【Rockman.EXE@】
約束の行方と空に溶け合う夏の色
◆「その約束は10年前に」が前提のお話です



「しかしまあ、とんでもねぇ田舎だな」
「オラの地元をバカにスるでねぇべ、オッサン」
「バカにはしてねぇだろ、正直な感想だ」

ウェザーくんが梅雨明けの発表を出し、本格的な夏の訪れを感じる季節。
才葉学園も世の他の学校と同じく、初等部から高等部まで夏休みに入り。
ヒノケンもアツキも才葉で初の長期休暇。
何か予定は有るのかとヒノケンがアツキに軽く聞くと、少しだけ悩んだ様子を見せ。
今年だけは一度、地元に帰省する、と。
そう返した為に現在、二人はアツキの地元に居る。

「そンの正直な感想とやらが、明らかにバカにスてるンだっちゅうに」
「しょうがねぇだろうが、他にどう言えっつうんだ」

聞こえ良く言うならば、どこまでも田畑が広がり続ける素朴な純ニホン的田舎風景。
そんな長閑で二人以外の人の気配もまばらな情景。
地元であるアツキの姿はともかく此処にヒノケンも居る理由は、研究助手としてアツキを才葉に呼んだ事で、保護責任も担っている状態である為。
アツキの家族に一度は直接、顔を見せに行くという理由からである。
付いて行くと聞いたアツキは始め、そんな律儀な事をしそうなオッサンかと思ったが。
アツキ自身が帰省するのは今年の夏休みだけで暫くは帰らないという空気を出したのを察し、今回だけならばという考えからだろうと納得した。

「あスこに見える蔵ン中に保管されてるのが、今年のメラメラ祭りの御神輿だべ」
「へぇ。担ぎ手が一人の神輿だってのに、流石に立派な蔵じゃねぇか」
「当たり前でねか、メラメラ祭りの御神輿を担げるンは、ここらの誇りだかンな!」
「…メラメラ祭りの時には帰らねぇのか?」
「ん〜…確かに、どうスっか悩ンだけンと…」

メラメラ祭りは秋祭りに属した祭事。
この夏休み以降は暫く帰省しないという事は、不参加を意味しており。
その辺り実際どうなのか、ヒノケンは隣を歩くアツキへ問い掛けると。
まだ少し未練らしきが残る様子…だが。

「三年連続で担いだかンな、殿堂入りみてなモンだべ。…今は、どっちかっちゅうと…地元の外サ出て色ンな燃える事を見付ける方が、大事だス面白いべ」
「……そうかよ」

メラメラ祭りの誇りは忘れていないし、地元が嫌になった訳ではない。
だがイーグルトーナメントに参加する為に地元から離れた時、アツキは自分の世界がとても狭かった事を薄々ながら感じ取り、考えを改める切っ掛けになった。
そこにヒノケンからの才葉で研究助手の話。
世界を広げる一歩を───アツキは選んだのだ。

「オラの親も、そンでいいみてな空気出スてたべ?」
「あの感じはそうだな、しっかし放任主義も時には悪かねぇがちょっと過ぎるだろ、だからこんな生意気な小僧に育ちやがったのが分かったぜ」
「自由に育ててくれたンでねぇか」
「自由過ぎだ、まず年上を敬いやがれ」
「オッサン以外の年上なら、考えるけンとな」
「この小僧…」

からからと楽しげに笑むアツキの隣で、ヒノケンは呆れ混じりの苦い顔。
二人は既にアツキの実家に着いて顔を見せていて。
荷物の多くを置き、夕飯時までの時間をアツキがヒノケンに地元案内を。
ヒノケンの感想通り、アツキの両親はアツキをかなり放任的に育てたのが見て取れ。
研究助手として地元から離した事についても、特に否定的では無い様子。
最も、このネットワーク社会。
必要不可欠となっているネットナビの、研究者とのパイプが出来た事になるのだから…将来を見据えた時にアツキにとって好ましいとも考えているのだろう。

「ちゅうかオッサン、オラの親の前で猫被り過ぎだべな。"アツキくん"とか、聞いてて笑いそうになっツまったし鳥肌が立っツまったでねぇか」
「お前と違って大人は建て前が要るンだよ」
「ふーン…面倒なモンだなや」
「ん…この先に続いてるのは…」
「ああ、ここらじゃ一番デッカイ木の元だべ、ちっと木陰で休むべオッサン!」
「…そうだな」

平屋と田畑が広がる平面で構成された景色。
宛が有るような無いような砂利道を歩く中で、その存在は徐々に増し。
道の先の大木が、静かに視界を支配して。
自然と足を向けたくなる、そんな木の元へ向かい二人は歩みを進めた。

───…

ミーンミンミンミン…
ジージリジリジリ…

「蝉の鳴き声が喧しいなオイ」
「夏らスくて良いでねぇか」
「…というか、辺りが何も無くて静かだから余計に喧しく聞こえんのか」

大木の元に辿り着いた二人を、蝉時雨が出迎える。
この付近には他に大柄な木は存在していない為、蝉はこの大木に集中しているらしく。
加えてヒノケンの言うように周囲の静けさも相まって、蝉の鳴き声が一際響き渡り。
そのけたたましさに始めは辟易した様子のヒノケンだったが、木陰に身を置いて蝉の鳴き声が耳慣れてくると、確かに夏らしいと思えなくもない。
ニホン東北部とはいえ本格的な夏の暑さ。
大木の木陰は心地好く、時雨の如く鳴く蝉の音がただただ染み入る様で。

