【Rockman.EXE@】
恋する焔は突然に【RE】
◆ヒノケンと女子高生なアツキちゃんのお話
この世界線のメラメラ祭りは女子も可という事で
EXE4のバーナー組シナリオ終わりから
+
「うっぎゃあああ!! ア、アツいっぺや───!!」
『熱いココロは大事だけど、熱過ぎるのも考えものだね…』
「ま、なんにしても、人に迷惑かけちゃ駄目だよな」
勝敗が決したイーグルトーナメント会場。
とある外野の煽りによって逆上し、大会を無茶苦茶にしてやろうとネットバトルマシン内の自身のナビを暴れさせた結果、火が引火してしまったのは当の本人。
勝者である、光熱斗とロックマンの言葉は届かず。
自業自得で炎に包まれた自称熱いココロの持ち主は、エレベーターの奥へと消えていった。
───ピンポーン! …ゴウンッ…
『オ、オイ! 取り敢えず落ち着けってアツキ!』
「おおお落ち着け言われても、無理だべーッ!」
エレベーターからトーナメント控え室へと転がり出てきたのは、未だ服に燃え移った火が消えず錯乱状態に陥っているアツキの姿。
ネットバトルマシンにプラグインしていたバーナーマンは、アツキが走り出したと同時に慌ててプラグアウトを実行し、どうにかPETへと戻っている。
しかし戻ったまでは良いが、その状態から今のアツキを助ける術がバーナーマンには無い。
『とにかく水だ水! 確か外に噴水があっただろ!』
「そ、外って! そげな遠くま、で…ッ…?!」
バッシャ───ン!
「ッぶああぁぁああーッ!? つ、冷た───ッ!」
ガコンッ!
「あ痛ぁああッ!」
突然の冷気に襲われたかと思った途端、次の瞬間には暗闇と痛打に襲われているアツキ。
我が身に何が起こっているのやら。
冷気の正体は不明だが、暗闇と痛打はどうやら頭に何か覆い被せられたからだと気付く。
「いちいち喧しい小僧だな、少しは頭が冷えたか?」
「…な、オ、オッサンッ!」
最初の冷気でアツキは思わずその場にへたり込んでしまったのだが、恐る恐る頭に覆い被せられたモノに手を掛けてみると、それはプラスチック製のバケツ。
外し取って見れば、明らかに先程まで水を湛えた跡。
そして晴れた視界の先にはオッサン改めヒノケン。
これでアツキは、何が起きたのかを理解した。
「な、何スるだオッサン! オラの全身ズブ濡れだス、バケツ被せられて痛ぇでねぇか!」
「燃えたままで良かったなら、放ってたけどよ」
「うぐ…」
「礼の一つくらいなら、聞いてやってもイイぜ?」
「うぐぐッ…」
明らかに「自分が優位に立っている」といった言い方。
そうしたヒノケンの態度にや物言いに対し、大人しく屈するようなアツキの性格ではない。
カーペット上に鈍い音を響かせてバケツを半ば放り投げ、自分の事を見下ろしているヒノケンを負けじと見上げて無言の反抗を示す。
「…ったく、助け甲斐の無ぇ小僧だな」
「助けてくれとか、一言も言ってねぇだ!」
狼狽えぶりを見られていたのは間違いないだろう。
それでも、ヒノケンに礼を言うのは御免だ。
「へーえ」
「う、うぐぐぐぐぐ…!」
ここで先程のような恩着せがましい台詞をヒノケンが返したなら、口論へ発展した筈だが。
見越したヒノケンはアツキの台詞を軽く流し。
これでは、アツキに更なる反論を生むのは難しく。
悔しげな呻きが漏れ出すのみ。
「オ、オラ達だけでもどうにか出来たべ! な! バーナーマンッ! ……バーナーマン…?」
この形勢不利を打開しようと、アツキはバーナーマンに向け助け舟を要請してみたものの。
PETを見ると相棒に生じている異変。
『…お、い…アツ、キ…! PET…が…ッ!』
「バ、バーナーマン!? ど、どうスただ!」
