【Rockman.EXE@】
無くしたピアスが紡ぐ意味
「ほらよ、プレゼント」
「…へ…?な、なンねオッサン急に…別に誕生日でもねぇのに…」
「いいから開けな」
「えっ、う…うン…開けていいンなら…」

今日はごく普通の休日で、此処はヒノケンの家。
アツキの休日は自身もヒノケンも空いていればヒノケンの家に行くのが定番で。
ヒノケンは休日の少し前に自分の予定が空いているかをアツキに連絡しておいて、後はアツキの方が来るか来ないかに任せている。
しかし本日は少し趣が異なり。
アツキが出掛けようとしたところで、今日は来るのかと確認のメールが来たのだ。
その文面は呼び出しの様にも受け取れて。
少し不思議を思いながらアツキが向かってみれば、迎え入れるヒノケンの様子は特に変わらず、偶々か気紛れの行動だったのだろうと結論付けようとしたのだが。
二人でソファに並び座ると、さらりと。
ヒノケンから何の前置きも前触れも無く"プレゼント"を差し出され、アツキは面食らったところである。

「(な、なンだべ…?)」

誕生日だとか記念日の類いは思い当たらない。
しかしアツキは、大きくはない…小振りなプレゼントのラッピングを開け始めて、ふと。

「(…あ…この大きさって…もスかスて…)」

ひとつ、中身の可能性が思い浮かぶ。
それは前回ヒノケンの家に来ていた時。
平日だったのだが、合鍵は貰っているしアツキには確かめたい事があったのだ。

───…

「…おい、何だ空き巣か通報すんぞ」
「誰が空き巣だべなオッサン!探し物をスてるだけでねぇか!…ま、まあ…ちっとばっかス…散らかスた様な気はスるけンとも…」
「少しってレベルじゃねぇだろ」

才葉学園から帰宅したヒノケンは、アツキが居るのはともかくリビングが完全に物取りの犯行状態になっている事に対して溜め息と呆れを漏らす。
留守中に家に来ても構わないし、重要な研究データを弄らなければ家の中も好きにして良いとは言っていたものの、流石にこの有り様は嫌味も言いたくなったらしい。

「ったく、何を探そうと思ったらこんな事になるんだよ、浮気の証拠か」
「………オッサン」

ヒノケンは呆れてはいるが怒ってはいない。
故に、からかい混じりの戯言を言ってみたのだが。
それを聞いたアツキの空気が明らかに変わった。

「…何だ?」
「オラ…浮気だけは絶ッッッ対に許さねっかンな!冗談でも…そげな事を言うでねぇだ」
「(……ほーお?)」

想像していなかった反応。
今まで、こういった話に至る事が無かったから知らなかった一面で。
ぎゅっと拳を握り、少し俯き黙ってしまったアツキにヒノケンは近付く。

「…まあ俺もお前の浮気なんか許さねぇしな、茶化して言う事じゃなかったぜ。悪かったな、機嫌直せよ嬢ちゃん」
「う…わ、分かれば良いンだべ…」

俯いた頭を軽く撫でる。
チラとヒノケンを上目に見たアツキは、まだ少し膨れた様な顔をしていたけれど。
撫でられた事は、満更でもない模様。

「…で、何を探してるんだ…って聞こうと思ったんだが、ピアスの片方か」
「そうなンだなや…お気に入りだったンに、気付いたら片方無くスッツまってて…寮の部屋では見付からねかったから、オッサンの家かなって」

先程から今日のアツキには違和感が有ると思っており。
それが何なのかヒノケンは解らずにいたが、近付いた事でそのバランスの悪さの正体は、常に身に付けているピアスの片方が無いからだと解った。
アツキの持ちナビである、バーナーマンのバーナーをイメージしたであろう青色が。

「俺はピアスだとかアクセサリーを自分で付けるのは好みじゃねぇから分からねぇんだが、あのピアスそんなに大事だったのかよ」
「う、ン…」

言いながらアツキはピアスが失せた側の耳朶を、違和感が有るようにして触る。
今まで、そこに有るのが当然だったモノが無いのだから、無意識の内に気にして触ってしまっているのだろうか。
そんなアツキの様子を見ていて、ふとヒノケンは"そういえば"を思う。

