【Rockman.EXE@】
ちいさな夏祭りのやくそく
夏の夜の夢、一夜の幻想。
朝になれば何も無かったかの様な静寂を取り戻す。
橙の灯りが立ち並び、賑々しい人々の流れ。
それは今年の花火大会が終わり、帰り際の人の波。
夏祭りを最後まで楽しもうとする大人子供の楽しげな声が、まだまだ祭り会場に響く中で。
ひっそりと、ちいさき生き物が絶望していた。
「(……お…オッサンと…はぐれッツまっ…た……)」
ある夜店の裏手の茂みに隠れ、青い顔のアツキ。
つい先程まではヒノケンの胸のポケットに収まっていて、楽しく屋台や花火を一緒に見て。
楽しく───楽しかった、とても。
─…
「オッサン、オラかき氷が食べてぇだ!」
「かき氷ねぇ、イチゴでイイか?」
「いーや!こげな時はブルーハワイに決まってるだ!」
「何がどう決まってやがるんだ、大体お前じゃ全部は食べ切れねぇんだから殆どは俺が食う事になるじゃねぇか。買ってやるんだし俺に決めさせろ」
「ふーン、イチゴだったらオラ食べねっからな」
「この小僧はよ…ったく、仕方がねぇな」
ヒノケンを押し切りブルーハワイのかき氷を勝ち取ったアツキの笑顔が、灯りに照らされ。
そろそろ今夜の花火が打ち上がり始める時刻。
人の波は花火大会の会場へと向かっているが、ヒノケンとポケットのアツキは流れからこっそりと外れて人気の無い穴場のベンチへと向かい。
腰掛けたヒノケンはアツキを取り出すと、自分の太ももの上にちょこんと乗せてやり、ブルーハワイのかき氷をストローを切ったスプーンでシャクシャク。
「ほらよ、これで食えるか?」
「ンン…しゃっこ!でもやっぱりコレだなや!」
食べさせて貰えたアツキは満足気。
ヒノケンも一口食べて、またアツキに一口。
そうして交互にかき氷を食べていると。
「オッサン、オッサン」
「あん?何だ?チビ小僧」
「ホレ、見るだ」
べーっ。
「…へっ。それがやりたかったのかよ」
アツキから呼ばれて何事かと思えば、ちいちゃな舌を「んべっ」と出してブルーハワイの青色に染まっているのを、わざわざヒノケンに見せ付け。
どうやら頑なにブルーハワイを指名した理由。
何が楽しいのか、というよりも自ら進んで舌を青く染めて見せてこようとするアツキの感性に、ヒノケンは意味不明で呆れた感情も抱くけれど。
何故だか、それ以上にちいさき生き物が愛しくなる。
「オッサンも青くなっとるンでねぇの、舌」
「……そういう事になるな、そら」
んべーっ。
「ぶわっははは!キレーな青になっとるだ!」
「そんな笑うんじゃねぇよ!…何が面白いんだか」
等と言ってみるが、笑うアツキを見るのは悪くない。
ヒノケンの顔にも自然と笑顔が浮かび───
ヒュルルル……ドドン!ドンッ!…パパパ…ッ…
「おっ、花火が始まったな」
「……そっ…そうだなや」
「?…どうした?何かあったか小僧」
「い、いやいや何でもねぇだ!ほれ、花火見ンべ!」
空に打ち上がり始めた夏の夜の大輪の華。
待ち望んだ時間が訪れ、アツキもさぞ喜ぶだろうとヒノケンは思ったのだが、太ももに乗って見上げているアツキからは…何だか予想外の反応。
何か不都合な事でも起きているのかと思ったが、はぐらかされてしまったし花火自体は食い入る様に夜空を見つめ始めた事から、気に入らなかった訳でもなく。
仕方なし、ヒノケンも花火を見上げながら。
時折、チラとアツキの様子を窺い見た…ところ。
…ドンッ!ドドン!…ドォン!
