【Rockman.EXE@】
その約束は10年前に【RE】
◆大学時代ヒノケン(19)と小学生アツキ(6)
EXE6でヒノケンが大卒なのは確定、そしてEXE4であれだけメラメラ祭りに詳しかったら一度くらいは直接行っていて、アツキと会っていたら良いなという10年前の過去妄想なお話
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民俗学、それはその男が通う大学の必修科目だった。
課題として出されたレポートの題材を何にすべきか。
まず取り掛かりとして、あるひとつの地方を対象に民間伝承から文化様式を纏めるその学問は、フィールドワークを主体とするところであり。
現地に赴く、というのが基本であるのは間違いない。
今、旅立ちの準備を行っている───これから更に伸ばすつもりでいるらしい燃える様な赤髪の男は、ニホン東北部へのチケットを最後の荷物として詰める。
地方民俗学に祭事は付き物。男が題材に選んだのは、東北の地に根付く伝統的炎の祭り。
それは確かに、今回の主旨に合っているのだが。
「へっ…ま、こんなモンでイイか」
最低限の荷物に済ませ、申し訳程度のレポート用具。
男にとって、課題はついでのようなもの。
単位の為にとは表向きの名目で。
「誰よりもアツい男は、俺だと分からせてやるぜ!」
その男、ヒノケンは。
メラメラ祭りに参加する気満々であった。
【 それは10年前の出会い 】
「あああ〜ッ! チクショウ! 何が地元の人間しか参加は出来ないだ、バッカヤローっ!」
田畑が広がる、素朴な純ニホン的な田舎の風景。
のどかと呼ぶに相応しい情景に対して、まったく相応しくないヒノケンの怒号が響き渡る。
普通に考えるならば近所迷惑極まりないけれど。
今日は、この土地における最大の炎の祭事である、メラメラ祭りの本祭日となっており。
近隣の村民は皆、祭り会場へと出払った状態。
静かな村は一層静まり返っていて、辺りを見回してみてもヒノケン以外の人影は見えない。
「この地方どころかニホン中…いいや、世界で一番アツいハートを持ってんのは俺だろ!」
誰に向けるでなし、憤りのまま力説するヒノケンの声は、あっという間に蒼天へ掻き消え。
どれだけ叫ぼうが手応え無く吸い込まれる様。
次第にヒノケンは怒りよりも虚しさの方が増す。
「…ま、土着の祭りなんてのは…大概そうか…」
頭の片隅に一応、参加が出来ない覚悟はあった模様。
あったにも関わらず、課題のタイミングとメラメラ祭りのタイミングが重なった事に熱を上げてしまって他が見えなくなり、事前の確認だとかをすっ飛ばし。
こうして東北の地まで来てしまった訳だが。
「あ〜あ、面白くねぇなぁ…」
砂利道を歩いた先で辿り着いた一本の大木。
平屋や水田に畑といった、遠くに連なる山々を除けば平面で構成された景色が広がる中で、この木の高さは異彩と言っても差し支えなく。
怒りに任せて特にあても無く歩いていたつもりのヒノケンだったが、ある時に視界に捉えたその木の事を、無意識に目指していたのかもしれない。
「さっさと帰って、コイツを纏めるか…」
木の根本に、どかっと座り込むヒノケン。
季節は秋だが木は常緑樹であり、緑が映え。
ポケットから取り出した、箇条書きかつ走り書きの文字が刻まれているレポート用紙を広げ、秋晴れの快晴から零れ落ちる木漏れ日に何となく透かしてみた。
すると。
カサッ…カサカサ…
「…ん? …何だ、鳥…?」
葉擦れの音に気付き、レポート用紙を下げ。
見上げて目を凝らせば枝葉の中に、何某かの影。
ガサ…ガサガサ…ッ…
「…鳥よりデカいな、まさか猿とかじゃ……は?!」
ガサッ…ベキ…ベキバキッ! ザザッ!
「「どわああああぁぁああああ───!!??」」
ドサ───ッ!!!