「…ずっとピアスを付けてっから、マトモに耳を可愛がってやった事って無ぇな」
「は、はあっ?な、何を言ってるンだべ」
「俺にも触らせろよ」
「えっ、ちょっ…!」

耳朶を弄るアツキの指を優しく退かせ、スリスリとヒノケンは耳朶を愛で始め。
伝うのはピアスホールの感触。
丁寧に撫で扱う間、アツキは愛でられるその行為にどうして良いのか分からないらしく、少し目線を外して大人しくされるがままになっていて。
時折見る事が出来るアツキのしおらしい様子。
自分だけに見せているであろうその様はヒノケンの気に入るところで、自然と上がる口角。
愛でる想いと悪戯心が…沸き立つ。

ぐいッ…
ちゅ…ぺろ…っ…

「ひゃ、ひゃうっ!な、何スるだ!」
「可愛がってやってんだよ」
「ン…ンっ…!み、耳元で喋るで…ねぇっ…!」

不意にヒノケンは耳朶を愛でるとは逆の腕でアツキの腰を抱き寄せ。
耳朶から指は離したが、今度は口唇を寄せる。
軽くキスを落として柔らかな耳朶を優しく口唇で食み。
ふ、と。
わざと息を吹き掛けて囁かれ、アツキの身体にはぞくりとした悦の波が走り身を縮めるが。
ヒノケンに腰を奪われていて根本的に逃れられず、腕の中で胸元に縋り付き…ふるふると震わせて。
耳への口付けは誘惑、等といっただろうか。
もっともっと、深みへアツキを誘いたいが───

…ちゅっ…

「…オッサ…ン…?」
「この続きは部屋を片付けてからな」
「えっ、続…っ…い、いやその…ン、ンだな…」

このリビングの惨状の中ではムードも何もない。
そして「続き」がどういう意味なのかを少し想像したアツキは、顔を仄かに赤らめ。
小さな口付けと共に腰を解放されると、照れ隠しをするように散らかるリビングに目線を送ってヒノケンとは顔を合わせず片付けに賛同する。

「ヘッ…じゃあお前はリビングを片付けてな、俺は着替えるついでに寝室を探してくるぜ」
「あ、オッサン、そンの…寝室なら先に探スただ」
「何だ、そうか」

……ん?
先に探した…?

「…おい、まさか寝室も…」
「え?あっ、い、いやいや!ここよりは散らかスてねぇべ!…た、多分」
「……やれやれ」

───…

それから結構な時間を掛けて部屋を片付けながら、ピアスも探したが。
出てくる事は無く、今もアツキのピアスは片耳だけに填められていて。
だから、思い当たる"プレゼント"というのは。

「…ソックリ…でねか」

ラッピングを開けて出てきたのは青く、しかし焔を感じさせる輝きを湛えた一組のピアス。
アツキは片方だけになってしまったピアスも外して贈られたモノと並び見ると、若干の色味や形に違いはあるものの、遠目には殆ど変わらないくらい似ており。
ここまで近いモノをわざわざ探し見付けてくれた事を思い、アツキはそうっとヒノケンに目線を送ると、ピアスを大切に掌で包み笑顔を向けた。

「へへー…」
「それで良かったかよ」
「ン…でも…高かったりスてねぇべな…?」
「そのデザイン優先で見繕ったから、そうなる可能性もあったけどな。まあ大層な額のモンじゃねぇよ、気にせず普段から使えばいいぜ」
「そっか、ありがとだべオッサン」
「…面倒だから最近は言ってねぇが、オッサンは余計だっつうの」
「いいでねか、今更オラも変えるの面倒だなや」
「ったく…」

普段のままの会話だが、明らかに上機嫌なアツキ。
綺羅と光るピアスに目線を戻し、まじまじと見詰める。

「…前のを外したんなら付けてみろよ、ピアス」
「それもそうだべな、どれ…」

台紙から珍しいくらい丁寧にピアスを取り外し、両の耳にヒノケンから贈られたピアスを填めると。
少し振りに、見慣れたアツキが出来上がって。

「…どうだべ?」
「おう、流石は俺様が見付けてやったモンだな、元通りになったじゃねぇか。…それに…」
「?…な、なンね…?」

機嫌良く自分が贈ったピアスを填めたアツキに対し。
ヒノケンは何かを含んだ言い方と笑みを浮かべ。
大体アツキも察したもので、こんな時のヒノケンはアツキからすると意地悪な様なからかわれる様な事を考えているに違いなく。
反射的に身体を身構えさせた。