「…くっ…お、おお…この…」
「(…もしかして。ちいせぇから花火が打ち上がる音に気圧されて、よろけてんのか小僧)」
数度の観察でヒノケンは気付く、花火の爆発音の度にアツキは身体を後方によろけ反らしていて、どうにか堪えようとする呻きが漏れ聞こえている事に。
最初に打ち上げられた時から、この状態だったのだろう。それでも懸命に花火を見ようと。
……そろ…きゅむっ
「!…オッサン……ふ、ふンっ…」
アツキが花火を見上げる姿勢は阻害せず。
ヒノケンは太ももの上のアツキの背中に黙って手を添えてやり、そっとよろけぬよう支え。
バレてしまったと理解したアツキは、支えてもらわなくても平気だと言い出しかけたが。
どれだけ大きな音が鳴っても、よろける事は無く。
背中を預けられる安心感。
だけど、やっぱりアツキは素直じゃないから。
「何だ?チビ小僧」
「……好きにスたらエエだ」
「へっ!そうだな、勝手にするぜ」
あくまで、ヒノケンがそうしたいなら好きにさせる。
なんて。
嬉しいのに誤魔化すけれど、ヒノケンもとっくに解っているから。支えて支えられながら、最後の華が打ち上がるまで静かに二人で花火を見上げ続けて。
やがて迎える夏の花の終わり、空に舞う火の粉儚く。
ヒノケンもアツキも、今年の夏が終わっていく事を感じて暫し花火の余韻に浸っていたが。
「…花火客を見込んだ夏祭りの夜店だの屋台だとかは、まだもう少しやっている筈だな。帰る前に、もう一度ひと通り見て回るか?」
「…そだなオッサン!そンじゃ行くべ!」
感傷の中に居るのは、お互いらしくない。
賑やかな人の歓声と夜店の灯りが恋しくもあり。
ベンチから離れて夏祭りの会場へ。
───それが、今のアツキの事態を招いてしまった。
─…
花火大会が終わり、帰り際にもう一度夏祭りを。
そう考えた人々はヒノケン達の予想より多く。
混雑する人通りの中に飛び込む形になってしまい、とうとう流れが止まり立ち往生状態。
暇になったアツキは胸ポケットから顔を出し、周囲の夜店や屋台を見たところで。とてもとても興味を惹かれる夜店が近くに在る事に気付く。
それはスーパーボールすくい。
水に浮かび夜店の照明でキラキラ煌めく沢山のボールの群れに、とても惹き付けられて。
けれど、ただのボールだと思ったのだが。
ポン、ポーン…!
「こらっ、こんな所で跳ねさせたら失くしちゃうわよ。人に当たっても迷惑でしょ、家に帰るまでスーパーボールで遊ぶのは駄目よ!」
「はぁーい」
「(…へぇえ。あンなに跳ねるボールなンか…)」
夜店のすぐ側で、スーパーボールをすくった子供がすぐボールを軽く地面に向かって落とし、遊び始めたのを見掛ける事が出来たアツキ。
そう強い力で落とした訳ではなさそうだったのに、ポーンと軽やかに跳ねる様はアツキの想像以上。もっと興味が湧いてきてしまい。
親子が去るのを見届け、そして流れは止まったまま。
「(……ちっとだけ…すぐ戻れば大丈夫だべ)」
そんな甘い見通しでアツキはヒノケンの服のポケットから、こっそりと脱走してしまい。スルスルと地面に降り立つと、器用に人の間をぬってスーパーボールの夜店に近付いた…が。
ちいさき生き物であるアツキでは、近付いてしまうと下からスーパーボールを浮かべ流している水槽を見上げるだけでボールは全く見えないと漸く理解し。
呆然としたところに更なる追い打ち。
ザワザワ…ザッ、ザッ…
「(…えっ。な、ええっ!ちょ、ちょっと待ッ…!)」
はっ、と振り返ると人の流れが進み始めており。
ヒノケンの姿を、見失ってしまったのだ。
─…
「(…一言、オッサンにアレが見てって言えば…)」
スーパーボールの夜店裏手の茂みに身を隠し、とにかくじっとする他に無いアツキの状況。
後悔の念が渦巻くが、どうしようもなく。
ただただ人の流れる様子を見続けていると、帰る人々の混雑は次第に緩和してきた気がする。もしかしたら、ヒノケンがアツキが居ない事に気付き。
人が減った、この通りを探しに戻るかもしれないが。
その時に、どうやって呼び止めれば良いのだろう。
混雑が無くなった事で今度は逆に飛び出せないし、ちいさな自分の声なんて…届く筈が。
「……オッサン…オラ、此処…サ…居る…」
それでも、絞る様に声が出た。
人が減ったとはいえ祭りの賑々しさの中へ、案の定すぐに掻き消えてしまったけれども。