「あいたーッ! あいッツツツ…あー、びッくりスただなや! …って…あンれ?平気だ…?」
「俺が受け止めたからだろうが! お前が平気でも、俺はかなり痛ぇぞ何してんだ小僧!」
ヒノケンが影の正体は何なのか見詰めていたところに、突如として「それ」は降ってきて。
真下に居たヒノケンは反射的に腕を出し受け止め。
途中で細い枝に引っ掛かり勢いを多少は削ぎながらだったらしいが、それでもそこそこの高さからの落下物、体躯に自信はあるヒノケンといえど痛みが走るが大事には至らず済んだ。
落ちてきたのは子猿…ではなく。
腕の中には、小学校に入りたてくらいの少年。
「いやぁ、オラこの木サ登るのが好きなンだけンとも。落っこちたのは、初めてだなや」
あっけらかんと言う様子に反省の色は無い。
下にヒノケンが居て受け止めてもらえなければ、下手をすれば大怪我どころではなかっただろうに。無事だったならそれでいい、というのが窺える気質。
「おっと、礼を言わねッけねぇだな」
「(…一応その辺りは、わきまえてんのか)」
「まンず助かっただ、オッサン」
「誰がオッサンだ誰が! まだそんな歳じゃねぇ!」
「オラからスたら、幾つか知らねッけどオッサンだ」
「ぐぬぬ…こ、この小僧…!」
これ以上の口論はヒノケンの方が抑えたが。
ピキリとヒノケンの額に浮かぶ青筋。
「(ぐぐ…教免を取る気でいたが、小学校だとこんな小僧の相手をする事にもなんのか…)」
「…ちゅうかオッサン、余所者だべ? こげなトコまで、わざわざ何スさやって来ただ?」
不思議と興味津々。
そんな半々が見て取れる輝く眼差しに。
一旦、怒りは忘れる事にして少年の疑問に答える。
「…メラメラ祭りがあるだろ、この村にはよ」
「へぇ、見物サ来ただか」
「……出に……来たんだけどよ…」
「ぶわっはっはっ! マジかね、オッサン! メラメラ祭りは地元の人間スか出れねぇべ!」
「うるせぇな! 今さっき知ったっつうの!」
未だに自分の上に乗っかったままでいる少年に大爆笑されて、額に浮かぶ青筋が復活して。
そのついでに、疑問も浮かんだ。
「…つうか、小僧は祭りに行かねぇのか?」
少年がこの村の人間であるのは明白。
なのに一年に一度という最大の祭事であるメラメラ祭りの本祭日に、会場から離れた場所に居るというのは、ヒノケンから見ても至極当然の疑問であり、質問。
「見ても、ツィッとも面白くねぇだ」
「どうしてだ?」
「ンだって…ここらで一番どころか、世界中で一番アツいハートを持っとるンはオラだかンな! オラが参加出来るようになッたら神輿サ担ぐのはオラだから、見る必要は無ぇだ!」
ヒノケンに向かい、真っ直ぐ言い放つ少年。
合わせた瞳の奥には───
自分と。
自分と本質的に似た様な。
そんな青い焔の揺らめきが、ヒノケンには見え。
僅かに上げてしまうのは、口角。
「…へっ、言うじゃねぇか小僧。…なら、祭りに出れるような歳になったら俺と勝負しな」
「勝負?」
「どっちが本物の世界で一番アツいハートを持っているか、ハッキリ決めようじゃねぇか」
「面白ぇだ、オッサンなンかに負けねぇべ!」
軽い。ヒノケンには、からかい半分の約束。
その少年が本当に真に受けたのかは、分からない。
こんな───果たされる筈なんか。
「さてと、俺はそろそろ行くぜ」
ヒノケンは少年を抱えて身体の上から退かすと。
立ち上がって衣服に付いた土を払う。
ふと、こちらを見上げている少年に改めて目を向ければ、当然だがちんまりとした幼い姿。
どうしてどうして、自分と同じ火を持つ等と感じさせられたのか、からかい混じりとはいえ勝負に値する対等の相手だと思えたのか、まったく可笑しな話。
一度ヒノケンは目を細め。
少年に「じゃあな」と一声掛けて別れようとした。