「ああ? …お前のPET、壊れかけなんじゃねぇか?」
「はーッ?! なッ、なぬ───ッ!?」
当たり前だが、PETは生活する上で想定される水濡れや耐火面において、多少の事では故障には至らぬだけの耐久性をクリアしている商品。
しかしながら直の炎によるかなりの高熱に晒した後で、荒々しく水を掛けられ急激に冷やすといった温度差は流石に想定の範囲を超えてしまっており。
新型PETといえど、壊れる寸前に陥っていた。
「ど、どうスべーッ! バ、バーナーマンがぁ…」
アツキは自らの危機が去ったかと思えば、今度は相棒がデリートの危機に瀕してしまい。
錯乱に近い混乱状態のアツキにはどうしようもなく、今にも泣き出しそうな顔になって。
「……しょうがねぇな」
…スッ…
「えッ…」
「どこまでバックアップが間に合うかは分からねぇが、コイツにデータを移してやれよ」
少し前のヒノケンなら見捨てていた筈。
だが今は、タコ焼き屋の女性との一件で起きた総てが片付き、ヒノケンの中で徐々に意識が変わり始めていて。まだ、それは気紛れに等しいけれど。
ヒノケンはネットナビの緊急データ保存に特化したデバイスを、アツキへ向けて差し出す。
「…ン、ンだけンと…」
「さっさとしやがれ、このままだとPET内でのバックアップまで完全にブッ壊れちまうぞ」
これ以上、恩は売られたくないが。
現状、それ以外の手立てをアツキは持っておらず。
キュッと軽く唇を噛み。
「……わ、分かっただ…借りるべオッサン…」
バーナーマンの為には背に腹は替えられない。
ヒノケンからデバイスを受け取るとPETへ繋ぎ、バーナーマンのデータを移動させ始める。
───…100%…completed…!
…ザザッ…ガガガ…ガッ……プツン…
もう少し躊躇していたら危なかっただろう。
アツキのPETはバーナーマンのデータ移行とデバイスへの保存が完了した旨を表示すると同時に、プッツリと画面が暗転して完全に壊れてしまった模様。
「…大丈夫…だべ、か…?」
「100%が出たんなら、保存は出来た筈だぜ」
真っ暗なPETの画面。
見詰めていると不安になってしまうが、現状バーナーマンの総てであるデバイスに希望を抱いて、アツキは次の行動へ移るべくヒノケンに向けて顔を上げた。
「…いよスッ! このままココで止まっててもスッかたねぇかンな! オッサン! バーナーマンの為に新スぃPETを買いサ…ぶえッくしょーいッ!」
「おい! わざわざこっちを向くんじゃねぇよ!」
今更だがアツキは水を被ってそのまま。
急にその現実が押し寄せ。
「スッかたねぇでねか! こげにオラがズブ濡れになッたンは誰の…びえっくしょんッッ!」
「だから、こっちを向くなっつうの!」
ずびーっと鼻をすすりつつ。
己の有り様をアツキが見直してみると。
「…ふ、服が濡れて…き、気持ち悪ぃだ…」
ズブ濡れになったと既に理解していたのだから、何を今更という確認な気はするけれども。
やっとある程度、自身の事もバーナーマンの事も落ち着いたからこそ際立って感じられるようになったのか、濡れた服への不快感がアツキを襲う。
「いちいち手間の掛かる小僧だな、ったく」
「そもそも、オッサンのせいだべ…ッくしょいッ!」
「分かった分かった、なら土産屋のTシャツくらいは買ってきてやるからよ、上はソイツで取り敢えず凌げるだろ。…タオルなんかもあるだろうしな」
「いや、ど、何処で着替えるだ!」
「あん? 別にこの控え室で構わねぇだろ、野郎のクセにそんなの気にしてんじゃねぇよ」
「やろ…アホかー! オラは女だべ───ッ!」
…えーと…
……んんー?
オ ン ナ ?