「へっへっ…何、ちょっとした事だ。前に言ったが俺は自分じゃピアスだとか付けねぇんでな、だもんで色々と要らん意味だとかまで検索してたら見る事になった訳だ」
「……意味?」
「常に身に付けるピアスを贈るっつうのは、離れていようがお前は俺のモンだってな」
「…は、はぁっ?!」
「ま、コレで俺の女だって証が出来たってこった」
「〜〜〜…ばっ、バッカでねぇのオッサン、いちいちプレゼントで意味とか気にスてらンねぇべ。た、偶々…オラがピアスを無くスたからピアスだったンでねぇか」
「そりゃそうだけどな。実際に付けているのを見ると、成る程なぁと思ったんでよ」
「むむ…」

やはり翻弄してくる言葉を聞かされて、アツキは少し膨れ顔ではあるが拒否の気持ちは無い。
ただ、くすぐったい様な感覚に包まれてしまい、もじ…と身体を捩る。

「へっへっへ…可愛い態度じゃねぇの」
「る、るッさい!もー!」

愉快そうに笑んだヒノケンはアツキの肩を抱き寄せ。
アツキの耳に綺麗に収まった、自分が贈ったピアスを満足げに見詰め。
そんなヒノケンに何か言ってやりたいアツキだが。
贈られたピアスは…本当に一目で気に入ってしまったから、惹かれてしまったから。
だから。
大人しく、アツキは抱き寄せられたままにヒノケンの体温を感じて。

「…片方だけ残ったピアス、どうスるべな…」
「取っとけばいいんじゃねぇの」
「そうだけンと…何か違うのにリメイクしてもらえたり出来たら一番だべ。お気に入りだかンな、だからこそ"使えるモノ"で残スたいンだべサ」
「まあ、その辺りはお前の好きにすれば良い話だけどな」
「うーん、何が良いべな…」


───そんな、ありふれた恋人の休日から。
少しだけ日が過ぎた、或る日。


…ピーンポーン♪

「オッサン!今、時間があるべか?」
「…アツキ?今日はあんま長くは相手してやれねぇぞ」
「すぐ済むだ、コレを渡スに来ただけだかンな!」

そう言って。
アツキがヒノケンに差し出したのは。
大きくはない、小振りな"プレゼント"───

───…

「ヒノケン!居るかな?」
「おう光熱斗か、何だバトルか?」
「ううん、ヒートマンのオペレートに来たんだ」
「何だよソッチかよ」

放課後の才葉学園。
本日の授業を終えた熱斗は、グリーンエリアでの用事を済ませる為にリンクナビであるヒートマンのオペレートを行いに第一研究室を訪れていた。

「まあ、そろそろ作業が有るんでバトルしてられねぇからいいけどな」
「作業って、ヒートマン借りて平気なのか?」
「それは問題無ぇ、俺だけでやれるヤツだ」
「そっか、じゃあ使わせてもらうぜ。…ちょっと待っててなロックマン」
『うん、熱斗くん』

熱斗はヒートマンが居る研究室のPCの前に向かうと、自分のPETはPCの脇に置いてオペレートの準備を始めて。
PETの中のロックマンは準備する熱斗の様子を見守っていたが、同時に作業の下準備を始めたらしいヒノケンが視界に入り───ある事に気付く。

『あれ…ヒノケンさん?』
「ん?どうかしたか、ロックマン」
『…前から、そのネクタイピンって付けていたかなと思って』
「…ンな事によく気付いたな」
「えっ、なになに?」

今まさにヒートマンのオペレートを開始しようとしていた熱斗なのだが。
ヒノケンとロックマンが会話している事が気になったのか、中断して話に加わる。

『ヒノケンさん、前はネクタイピンしていなかったよね?熱斗くん』
「ネクタイピンって…ソレ?言われたら付けてるんだなって思うけど、ヒノケンが前から付けていたかって聞かれたら、ちょっと分かんないな…」
「それが当たり前だろ、普通は気にしねぇって」
『そ、そうかな?』

