【Rockman.EXE@】
御伽話に見付けたココロと焔
◆二人で、もう一度シェロ・カスティロへ
EXE6の後の冬。なので光一家は秋原町に戻り済、ヒノケンとアツキは才葉シティ住み設定
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「いよース、オッサン!腹も膨れたス、来たからには全アトラクションを制覇スるだ!」
「遊園地ではしゃぐとか、まだまだお子様かよ小僧」
「っとにコレだからオッサンは。遊園地でねぇだ、テーマパークなンだから別物でねぇか」
「どっちだろうが、小僧がお子様なのには違い無ぇ」
園内のレストランから出てきたヒノケンとアツキ。
ここはデンサンシティ初の大型アミューズメントテーマパーク施設、シェロ・カスティロ。
エントランスを抜け、御伽話をモチーフとしたアトラクションが並ぶ中央広場を二人は一旦、通り抜けてメルヒェン広場へと向かい。
レストランで昼食を先に済ませ、これから総てのアトラクションを満喫するのだと意気込むアツキと、そんなアツキにヒノケンは仕方がなく付き合うといった風。
「近いンは吸血鬼の館だけンと…ちゅうか、その屋台って何だったべ?閉まっとるだなや」
「確かアイスだな、冬だから閉めてんだろ」
「なンね、こげな程度の気温で冬だとか。デザートに食べてみてかったけンとな…アイス」
東北で生まれ育ったアツキにとっては、デンサンシティや才葉シティの冬は冬と呼べぬ程度の冷え方だと、またヒノケンが聞かされる事になる季節。
本気でアツキはアイスが食べたかったのだろう。
結構、ガッカリしている。
「…中央広場の屋台はやってるんじゃねぇの、確か焼き菓子か何かだった気がするけどよ」
「ン〜…そンで手を打つだ、オッサンの奢りだべ?」
「昼メシはともかく、そんくらいは自分で買え!」
「ちぇっ、ケチなオッサンだべ」
とは言うが、アツキの表情は晴れた。
気を遣ってくれたのだろうから。
二人はクリスマス仕様に飾り付けられたペーターポンのジオラマを眺めながら、どちらともなく中央広場へ歩み出し、広場を繋ぐ階段を上り始めて。
「それにしても小僧、何だってココなんだ?」
石造りの階段を踏み締めながら、ヒノケンが問う。
何だって───もう一度、シェロ・カスティロへ。
"二人で"訪れたいと言ったのはアツキの方。
「なスても何も…デンサンシティの科学省サ研究報告があっからついて来い、ついでに半日空くからどっか行きたいとこ決めろとか急に言われても、オラそンな場所とか知らンから」
そもそも。
今は才葉シティに居住している二人が、デンサンシティ自体に訪れているのが久し振りで。
何故訪れているのかと言えば、リンクナビ研究の実施は才葉シティで行われているが、研究自体を提唱したのは科学省とオフィシャル。
その為、今回は提唱元への研究報告という形。
と同時に…科学省とオフィシャルは、ヒノケンを元WWW団員だと承知した上で「実力の有るネットバトラー」として協力を依頼しており。
研究の協力には社会復帰と更生の意味も含まれ、研究報告は更生の経過を見る意味も持つ。
まだ、そこまでアツキには明かしていないけれど。
「…ンだから。オッサンもオラも分かる場所っちゅうたらココでねぇか。トーナメント後に楽スむ気だったから、火だるまだ何だで結局一個もアトラクションを見れなかったスな」
「…なる程な」
聞いておいて素っ気ない様子のヒノケンだが。
ココロの何処かでもう一度、二人で訪れたいと。
どうしてなのかは分からない、だから素っ気ない。
「そこの屋台じゃねぇの」
「こンっだけ甘くて良い匂いがスとったら、オッサンにいちいち言われンでも分かるだ」
階段を上がり終えると同時に鼻孔を擽る菓子の香。
すぐ視界に入った香ばしい匂いを振り撒く焼き菓子の屋台は、シェロ・カスティロのHPにプラグインする事が可能なパークエリアへの入り口も兼ねる為。
後から知ったが、パークエリアを大炎上させた自分達の喧嘩の影響で、この屋台は煙を上げてあわや火事かという事態になっていたらしい。
今は、ただ正常に稼働している模様。
「ンで買ってくるだ」
「おう」
階段の傍で待つヒノケンから離れ、アツキは屋台へ。
その背を見送り、ヒノケンは。
何とは無く、科学省での出来事を思い出し始めた。
─…