「この木にはしょっちゅう登ってたけンと、夏は蝉の他にも虫が集まるかンなぁ。驚かされて落っこちそうになっツまって、夏は登るの止めたべ」
「……落ちて痛ぇ目に遭った事は無ぇのか?」
「ン〜っと…あ、1回だけ落っこちた事があるべ。そン時は確か10年位前で…だけンと下に余所者のオッサンが居て、受け止めてもらって大怪我はせンかったべ」
「その、余所者と」

アツキは単純に。
この大木と自分との思い出を口にしたのだが。
ヒノケンに木から落下した事が有るか否かの問いを受け、落ちた記憶が朧気ながらも残っている事を告げると、何処か真剣さを含んだ声で話を続けられ。
ゆっくりと、ヒノケンの方にアツキは顔を向ける。

「……何か……約束を、しなかったかよ」
「約束…?」

その記憶は、アツキにとって封じてしまいたい記憶な訳ではなかった。
時間の中で自然と、朧気になってしまっただけで。
徐々に徐々に、その余所者は何故この地に赴き、そしてどんな約束を自分と―――

「オッ…サン…あン時、地元の人間スか出れンのに…わざわざメラメラ祭りに出に…来た」
「やっと思い出したかよ、俺だっての」
「ンで約束って確か…」
「お前がメラメラ祭りに出られる歳になったら俺と勝負しろ、だな」

漸く繋がったアツキにヒノケンも顔を向け。
まだ記憶が探り探りで確証を持てず、といった表情のアツキへ笑みを。

「俺もシェロ・カスティロでお前と再会して、すぐに思い出せた訳じゃねぇけどよ。オッサン連呼しやがる事とメラメラ祭りの地元で、喧嘩中に繋がった訳だ」
「……ちゅう事は、自然と"約束"を守る事になっとった訳だなや」
「決着はついてねぇけどな。ま、小僧はもうちょっと修行が要りそうだからなぁ?」
「…るっさいべ、オッサンも光熱斗とロックマンには敗けとるでねぇか」
「へっ、じゃあ今度は…どっちが先にあいつ等に勝てるか、って勝負にすっか」
「ンな勝負の約束なンかスて良いンか?オラが先に決まっているべ!」

ヒノケンの言葉に、片隅に残されていた他愛ない余所者との会話の記憶に間違いは無く、そしてその余所者が目の前に居るヒノケンだった事をアツキは確信し。
驚きと戸惑いを交えていた表情を、靄が晴れたようにスッキリとさせて。
10年後に増やされた約束。
10年前と、同じ場所で。

「…オッサン、もスかスてオラの地元サ付いてくって言い出したンは…」
「ああ。お前が全く思い出す気配が無ぇからよ、此処に来るしかねぇかと思ってな」
「…そうだったンか」
「お前の方が"また会おう"とか言っておいて、忘れてんじゃねえっつうの」
「ス、スっかたねぇべな、オラ小学校サ入りたてとかの頃の事だかンな」

ヒノケンにとっては、からかい半分の約束だった。
約束の為に"また会おう"と言った少年に、"また"は無い…その場限りの。
だが、しかし、また…逢えてしまったのだ。
それに気付いた時、ヒノケンの中でその些細な約束は大きな存在に変わっており。
なのにアツキの方はというと、なかなか思い出した素振りを見せなかったが故。
本当の再会は少し遅れてしまった、けれど。
約束は、ずっと、二人を。

「…ンっとに、10年越しの約束とかドラマみてな展開なンに、相手がオッサンとかツいてねぇべ」
「俺だって、お前みてぇな小僧なのは残念だっての」
「ま、お互い様だべな。…だけンと、何だかつっかえてたのが取れた気分だべ!」

そう言ってアツキは晴々しい笑顔を浮かべ、木陰の外に踏み出し空を見上げると。
都会の空とは違う、青い、青過ぎる空に向かって目一杯に身体を伸ばす。
けたたましい蝉時雨の中で、そんなアツキを見詰めるヒノケンは何故か。
アツキが───そのまま、儚く夏の空に溶けてしまう様な錯覚を覚えて。

そんな事は。

「……アツキ」
「ン?どスたべオッサ…」

溶け合って良いのは自分だけだ。
夏の空に奪われてしまう前に、静かに近付いたヒノケンはアツキの口唇を奪い重ね。
青い青い空の下。
夏の熱を孕んだキスは、ひとつに溶けて。

……ちゅ…っ……

「…誰か見とったら、どうスる気だべ」
「どうせこんな田舎からお前を離すつもりだ、見られようが関係無ぇ」
「勝手言うでねぇべオッサン。ったく…それに思っとったけンと、夏にその髪は暑苦し過ぎるっちゅうに。大体あン時は髭も無かったス髪も短かったでねぇか」
「10年もありゃあ少しは容姿が変わって当然だろ、それに俺のポリシーなんだよ」
「オッサンのポリシーとか、オラにはどうでも…」
「ったく、蝉みてぇに喧しい小僧だよな本当」

アツキの言葉を遮り、ヒノケンはアツキの身体を…夏の空に奪われぬ様。
しっかりと抱き寄せて双眸を合わせる。
その眼差しを受け止めたアツキは、暫し黙り。
やがて、そう、蝉時雨の音を聞く為に眼を閉じ。

「……へっ」

青い青い夏の空に見せつけて。
ヒノケンは、もう一度アツキに優しく口付けた。


"約束"は、まだ───続いている。
それは果たされる事は無く、二人が傍に居る為の。
青い空が続いている様に、運命の糸として決して切れる事無く繋がり続いている。

■END■

◆診断メーカー結果
ヒノアツの夏。けたたましく鳴く蝉の声の中、青過ぎる空に向かって伸びをする君が、どうしようもなく儚げで、溶け合ってしまうようなキスをした。
#僕と君の夏 #shindanmaker
https://shindanmaker.com/545359

2020.08.20 了
clap!

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