【Rockman.EXE@】
これからも貴方と一緒だから
◆少し「じゃじゃ馬娘に恋をして」に関連



(―――ん…朝…だべ、か…?)

ベッドの中で毛布に包まり眠っていたアツキ。
自然と目が覚め、埋まり気味に寝ていた毛布から顔を出すと、カーテンの外は朝の気配。
とはいえ、本来の起きる時間にはまだ早い頃合いか。
暖かな毛布の外に出た頬には、暖房のタイマーがまだ作動しておらず冬の空気が染みて。

(オラからスたら、こっちの冬とか寒くねぇけンと)

地元は豪雪地方と呼ばれる地域では無いけれど。
東北生まれのアツキにしてみれば、ウェザーくんによる天候管理の手も加わっている才葉シティの冬は常に暖冬といった程度にしか感じられない。
それでも室内の空気は冬の様相。
もそりと、アツキが再び毛布に包まり直せば体温を反映して、すぐ暖かな心地に抱かれる。

「……ん…」
(!…いけね…起こスっツまっただか…?)

そして反映される体温は、ひとつではなく。
隣には、アツキの方に顔を向けて眠るヒノケン。

「………」
(…起こスて…なさそうだべな、良かっただ)

ほっ、と吐いた息が白く舞う。
室内の空気とベッドの中の二人分の体温とでは、アツキが感じる以上に寒暖差が有る模様。
そろり静かに、アツキもヒノケンに身体を向けて。

(オラは先に寝ツまったけンと、オッサンはあの後も作業スとったス…流石に疲れとるべ)

アツキが聞いたスケジュール通りだと、才葉学園が冬休みに入る迄のヒノケンは相当多忙。
通常の授業は普段通りの事だが、リンクナビの授業は冬休みに入って学園が閉じると休講状態になる為、その前にという予約が詰まってしまっていた。
加えて一年の纏めという形で、リンクナビ研究のレポート作成の期限も目前に迫っており。
更には、高名な科学者や研究者も出席するリンクナビ研究成果発表の場を、自分の炎ナビ研究もアピールする場にしようと目論んだ事で作業量が増え。
ヒノケンの研究助手という立場でもあるアツキは、昨晩もヒノケンの家に泊まる前提で作業を手伝っていたのだが…先にギブアップしてしまったらしい。

「…ん、が…すー…」
(…こンだけ無防備なオッサンは、なかなか無ぇべ)

じいっと、ヒノケンの寝顔を見詰めるアツキ。
ふ、と。
どうして自分は今―――「此処に居るのか」を想う。
ふたりが、ほんとうに、はじまったのは。

つ…スリッ…

(こンの唇に…キスばされたから、だかンな)

こんこんと眠るヒノケンの口唇に指を滑らせる。
自分こそが誰よりも熱い、それを証明する為に地元で開催されたネットバトルトーナメントで優勝し、イーグルトーナメントへの参加権を得て。
遠くデンサンシティまで赴き、シェロ・カスティロのマサカリ城で交わされていた会話を聞くまで、アツキには今の自分の事など想像も出来なかった。
自分と同じ、炎のココロを宿す者。
認める事は決して出来ず、互いに己の方が優れていると譲らず、交わる事が無い筈の存在。

だが―――気紛れが、炎を重ねてしまった。

互いの炎が互いの内に行き来した、その口付けは。
炎への執着の中に男女としての想いを乗せ、互いが他に譲る事の出来ない存在へと変容し。
アツキは今、此処に。

(研究とかオラには合わねって思っとったけンと…)

イーグルトーナメントへ参加する前のアツキには、自分の熱さを証明したい想いは有れども、それを明確にどう未来へと繋げるかは見えていなかった。
けれどヒノケンとの出会いで炎ナビの研究に関わる事が出来、自分がくすぶらせていた想いの証明にひとつ近付く手段として以前よりも未来が見えている。
それにもうひとつ、色濃くなった未来が。

(オッサンに、責任…取ってもらう、って)

