【Rockman.EXE@】
才葉の初デートはシーサイド【RE】
ぷっくううぅぅうう〜〜〜…

『…それ以上は膨らまねーだろ、アツキ』

ここは才葉シティの一角、シーサイドタウン。
水と人間の調和をテーマに掲げて設計されたこのタウンは、クジラの外観が用いられた非常にユニークな見た目の水族館をシンボルとして成り立っており。
近くには水族館と並ぶ名物として人魚像の噴水、腰掛けながら待ち合わせに利用される事が多いその縁に、先程から文字通り膨れ面のアツキの姿。
手にはPETが握られ、アツキのナビであるバーナーマンが様子を窺いつつ声を掛けていた。

「…オッサンが来ないンが悪いンだべ」
『そうだけどよ…オッサンも相当、忙しそうだろ』
「…分かって…いるだ、そげな事」

バーナーマンがヒノケンの擁護をする場面というのは、滅多に無く珍しい事態に違いない。
実際、才葉学園に赴任してからのヒノケンは生徒への授業の他にリンクナビの教師としても日程が詰め込まれ、更には自身の電脳世界での炎研究への取り組みと。
想像していた以上の多忙さ、アツキも分かっている。
分かっているけれど。
才葉シティに居を移してからというもの、平日はおろか休日ですら直接会う事もままならず、ロクに構ってもらえない状況にアツキの我慢は限界を迎え。
アツキの性格を考えれば随分と我慢した方だが…遂に昨晩、一気に爆発してしまったのだ。

「ゔ〜〜〜…バーナーマン!」
『えっ、お、おう! どうしたんだアツキ?』
「オッサンにメール出スだ! 明日の休日、シーサイドタウンでデートだかンな! 午後1時に水族館の近くサある人魚像ンとこで待ち合わせ! って!」
『い、いやそんな急に…書いたけどよ…』
「そンなら、すぐダッシュで届けてくるだー!」
『わっ、分かったぜ!』

思い立ったら即断即決即実行。
どうしてもどうしても、会いたくて。
居ても立ってもいられなくなったアツキは、一方的にデートの予定をメールに書いてバーナーマンをヒノケンのホームページまで走らせて届けさせ。

───パシュンッ!

『うぉおいファイアマン! オッサン居るか!』
『はぁ? いきなり来て何だ、ヒノケン様はお忙しくてまだ帰られてねぇよ。用でもある…』
『大アリだ! いいか、アツキからのメールだ! 絶ッ対にオッサンに渡せよ! じゃあな!』
『は…って、行っちまった。何なんだ…』

偶々、居たらしいファイアマンに渡した模様。
…そう。
デート先も、時間も、待ち合わせ場所も一方的。
ヒノケンの都合に関しては、全く含まれておらず。
バーナーマンをプラグインさせて送り出し、一人の静かな自室になった事で、アツキは次第にそんな自分勝手を悪いと思う気持ちも芽生えていたから。
バーナーマンがヒノケンを擁護しても、強く返さず非難する気も無かったという事らしい。
しかし、それにしても。
返事のひとつくらい寄越しても良いだろうに。
昨晩のメールを届けてから、今日の待ち合わせ指定時刻から一時間が経っている今まで。
結局、ヒノケンからの連絡は、無し。

「待ったかい?」
「えっ…「もう〜! 遅いじゃないの!」
「ゴメンゴメン、さ、水族館へ行こうか」

来た、と、思ったのも束の間。
下げていた頭を上げて辺りを見ると、アツキと同じく人魚像で待ち合わせをしていた女性の元へ、少し遅刻をした彼氏らしい男性が声を掛けていたところ。
二人はすぐ人魚像を離れ、その手は繋がれていて。
あんな風に、二人で歩きたかっただけなのにな。

『…アツキ…オート電話してみるか?』
「…仕事の最中だったら悪いから、エエだ…」

しゅん、と。
再び落とされた目線の先には、制服以外では滅多に着ない自分のスカート姿が映り込む。
女の子らしい性格や好みは勿論、服装も。
興味なんか無かったのに、ひと目で気に入って。
何時かヒノケンとデートの際に見せたい、と。
すごく楽しみにしていた事を思い出す。
なのに今の状況、自分ひとりが勝手に舞い上がって、勝手に落ち込んでいるのが情けなく。
アツキの瞳に滲む、じんわりとした涙。