「…新手の冗談か?」
「ま、待てこらオッサン! もスかスて、今までズーッと男だと思ッとったンかぁッ!? さっきからオラを小僧小僧言っとるとは思ッていたけンど!」
…恐らくだが。
光熱斗とロックマンも男と思っていた可能性は高い。
「当たり前だろうが! お前のどこに、ひと目見て女だと思える要素があるっつうんだ!」
「ちゃんと胸があるでねぇかぁッ!」
「そんな、カマボコが乗っかっていねぇカマボコ板みてぇな胸だとか、分かるかぁっ!」
「ソレだと完全に真っ平らでねぇか! せめて貧乳とか微乳とか言わねッかぁッ! ……うっ」
……シーン…
「……自分で言ってて、虚しくねぇか」
「……ち、ちッとばかス…堪えただ……」
自らの発言で自分にトドメを刺して一気に凹んだアツキと、そのアツキの発言でこっちまで切ないんだか虚しいんだか、な気分に沈んだヒノケン。
高い双方のテンションが直滑降で下がり、控え室の空気が心なしか冷えた気さえしてくる。
「…オッサン、服…お土産のでエエから頼むだ…タオルも有れば…そこの像の陰で着替えッから…絶対に見るでねぇかンな、オッサン…」
「見やしねぇよ。…ちょっと待ってろ」
ここまでテンションが下がりきってしまうと、直前のやり取りとかどうでもよくなるのか。
素直に服の調達を頼んできたアツキに。
ヒノケンはひとつ息を吐き踵を返し、服とタオルの調達にお城の控え室を後にしていった。
───…
…29%…47%…75%…91%……completed!
『……ん…あ、れ…?』
「バーナーマン! オラの事が分かるだか?」
『…ああ、勿論だぜアツキ。…だけど…俺、一体どうなったんだ? つうか、何処だココ?』
データとシステムを復旧し終えて再起動が実行されたバーナーマンは、目覚めた場所が見慣れない電脳空間だった事に気付き、戸惑いを見せたが。
すぐ飛び込んできたアツキの顔に安堵を覚えたようで、どういった状況なのか問い掛ける。
『ヒノケン様のパソコンのホームページだ』
『って、うぉお急に出てくんなよファイアマン! …ん? 何で俺がオッサンのパソコンのホームページなんかに居るんだ? 確か…お城で試合して…そんで…』
『…その辺りからの記憶データは破損したままだな』
『データ破損? …あー…そういやPETがぶっ壊れそうになったとか、そうじゃねぇとか…』
「…ぶっ壊れたんだっつうの、PET」
降ってきた新たな声。
バーナーマンが、現実世界で身を乗り出しパソコンのモニターを覗き込んでいるアツキの後ろに焦点を合わせてみると、何やら不機嫌そうなヒノケンの姿。
『? …すんげぇ機嫌悪くねぇか? オッサン』
『…お前らの為に着替えとPETを買わされたり、気に入らないキサマの復旧の殆どをヒノケン様がやる事になったんだ。それでその態度とか機嫌が悪くて当然だ』
そう。
あれから今の状況まで何があったのかというと。
まずはPETを新しくしなければ始まらない、という事で二人は一路電気街へと直行した。
そして到着する頃には、元々高い双方のテンションがジワジワと取り戻されてくるもので。
元はといえば、オッサンのせいでPETが壊れたのだから新しいのはオッサンが買え!だの。全部お前の自業自得だろうが、そこまで面倒みれるか!だの。
ジョーモン電気のPET売り場でまた大声でひと悶着を起こし、警備員を呼ばれそうになって結局、渋々ヒノケンの方が折れ。
PETの次は、バーナーマンの復旧を行う為に本来ならば科学省へと向かうのだろうが、ヒノケン自身まだノコノコと進んで出向く気にはならない。