だが少年はヒノケンが帰るのだと気付くと、何故か慌てた様子でヒノケンの服を掴みだす。
「あ、ちょっと待つだオッサン!」
「あん? 何だ?」
「…オラのバッグ…取ってほスぃだ」
そう言ってちいさな手が指差した先には。
落下した際に取り残されたらしい、肩掛けのバッグ。
ぷらんと、枝に引っ掛かり揺れている。
───…ガサッ…ザッ…
「…何で俺が木登りなんぞを…」
不服そうにブツブツ文句を言いながらだが、言葉とは裏腹、ヒノケンは器用に登ってゆく。
辿り着いたバッグが引っ掛かる枝先は細身の箇所。
ヒノケンが体重を掛けて直接取ろうというのは危険が伴う為、まず軽く枝を揺すってみれば。どうやら少々強めに揺らせば落下しそうな雰囲気。
「おい、直に取るのは危ねぇから落とすぞ!」
「分かっただオッサンー!」
「当たらねぇように、木から少し離れてな!」
「……こンでエエだかオッサーン!」
「オッサンじゃねぇよ!」
指示通りバッグが落下しそうな場所から距離を取った少年を確認すると、相変わらずオッサンを連呼してくる事に最早、呆れと溜め息が出そうになるが。
今はバッグが優先、強く枝を揺さぶるとバッグの肩掛け部分が枝先から外れ、僅かな時。
反動から跳ね上がり、中空に浮かぶ。
目線が合った刹那、バッグに取り付けられていた学校名と名前のタグがヒノケンの視界に。
「(……" あつき "……?)」
そんな名だった風に見えた。
気がした。
「オッサーン! あンがとなー!」
「…は…ああ? …!」
放心していたところに、少年の声が響く。
急ぎ見下ろせば、木から距離を取っていた少年は落下したバッグに駆け寄っていて。すぐさま拾い上げると汚れを軽く手で払い、自身の肩へと下げる。
「そンじゃオラはこれで帰るだ! ンでなオッサン! …また会う時は、勝負だかンなー!」
言いながら。
少年は目一杯、樹上のヒノケンに向かい手を振り。
恐らくそれは振り返すまで、幼い腕を振るのだろう。
ヒノケンが静かに手を振り返してやると、少年は満足気な笑顔を見せて腕を下ろし、ヒノケンがもと来た砂利道へと駆け出して行った。
山を除けば田舎らしい平坦な情景。
それ故、遠く離れても目は捉え続ける少年の姿。
「…"また"は、無ぇと思うんだがな…」
ぽつり、と。
徐々に徐々に小さくなる背を見送りながら、呟く。
「約束」…など、この場かぎりで。
ただ、少年の想いは自分に通じてもいたから。
戯れの上で、何時かの勝負などと言ってみただけ。
…そう思っているのが、本心の筈なのに。
何故か燃えるココロが「それは違う」と囁く。
呟いたのは、そんなココロを打ち消す為だったのか。
この時の二人に、"また"の予感は無かったのだから。
───10年前に結ばれた、炎と焔の約束。
【 10年の月日が流れて、始まる 】
「オラがバーナーマンのオペレーター、火村アツキだべ! ヨ・ロ・ス・ク!」
「あん? 随分チャラチャラした坊やのお出ましだな。それで炎のナビを操るのかよ? どうにも気に食わねぇぜ…」
再会を遂げた、赤い炎と青い焔。
「誰がオッサンだ!! もう一回言ってみやがれ!!」
「オッサン! オッサーン! オッサ───ン!! おーっと、三回も言っツまった! 一回でよかったべか?」
「こ、こ、この小僧…!!」
二人は、約束を忘れてしまっていたけれど。
「どっちが本物の熱い心を持ってるか、俺のナビと勝負して決めようじゃねえか!!」
「炎のナビのオペレーターとして、どっツがふさわスィーか、決定しよっつー訳だなや!! 上等だぁ!!」
運命は、約束を忘れていなかった。
■END■
2006.01.20 了
2023.05・旧作から全面リメイク
・その後の二人:約束の行方と空に溶け合う夏の色