな夕陽に照らされた顔には、ちょっとはにかんだオレンジ色の笑顔が浮かんでいた。
それは多分、今の行為が。
「たくさん、うれしい」事だとデータが記憶したから。

「……おら! とっとと帰るぞ、お前ら!」

アツキとヒノケンの間に割って入り、そういえば完全に仲間外れ状態になっていたヒノケンが、二人の肩を掴んで自分の存在を思い出させるべく抱き寄せる。
変わらぬ不機嫌さには、拗ねた感情も見え隠れ。

「ぎゃあ! さッきからなンね、オッサン!」
「うるせえ! お前も同罪だ、コノヤロウ!」

ぐりぐりぐりぐり。

「あででででで! こめかみばぐりぐりスるでねぇだ! ちゅうか同罪って何の話だべな!」
『ヴォオオ…』

ヒノケンによって強制的に帰り道を再開させられながら、アツキはぐりぐりされていて。
同じく引き摺られ気味に歩くフレイムマンは、ヒノケンに遠慮しながらもアツキに対して心配そうな目線を送り、上げる控えめな唸り声。

「…なスてこのオッサン、機嫌が悪いンかなぁ…?」
『ヴォヴッ…ヴォオオッ…?』

そんなフレイムマンの目線に気付いたアツキも顔を向け、見合わせる二人に浮かぶ不思議。
ずかずか歩く真ん中のヒノケンは、やっぱり不機嫌。そうに見えて、内心は変わっていた。
自分でも、「どうしようもない」感情へ向けた表情。

一連の行動が何故なのか、などと聞かれても。
「妬いたから」、だとか口が裂けても言えないから。

「アツキと仲が良いフレイムマン」も。
「フレイムマンと仲が良いアツキ」も。
二人は…否。
ファイアマンやヒートマン達も含めて、全部。自分だけのモノだとヒノケンは信じている。
…だからこそ、手に入らない。


───二人の「友情」に妬けてしまったのだ。


「……へっ。我ながら、みっともねぇな」
「オッサン、自分のスてる事が分かってるでねぇか」
「って、聞いてるんじゃねぇよ!」

ギリギリギリギリ。

「あだだだだだ! 訳分かンねキレ方スるでねぇだ! 大体、本当の事でねぇかオッサン!」
「うるせぇ小僧ーっ!」
『ヴォオオオオオ〜ッ?!』

夕焼け小焼けで日が暮れて。
さっきよりも少しだけ伸びたのは、三つの影。


───Freundschaft auf die offne Stirn,

(額の上なら友情のキス)

■END■

2007.04.01 了
2023.08・旧作から全面リメイク

◆再燃前ラストに書いたエグゼのお話でした
ここから約13年後に再燃してモリモリお話書きを再開するとか、分からないモノですね◎
clap!

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