というよりも、炎属性のナビならば自分がやった方が早いとヒノケンの家へ向かったのだ。
着替えにPETにバーナーマンの復旧。
ヒノケンとしては「やってやった」という、あくまで自分が優位の上での思いでいたいが。
結果としては単にアツキとバーナーマンが丸儲けで喜んでおり、これでは全く己の優位性など感じられる事が出来ず、どうにも不機嫌という内情。
『ふーん、そっか。だからアツキの服が違うんだな。そのブリキングのTシャツいいな!』
「そだか? オッサンが選ンだのだけンともな〜」
『…主人が主人ならばナビもナビか、どっちもまず先にヒノケン様に礼を言ったらどうだ』
『あー、悪い悪い。サンキューなオッサン』
ファイアマンはファイアマンで、ヒノケンに対する不義理具合に超絶不機嫌という語気。
しかしヒノケンとファイアマンの機嫌なぞ、まるで気にする様子は無く何時もの調子でバーナーマンは一応、礼らしきを口にする。
「…ま、このナビにしちゃ上出来な方か」
「サンキューだべ、オッサン!」
「お前は、それだけで済む訳がねぇだろ」
「へ?」
───それは恐らく、好奇心に近い感情。
何となく、だ。
何となく───「女」として触れてやったら。
どんな顔をすんのか、見てみたくなった。
微かに混じる、悪戯心。
散々、俺を振り回してくれたんだ。
このぐらいは、構わねぇよな?
「なに…? …ンッ、ン…っ…!?」
アツキがヒノケンの台詞に疑問を投げ掛ける間に。
ヒノケンはパソコンのモニターから目を離し、顔を向けてきたアツキとの距離を縮めて、アツキの無防備な口唇へ自らの口唇を重ねた。
とても短い、触れるだけに等しいような口付け。
けれど、重ね合わせた刹那の感触は。
意外と───キライではなかった。
…ちゅっ…
「……なッ、な…?」
「何だ、そうしてりゃ少しは女らしく見えるぜ」
何が起きたのか徐々に理解を始め。
アツキの頬が分かり易く朱に染まってゆく。
困惑と照れを織り交ぜた顔は確かに、女の子、だ。
「…な、ななな、何ス、て…」
「何って、キスじゃねぇか」
消え入りそうなアツキの声に対して、ヒノケンは更に自覚させる様にきっぱりと答えれば。
それを聞いて、ますます顔を真っ赤にしてしおらしくなるアツキの様子は想像した以上で。
───ココロの中で。
小さな種火が点き、くすぶり始めたように思えた。
その正体が何か。
まだ、炎は生まれていない。
「……あ、ぅ…グスッ…」
「…ああ?」
「…オ、オラ…初めて、だッたンに…」
突然、ポロポロと。
アツキの瞳からは大粒の涙が零れてくる。
「なンに、こげなワケ分かンねオッサンに…グス…」
「はぁ?! なっ、おい、泣くんじゃねぇよ!」
アツキの可愛げある反応。
それを見て多少は揶揄う事が出来れば良かっただけ。
ヒノケンとしては、ただそれだけの算段で不意打ちのキスをしたつもりだったのだが、アツキにしてみれば人生で初めての異性とのキスであり。
まさかヒノケンも泣かれるなどとは微塵も思わなかったが、アツキにしてもファーストキスがこんな形だった事に、自分自身でもショックが大きく。
溢れる涙を制御する事が出来ないでいる。
「…ふ、ぅ…ッく…ひッく…」
「(〜〜〜…っ…どうすりゃイイっつうんだ…)」
未だに涙を零し続けて泣き止む様子の無いアツキを前にして、ヒノケンの内心は狼狽え。
これもまた、"以前の自分"ならば泣かれようが喚かれようが、何とも思わなかっただろう。
だが今のヒノケンには、真に改める一歩を踏み出したココロが。そしてアツキへ向けて燃え揺らいでいるココロが、涙に対して手も足も出ず見守るしかない。
その時。
……キッ…!