「……もう、帰ンべ…」
「ああ? 折角、来てやったのに帰るのか?」
「…え? …あっ…オ、オッサン!?」

バーナーマンへ向けたような、そうでないような。
ポツリと呟いた瞬間、影が落とされ。
頭上から、今度こそ自分へ向けられた台詞が降って来た事に、アツキは驚いて顔を上げた。

「オッサン……詐欺師?」
「…お前、久し振りに会って言う台詞がそれかよ」
「そンなら、ペテン師だべか?」
「どっちも同じ意味じゃねぇか! …つうか、そんなに俺のスーツ姿は胡散臭ぇのかよ!」
「ンだべ」
「……即答かよ」

いくら何でも、こうもキッパリ言われるとは思わず。
胡散臭い要素のひとつである伊達眼鏡がずり下がる。

「…なスて、そげな格好ばスてるンだべ?」
「そりゃ、才葉学園から直接来たからだろうが」

そういえば、ヒノケンが先生になった事を勿論アツキは知っているけれど、どんな格好で学園に行っているのかは知らず。実際に見るのは今日が初。
最初のひと目では何時ものヒノケンとは異なるスーツ姿に、とても素直な感想として胡散臭い詐欺師扱いしてしまったものの、じっと見上げ見て慣れてくるとドキドキと高鳴る胸。
よくよくと更に見れば微かに息が切れていて、ヒノケンなりに急いで来てくれたのだろう。

「学園からッて…休日なンに仕事なら、断りのメールの一つも寄越せば…オラはそンで…」
「よく言うぜ、泣きそうなツラしてたクセによ」
「…ッ! そ、そンな事ねぇだ!」
「服、可愛いじゃねぇか。気合い入れて来たんだろ」
「たッ…偶々だべッ!」
「俺に会いたかったんだろ? 嬢ちゃん」
「……う…」

アツキの隣に腰掛けて、少し問い掛けは意地悪。

「ん? どうだ?」

……こくん。

言葉で意思を示すのは癪に障る言い方。
でも、会いたかった事に違いはないから。
小さく小さく、アツキは頷いた。

…ぐいっ…

「ひゃっ?! なっ、何スるだオッサン…ッ!」

頷いて、そのまま俯いていると。
不意にヒノケンに肩を抱き寄せられ、感じる体温。
ああ、この熱。この熱だ、欲しかったのは。

「へっ…俺も会いたかったぜ、嬢ちゃん」
「…そ、そンならオッサンが先に言うモンだべ…ッ」

会ったら会ったで翻弄されて。
腹も立つけれど。

「さぁて、デートといくか。お嬢ちゃんよ」

小馬鹿にしたような物言いにも。
腹が立つけれど。

……けれど。それ以上に。
会いに来てくれた事が嬉しいのだから仕方がない。

「ホラ、水族館だろ? 見に行こうぜ」

腰掛けていた噴水の縁から立ち上がるヒノケンに、アツキはもっと体温を感じたかった。
そう思った目の前に差し出された手。
静かに、自分の手を重ねるアツキ。
手を繋いでデートをしたかった、二人で一緒に。
アツキも噴水の縁から立ち上がり、二人並んで水族館へ向かおうとしたのだが、ふと。シーサイドタウンのお土産屋である、ぬいぐるみのお店が目に入り。
その中のひとつを見て、何かを思い付いた顔。

「…なぁ、オッサン!」
「ん?」
「後で、あのクジラのぬいぐるみを買ってほスぃべ! そンで遅刻ばチャラにスてやるだ」
「…あんなデカイのを寮の部屋に置く気かよ」

アツキが指差したのは、確かにヒノケンの言う通り店頭に並ぶ中でも一際に大きなクジラ。
今日という日の思い出を沢山詰め込んだ大きさ。

「ンだってあのサイズが良いンでねか、ちゅうかオッサンの家サ置いとくから大丈夫だべ」
「人の家を物置きにすんな! あんなモン邪魔だ!」
「それと、隣のタイヤキも食べるかンな」
「…俺の奢りか?」
「あったり前でねか、電脳タイヤキも売ってるみてだからバーナーマンの分もだかンな!」
『おっ、そりゃいいな!』