出来る求めはそれしか無かったから。
けれど、これはもう───会えないのかな。
……ヒョイ…ぷらん…っ…
「(ンなっ!?ななっ…つ、摘み上げられと、る…!)」
たくさん沢山、悲しくなったアツキは。
見続けていた通りに背中を向けて、頭を項垂れさせて、けれども涙だけはと気丈に堪え。
独りぼっちに戻ってしまう寂しさに抗おうとしていたところで、不意に身体が浮き上がる。
どうやら背中側から人に服を摘み上げられたらしく、誰なのか確認をしたいが下手に動いて自分がちいさき生き物だとバレる訳にはいかない。
人形かマスコットが落ちていただけだと思わせて、解放されるまで動かずにいなければ。
「…つままれ、とかいうキーホルダーみてぇだな」
「(……え……こ、こンの声…)」
「まったく、そのくらい大人しくしていやがれ」
「……オッサ…ン?オッサン、だか…?ホントに…」
恐る恐る、首を後ろに向けるアツキ。
自分をつままれキーホルダーの様に摘み持っているのは…会いたかった、ヒノケンで。アツキを探し回ったのか、夏の夜の気温以上に額へ汗を滲ませていて。
探してくれたんだ、そんなに。
「…オラがここサ居るの…なスて…」
「お前が、此処に居るっつったんじゃねぇか」
「は?…た、確かに言ったけンど…ちっさな声にスかならねかったのに、聞こえたとか…」
摘まれたままヒノケンと向き合う形に反転させられ。
アツキが純粋な疑問を投げ掛けてみると、ヒノケンから返った答えが信じられずに驚く。
ちいさき生き物が絞り出した声など、聞こえた筈が。
「前から思っていたけどよ。俺からお前への声はともかく…お前から俺への声が普通に聞こえて成立してんのは、サイズだとかを考えると不思議だと思うんだよな」
「…そンれは、どういう…」
「まぁ俺も詳しくは分からねぇ、分からねぇが…どうやら、お前の声は"俺には"よく聞こえるってこった。…波長みたいなモンが似て合ってるのかもしれねぇ」
「…オッサンと似とるとか、心外だべ」
「奇遇だな、俺からもそう思うぜ小僧」
何時もの憎まれ口を利いてきたアツキに浮かぶ笑み。
お互いに笑いあって、本当に良かった。
「さて…もう夜店も終いだ、帰るぞ小僧」
すぽっ、と。
無造作に見えるがヒノケンなりの大切さが窺える所作で、アツキの事を胸ポケットに収め。
賑わいはとうに失せて夜店も畳まれ始めた夏祭りの会場を後にすべく、歩みだすヒノケン。
微かな光を放つ街灯がまばらに立つ、静かな夜の帰り道に差し掛かったところで。ポケットの中で揺れるアツキが、前触れ無くポツリと口を開いた。
「…オラ、オッサンの家サ"帰って"良いンだか?」
「へっ…急に現れて無理やり居着いておいて、今更そんな心配してんのかよ。…良いに決まってるから、俺の許可無く勝手に居なくなるんじゃねぇ」
「…そだか、分かっただ。……オッサン」
「何だ?」
何故だかアツキの言葉をキチンと聞いてやろうと。
そんな気分になったヒノケンは、街灯の下で歩みを止めて胸ポケットから顔を出しているアツキに目を向ければ、当たり前の顔をして笑う表情と目が合う。
「来年も、そン次も…その先も。スっかたねぇから、オッサンと一緒に花火を見てやるだ」
「…へっへっ…じゃあ"約束"だ、守れるなら…」
「?」
アツキの宣言にヒノケンは僅かに口角を上げ。
瞬間、目を細め笑んだかと思うとボトムのポケットをまさぐり始め、何かを握り取り出す。
握った拳をアツキの前に見せ、ゆるりと開けば。
現れたのは、まん丸の。
「…あ、ス…スーパーボー…ル…?…なスて…?」
「コイツを追っかけたせいで、あんな所に居たんだろ?小僧が今言った約束をちゃんと守れるってんなら、お前にくれてやらぁ。どうだ?」
「オッサン……オラに二言は無ぇだ」
「へっ!上等だ、家の中だけで遊べよ」
「む…そのっくらい分かっとるべ!」
プンスコするアツキに再び笑みを見せ、家路に就く。
きっと、帰ったらスーパーボールと共に跳ね回るアツキの捕獲に奔走する事になるだろう。
容易く想像が出来てしまうヒノケンだけれど。
遊び疲れて眠るアツキの寝顔は、自分だけの特別。
花火が失せて星々が輝きを取り戻した夏の夜空を見上げながら、胸ポケットのアツキを優しく撫でるヒノケンの表情には。
離れない、互いの"約束"を守る決意が浮かんでいた。
■END■
2022.08.26 了