急に、俯いて涙を流していた筈のアツキが。
ぐいっと手の甲で溢れる涙を拭い、ヒノケンの顔を真っ直ぐ見据えて力強い目線を送った。
「……」
「な、何だ」
何も言わず潤む瞳でアツキに見詰められ続け。
ヒノケンもまた掛ける言葉が浮かばずに途切れ。
お互いに目を合わせたまま、ヒノケンもアツキも静寂の室内で時が止まったかの様に固まっていたけれど、程なくしてアツキの方が口を開き空気が動き出す。
「……オラ、決めただ」
「…は? 決めた? 何をだ?」
「オッサンには、オラの事を責任とってもらうだ!」
「……はああぁぁああ───っ!?」
何をどう考え、どんな経緯でその結論に至ったのか。
ヒノケンには知る由もない。
しかし、アツキは確かに一つの答えに達したようだ。
「ばっ…馬鹿言ってんじゃねぇぞ、オイ!」
「バーナーマン、プラグアウトだべ!」
『…え…お、オウ! 了解だぜ!』
すっかり忘れ去られていたナビ二体。
ヒノケンのパソコンのホームページから見ていて起こった一連の出来事に対し、主人達のやり取りを眺める他なく、ポカンと半ば放心して立ち尽くしていたが。
アツキに呼ばれて漸く我に返ったバーナーマンは、慌ててプラグアウトを実行してPETへ。
「俺の話を聞いてんのか!」
「聞いてるべ! …オッサンが何をぬかスても、オラはオッサンに責任とってもらうッちゅう事に変わりは無ぇだ! 大人スく観念スるべ!」
「んな事を勝手に決めんな!」
「オッサンには勝手だろうと何だろうと、オラは一度決めたら絶対にやり遂げるかンな!」
はっきりヒノケンに告げたアツキは。
バーナーマンが戻った新品のPETをしっかりと手に握り締め、足が向かい始めた先はドア。
「お、おい!?」
「今日のところは地元サ帰るだ。…だけンと、オラから逃げられると思うでねぇかンな!」
くるりとヒノケンの方に向き直り。
今一度の念を押す宣言をするとアツキは再び背を向けてドアを開け、振り返る事なくバタバタとヒノケンの家を後にする足音が次第に遠くなってゆき。
やがて、玄関の開閉音が響いて絶える足音。
「……な、何だっつうんだ…」
『…ヒノケン様…』
嵐のような青い焔が去った後の室内。
アツキを静止しようとして伸ばした腕を空に浮かべて唖然とするヒノケンと、主人と同じく開けられたままのドアの先をホームページから見詰めるファイアマンだけが残されていた。
───青い焔との出会いから、暫し時は流れて。
この間にアツキからヒノケンに対して何かしらの連絡があった、という事は一切無く過ぎ。
つまりアレは戯言、別れる前に一泡吹かせてやろうとか、そういった意味だったのだと。
その珍客が来るまで、ヒノケンはそう思っていた。
ピーンポーン…!
「…ああ? 宅配便…でもねぇよな」
ピポピポピポピポピーンポ───ン!
「連打すんな! どこのどいつだコノヤロウ…!?」
ガチャンッ!と。
朝からチャイムの連打を喰らい不機嫌なヒノケンは、乱暴にロックを外してドアを開け。
そうして開けたと同時に目の前へと飛び込んできたのは、近所にある高校のセーラー服。
なので見覚えがあるのは当然なのだが。
問題なのは、着ている人物にも見覚えがあるという事に加え、何ゆえそのセーラー服を着てヒノケンの家を訪れているのか、という事である。
「久し振りだべ! オッサン!」
「な…何でお前がココに居やがる! つうか、ソイツは近くの高校のセーラー服だろ! どうしてお前が普通に着てやがるんだ!」
「明日ッから通う事になッたからだなや」
「何ぃ?!」
「ガッコの寮が空いてて良(い)がっただ、まあ空いてねがったらオッサンの家から通ってもオラは構わねかッたけンとも、いきなり同棲ッちゅうのもココロの準備が必要だかンな!」
卸したての真新しいスカーフを揺らしつつ。
いとも簡単にアツキは言ってのけ、晴れた表情。
「……本気かよ」
「言ったべ? オラは一度こうだと決めたら最後まで貫く主義なンだべ! オッサンには、ズぇーッたいに! オラの事を責任取ってもらうかンな!」
ビシィッ!とヒノケンに突き出される人差し指。
この言動には一切の迷いが無いと主張を示す。
「冗談じゃねぇ! 俺はお前みたいなガサツなカマボコ板を、どうこうする趣味は無ぇ!」
「カマボコ板とか言うでねぇッて言ってるべ!」
「うるせぇ! とっとと田舎に帰りやがれ!」
「何をぬかスてるだオッサン。オラが帰る場所ッちゅうたら、此処になるンだべ…よッ!」
「…って、バッカヤローっ!」
…ぎゅむーっ!びったーん!