アツキの思い付きは隣のタイヤキ屋にも。
甘い香りが漂い、頭から尻尾まで餡子がギッシリといった謳い文句が聞こえてきそうな程。
ナビ向けに電脳タイヤキの販売も行っているお店に。
アツキとヒノケンの成り行きを見守ろうとしていたバーナーマンだが、思わず声が出た。

「…元気になったと思えば、コレだからな」
「へへー…メールの返事も寄越さねス、遅刻までスたのをぬいぐるみとタイヤキで許スっちゅうてるんだべ、寧ろありがたいと思ったらどうだべオッサン」
「…ま、確かにそうか。…へっ、しょうがねぇ」
「……オッサン…」

ぬいぐるみ屋とタイヤキ屋は水族館の後。
ようやく今日の本来の目的である、水族館へ足を向けて歩き出した二人なのだが、話していた中でアツキの足が、ぴたりと止まって呟く様にヒノケンを呼ぶ。

「どうした? まだ何かあんのか?」
「…そうでねくて…オラ、寂しかったンだかンな!」
「…ふ…ははっ、なんつぅ膨れっ面してんだ」

アツキはまた頬を膨らませた顔をヒノケンへ。
その顔に、思わずヒノケンは笑みを漏らしてしまう。

「わ、笑い事でねぇべ!」
「へっへっ…悪い悪い。今日で大分、落ち着いたからよ。明日からはマシになる筈だぜ」
「……本当だべな?」
「ああ、だから膨れっ面すんな。可愛いけどよ」
「か、かわッ…そ、そげな言葉で誤魔化されねぇだ! オラは怒ッてるンだからな詐欺師!」
「だから詐欺師じゃねぇっつうの! こんな往来で、人聞きの悪い事を言うんじゃねぇ!」

ぎゃあぎゃあと久し振りでも騒々しい、けれど。
お互いの手は、しっかり繋いだまま。
二人の姿は寄り添いながら水族館内へと消えてゆく。
シーサイドでも、アツい恋人達は今日も相変わらず。

■END■





───水族館内の二人…

「…それで、何だって水族館デートなんだ?」

興味津々という様子で水棲の生き物達を見るアツキ。
ヒノケンはそんなアツキから半歩だけ下がり、見る邪魔はしないが隣という位置を維持しながら眺めていたが、ふと素直な疑問が浮かび投げ掛けた。

「地元が山だかンな、海の生き物が見てかったべ」
「ふーん。…ま、俺も自分だけじゃ普通は水族館なんか行かねぇから、わりと面白いがな」

「へへー、ンだべ? 生でサメ見れて嬉スぃだ!」
「…もう少し可愛げあるヤツ見て嬉しいとか言えよ」

「えー? そンなら、ワニ!」
「……あのなぁ……」

アツキの感性に呆れ返るヒノケン。
けれど、その飾らなさが自らにとっても居心地好い。

「あ! オッサンオッサン!」
「何だよ」
「ポップコーン売ってるから買ってくるだ!」
「…タイヤキを食うんじゃねぇのかよ」

「タイヤキは全部見終わって出てから食べるけンど、今はポップコーンの気分なんだべ!」
「…へいへい…」

「それに、これからショーが始まるみてでねか。…一緒に食べながら見るだ、オッサン!」
「…へっ…それじゃ、さっさと買ってこいよ。掛かったゼニーは後で俺が出してやるぜ」
「ココはオラが奢ってやるべ、感謝スるだー!」
「……やれやれ。へっ…」


──ピーンポーン…♪
≪ …只今から、ショー会場にてイルカとアザラシによる水中ショーを開催いたします… ≫

■おしまい■

2005.12.01 了
2023.06・旧作から全面リメイク
clap!

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