「何時」の話になるのかは、今も分からない。
分からないけれど、「火野」の姓になる未来。
ずっと、責任を取れと押し掛けた日から変わらない。

(オッサンの研究をもっと本格的に手伝うンなら、大学に行った方が良いンだべな。そうなると、結婚…て、どうなるンだか全然だけンと…そンでも何時かは責任取ってもらうだ)

アツキの性格にしては悠長。
急いた気持ちで居た時もあった様だが、未来が少しハッキリした事で現実の現状も見る事が出来、今がその時では無いと受け入れられた成長からだ。
とはいえ時には―――そんな「未来」を夢想する事も。

(…当たり前になッツまってるけンと…け、結婚スたら流石に「オッサン」呼びは無ぇべな…)

ヒノケンを「そう」呼ぶ理由が、出会ってすぐと今とでは異なっている事を理解はしている。
今となってはソレは、完全な照れ隠し。
例えば名前を呼ぶ事だって全然、上手く出来ない。
…今、だったら。
少しだけ「練習」をしてみても―――

「……け、け…ケンイチ……」
「……んン……?」
(!…ま、まさか、おおお起きただか!?)
「……くかー…っ……」
(…せ、セーフだなや…い、良がっただ…)

アツキは再びヒノケンが眠りに就いている事を確認。
この分ならば、小声の呼び掛け程度なら大丈夫か。

(…や、やっぱ名前呼びとか恥ずかスぃべ…「ヒノケン」…なら、ちっとは気楽だけンとも…)

しかしながら、その呼び方は。
自分以外の複数が使っている呼び方で。
そこに加わる事をアツキは良しとしていない。
「特別」で居たい、乙女心。

(…もうちっと…ハッキリ名前でねくて…け、結婚スとったら言いそな呼び方っちゅうと…)
「………」
「……あ…アナ、タ……?」



(ははははは恥ずかスぃ!よよよよくこげな呼び方が出来るべな!こっ恥ずかスぃだ!)

ヒノケンを起こさぬ様、一旦毛布の中に潜り込んで静かに、しかし内心では大暴れしている気持ちでもだもだと己の発言を反芻して悶えまくるアツキ。
言い続ければ慣れるモノかもしれないが、慣れる迄は1回呼ぶ度に転げ回りそうな勢い。
どうにかこうにか照れを落ち着かせ、毛布から顔を出したアツキの頬は朱に染まっており。
室内の冷えた空気の中に湯気が立ち込めそうな程。

(ちょ、ちょっとオラにはハードルが高かっただ…スっかス他にっちゅうと…いっその事、振り切ッツまった方が良がったりスるンだべか)

アツキの中で、最も振り切った呼び方。
全く自分に縁が無かったような呼び方なら…或いは。

「……だ……ダーリン……?」

……

(い、いや違うべ!よく分かンねけンと、コレは違う気がする!オラにもオッサンにも!)

試しに口に出してみたものの先程の照れとはまた違ったもだもだする感情が沸き上がり、布団内への潜行は留まったが、落ち着けた気持ちが再び暴れだす。
じたばたしたい思いをぎゅうっと抑え込み。
深呼吸を、ひとつ―――

「ふ……」
「……えっ……?」
「あああー!チクショウもう限界だ、我慢出来ねぇ!可愛いじゃねぇかよコンニャロウ!」
「はああぁぁああ?!オ、オッサン何時から起きとっただ!ちゅうか、な、ど、ギャー!」

むっぎゅううぅぅうう〜!

「ちょっ、くるスぃっ、か、加減せンかっ!」
「おっといけねぇ、悪ぃ悪ぃ」
「……はあっ…っ、ったくこのオッサンは……」

限界や我慢といった言葉が出た、という事は。
どうやらヒノケンはとっくに目覚めており、アツキの「練習」を殆ど聞き届けていた模様。
もしかすると「練習」が終わるまで狸寝入りをするつもりだったのかもしれないが、柄にない「ダーリン」で色々と決壊してしまったらしい。
半ば襲い掛かる勢いでアツキを抱き締め、そのアツキからギブアップのサインを送られて我に返り、まだ抱き締めてはいるが苦しくない程度に腕の力を緩めた。