不意に、アツキとの距離が縮まった。
そう思うと同時にジャンプでアツキに抱き付かれ。
辛うじてアツキを受け止める事は出来たものの、玄関先の段差に半端に足を掛けていたヒノケンは、流石に体躯に優れていてもバランスを崩し後ろに倒れ込む。
「ってぇ〜…こんの馬鹿が……っ…」
ぎゅうぅ…っ…
「ヘヘン…オッサンの事、やっと捕まえたべ。オラの唇を奪った罪は大きいンだかンな!」
ヒノケンの胸元に、しっかりしがみついて。
一点の曇りもない最高の笑顔を向けるアツキ。
「これから…ヨ・ロ・ス・ク、だべ!」
───…クソッ。
不覚だ、それも一生モノの。
コロコロ変わるコイツの表情を、時折。
「可愛い」、だとか思う自分が居ると分かっていた。
…今の、今の笑顔で。
あの時の種火が完全な炎になっちまったじゃねぇか。
「? …何を呆けとるだ? あ、嬉ス過ぎて言葉が出て来ないだか! スッかたねぇだなや〜」
…なんつう都合のいい解釈してんだ。
……へっ。…ま、いいさ。
「オッサン? 話ば聞いて…わ?! …ん、ンぅ…ッ!」
…ちゅ、う…っ…
ヒノケンは何も言わず強引にアツキの顔を引き寄せ、あの時と同じ様に不意打ちのキスを。
けれど初めての時とは違う、味わう深いキス。
触れるだけのキスしか知らないアツキには、その重なりがとても長い時間に感じられる。
漸くヒノケンが小さなリップ音を立ててゆっくりと口唇を離し、アツキの顔を見れば目を真ん丸く見開いたまま、顔を真っ赤にして固まっていた。
「…もしかして、キスの間ずっと目ぇ見開きっぱなしか? ムードの無ぇ嬢ちゃんだな本当」
「……な、なにスンだべ! い、いきなスッ!」
耳に到達するまで赤面し。
ヒノケンから、からかい混じりの笑みを浮かべた顔を見せられたところでアツキの時間は動き出し、再び唐突に奪われてしまった口唇について噛み付く。
「感謝はされても怒鳴られる覚えは無いぜ。…責任を取ってやる、って証みたいなモンだ」
「…へ? …ほ、ほンと…だか…?」
「二言は無ぇよ」
「……へへー…嬉スぃだ…オッサン…」
恥ずかしさと若干の怒り顔から、面食らった呆け顔。
それから。
にっこりと、ヒノケンの胸の上で先程見せたモノ以上に満面の笑みをアツキは浮かべて。
ヒノケンのココロの炎が大きく燃え揺らぐ。
───…チクショウ。
あの時、俺のココロに点いた種火は…
口付けで燃え移りやがった、アツキの青い焔だ。
俺の中に入り込み燃え上がっているのが、分かる。
けどよ、俺はそれを認めても───
アツキに「囚われた」、なんてのは絶対に認めねぇ。
必ず、俺色の炎で染め上げてやらぁ。
俺の女なんだから、な。
「……覚悟しとけよ、嬢ちゃん。…へっ」
■END■
2005.11.11 了
2023.06・旧作から全面リメイク