変化としては些細。
小さなネクタイピンが、有るか無いか。
けれどロックマンには不思議に感じられたのだ。

『だって…ヒノケンさんが青色のモノを身に付けているのって珍しかったから』
「…あっ、なるほど!それはそうかも!」

ロックマンに言われて、熱斗は改めてヒノケンのネクタイピンを見ると。
ヒノケンが好む燃える炎の暖色とは相反する、静かな青が佇んでいるのは確かに異彩。
紫系統の色合いまでは目にした事があるが、完全な寒色というのは無く。
どうして不思議を思ったのか納得がいった様子。

「…自分で選んだモンじゃねぇからな」
「人から貰ったモノって事?それにしても、素直にヒノケンが身に付けるって…」
「仕方がねぇだろ。…彼女からのプレゼントってヤツだからよ」
「ええっ!そうなんだ!」
「一応、お前らもソイツの事は知ってるぜ」
『それってヒノケンさん…あのお姉さんを迎えに行ってあげたんだね』
「あのお姉さん…?あ、タコ焼き屋の!」

「……あのコじゃねぇよ」
「えっ?」『えっ?』

熱斗とロックマンに心当たりがある「彼女」とは。
デンサンドームの前で営業していた、タコ焼き屋の女性だとしか思えなかった。
だがしかしヒノケンは否定し…あの女性の事を、あの時の事を思い出しているのか、僅かに表情を落として───すまなそう、な。
そんな顔をして。

「言ったろ、俺とは違うってな」
「…でも。今のヒノケンは先生で、もう悪さはしないんだろ?バトルに熱くなるのは変わらないけど…住む世界が違うなんて事は無くなったんじゃないか?」
「かもしれねぇが…俺はな、テメエで言うのも何だが独占欲が強ぇタチでよ。それが、ああして諦められるって事は…やっぱり、何か違っていたんだろうよ」
『ヒノケンさん…』

自嘲するヒノケンの様子に。
ロックマンは先走って余計な事を言ってしまったと感じたのか、申し訳なさげな声色。

「…何だよ、ンな辛気くせぇ顔すんなロックマン。まあそりゃ…お前らからしてみたら他に考えられなかっただけだろ、俺の言い方が悪かったぜ」
『…うん。だけど…ごめんヒノケンさん』
「いいっての。…そういや、キッチリ礼を言ってなかったな。あのコの件を抜きにしても、今の俺がここで研究にアツくなれるのは…お前らがテロを止めてくれたからだ。…ありがとよ」
「な、なんかヒノケンにそんな改まって礼を言われると、コッチが照れるな…」
『フフフ、そうだね熱斗くん』
「ヘッ、お互い様だ」

沈んだ空気は似合わない。
ヒノケンもだが、熱斗とロックマンにも。
それに、伝えておきたかった礼。
下手に飾り立てずストレートに伝える事で、研究室の空気は軽くなった気がする。

「でも…そうなると、そんなヒノケンの彼女になった人ってどんな人か気になるな。ホントに俺達も知ってる人なの?パッと思い付かないけど…」
「どんな…か。光よぉ、俺は解ったんだ」
「解った?何が?」
「俺は、俺に似ているヤツが寧ろ一番合うんだってな」
『ヒノケンさんに似ている…っていう事は…』

やはり興味は隠せない熱斗とロックマンを、交互にヒノケンは見ると。
何かを観念した風に、ひとつ呼吸を置いて口を開く。

「ソイツは女じゃ世界で一番アツい、可愛い俺の彼女だよ」

勿論、ちょっと独占欲が強い、な。
そう付け加えたヒノケンの表情には、何処か幸せを含んだ笑みが浮かべられていて。
窓の外から研究室に射し込む陽光を受けたネクタイピンが、一層に青く煌めき。
それはまるで、バーナーの焔を思わせた。


───ネクタイピンを贈る意味。
「貴方は、私のモノ」───

■END■

2020.04.15 了
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