「へっへっ、予行練習たぁイイ心掛けじゃねぇの」
「る…るっさい…バカにスるでねぇだ…」
「あん?別にバカになんかしてねぇだろ」
「いーや!スとる!絶対に!」
「してねぇよ、俺の嫁はマジで可愛いなとしか思ってねぇっつうの。んん?嬢ちゃんよ」
「よ……む、むむぅ…」

ヒノケンから明確に「将来の関係性」を口にされた事は、アツキの記憶の限り覚えが無い。
そもそも自分が「それ」に向けた練習をしていたから繋がり出た訳なのだが、一層に意識付けられてアツキは口ごもり、照れから顔を下げる。

ぎゅ…

「……へっ」

この恥ずかしさを逃がす為にアツキは。
どうせ、この腕の内からは逃れられない。
ヒノケンの胸元に進んで近付き顔を埋めて、しっかりと決して離さぬ様にパジャマを掴む。
そんなアツキを本当ならば先程よりもキツく揉みくちゃに抱き締めたいが、ぐっと衝動を堪えて苦しくならないように加減して抱き留め。
行き交う互いの熱は、ぬくぬくと。
冬だから、余計に心地好くて仕方がなくて。

「……オッサンだって、オラの事…ずっと、"嬢ちゃん"って呼ぶ訳にはいかねぇンだかンな」
「俺は"アツキ"とも呼ぶし"お前"とも呼んでるだろ」
「うぐ…そ、そだけンと…」
「それとも何か、"ハニー"とか言や良いのかよ。もしくは"愛天使"だの"マイエンジェル"か」
「ハ…ぶわっはっはっは!に、似合わねぇべ!ンな呼び方されっまったら…あっはっは!!」
「そこまで爆笑すんじゃねぇよコンニャロ!」
「ぎゃぁあ!何スるだぁああー!」

一度は我慢をした揉みくちゃに抱き締めたい衝動。
それを解禁してヒノケンはアツキをガッシリと抱き、わしゃわしゃと手荒に頭を撫でる。
怒っているような口振りだが―――その表情は。
幸せで、馬鹿みたいにトロ甘い感情に包まれていて。
愛しくて愛しくて仕方がないけれど、そんな自分の顔をアツキにはまだナイショにしたいから、揉みくちゃに抱き締めて見せないようにしているのだ。

「…まあ何だ、お前にジジイとか呼ばれだす前には貰ってやるからよ、もう少し待ってな」
「大丈夫だべ、オラちゃんと解ってるだ。…そっか、確かにオッサンの次はジジイだなや」
「…"解ってる"ってジジイの事じゃねぇだろうな」
「さぁて、どうだべな?」
「ったく…しょうがねぇ嬢ちゃんだぜ」

少し腕の力を緩めて覗き見たアツキは笑っていて。
これからも、その笑顔を見続けたい。


誰かに見られてしまう事など無いけれど。
どちらともなく、ぬくぬくの布団に潜り込んで。
新婚さんみたいなキスをした。

■END■

【ヒノアツ♀の起こし方】
寝ているのをいい事に普段しない呼び方(呼び捨てとか旦那様とか)で呼んでみるけど恥ずかしくなっちゃう。その後普通に起こすけど、実は相手は起きるタイミングを失っていただけだったりして
#起こし方 #shindanmaker
https://shindanmaker.com/1022122

◆2003年12月12日はEXE4の発売日、17周年!
自分のエグゼシリーズに対する見方が大きく変化したタイトルですから、祝わない訳には。
要するにヒノアツですけどね!干支一回り以上が経って再燃して、ここまでバーニングして話を書けるとは自分でも思わなかった…ヒノアツ好き…
という事でお祝い話を書こうとしたのですが、諸々あってEXE4の発売日に気付いた時には既に1週間を切っておりまして(滅)ね、ネタがあぁぁ…orz
急遽、ストックしていた診断メーカー様の結果から。
もうコレはアツキちゃんに是非〜、からの実は起きていてお前可愛いなぁあ!って揉みくちゃにアツキちゃんを愛でるヒノケンが即浮かびました(笑)
あと、やっぱりEXE4は2人の出会いだから…その辺りをちょっと意識しつつ、2人の未来の事を考える様な要素をちょちょいと詰め詰めしてみたり。

2020.12.12 了
clap!

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