「火野くん」
「あん?…ああ、光のオヤジさんかよ」
リンクナビ研究の報告を無事に済ませ、更生の経過も才葉学園での勤務態度に問題は無いと認められた為、ヒノケンとアツキは科学省を出ようとしたのだが。
その前に、アツキが手洗いへ行くと言い出し。
ロビーで待っていたヒノケンは不意に声を掛けられ、振り向くと…そこには光祐一郎の姿。
「先生も研究も、順調なようだね」
「へっ…どっかの科学者さんが、俺に更生の機会を与える、とか言い出したお陰さんでな」
プロトを取り巻く一連の事件が解決した際。
WWW本拠地内でパルストランスミッションを行い、フレイムマンとフルシンクロしたままデリートされて気絶していたヒノケンも、他のWWW団員と同じく身柄を確保されており。
回復を待ち、逮捕と世間公表となる筈だったが。
およそ半年後にはヒノケンは自由に外を歩けていたし、世間に元WWW団員の認識も無く。
"何かの働き掛けが有った"のだ、と。
「…君の罪を追求する事は。科学省火災の実行犯が熱斗であり、プログラムに灼熱のデータを実際に組み込んだロックマンも同罪だと、いずれ明るみになる」
「ま、そうなるな。だから黙る代わりに、俺の罪は不問って取引だ。ちゃんと守ってるぜ」
「…親の、身勝手なエゴだと思うかい?」
「さてね…親心、とかいうのだろ。それにしても、不問にするだけでなく研究の協力依頼までしてくるとか、随分と寛大な措置を俺に与えたモンだが」
「私は熱斗と…彩斗に対して、犯した過ちを省み過ちを取り戻すべきだと伝えた。前へと進む為に。…同じ事を、火野くんには出来ると思ったからだよ」
「…買いかぶりが過ぎるぜ」
呆れた風だがヒノケンに浮かぶ笑み。
祐一郎の言う通り、だから。
今のヒノケンは、もう悪事を考えてはいない。
話の区切りに訪れた沈黙の間。
その時、祐一郎の背後に…ひとつの近付く影。
「祐一郎博士。……失礼、お話し中でしたかな。見ていただきたいデータが有るのですが」
「いや、そろそろ…私の研究室で見よう、先に行ってもらえないか?ドクター・リーガル」
「(……リーガル…)」
ダークチップシンジケート・ネビュラの指導者。
ドクター・リーガルとは、そう意味する名。
だが、祐一郎の背後から現れた人物からは闇も悪意も感じ取れず、寧ろ穏やかですらあり。
同名の別人に思える。
しかし確かにその人物は、かつてネビュラの指導者であった。今は…悪へと執着した総ての記憶が失われているけれども。
「では、先に。お待ちしています祐一郎博士」
「すぐに向かうよ」
会話の邪魔をした事を詫びているのか。
リーガルは祐一郎の研究室に繋がるエレベーターへ向かう前に、ヒノケンに対し目を向け。
双眸を細めながら柔らかに笑み、軽く礼をし。
するりと背を向けて去って行った。
演技とは考えられない。
世間に発表された"ネビュラの指導者は居なくなった"とは、記憶を総て失ったという意味。
だからといって。
「…リーガルの処遇も、アンタの決定だって?記憶が無くなったから科学省で使うっての」
「そんなところかな」
「誘拐だ何だされたっつうのに、お人好しってレベルじゃねぇな。…ま、リーガルでも赦すってんだ、俺を赦すのなんか訳無えって事なんだろうな」
「ワイリーもだね。ネットワーク社会の平和の為に必要な技術を…きっと、貸してくれる」
「……マジかよ」
再度、呆れるヒノケンに。
祐一郎は言葉で応えず、それが己の性分なのだからと、少し自嘲の様な思いも混じえた顔。
「…さて、俺の連れがそろそろ戻って来るだろうし。もう俺に話は無ぇならリーガルのところに行ったら良いんじゃねぇの」
「そうするよ、また次の報告の時にでも」
「ああ、じゃあな」
リーガルの後を追う様に踵を返した祐一郎。
そのままエレベーターに向かうものだと。
「……火野くん」
「ん?何だ?」
「更生の芽が、やり直せる芽が有るなら私は信じたい。…けれど、次にまた君が悪事に手を染めた時は…今回の様な措置は取れないと、肝に命じておいてくれ。爆弾テロだとか、ね」
「…へっ。んな事、言われなくても分かってるぜ」
ヒノケンの言葉を聞き、祐一郎は去って行く。
エレベーターに乗るまで、目は自然と追って。
「…余計なこった、俺は…」
あの青い焔が、傍に在り続ける限りは。
自分は…自分は、もう。
「───待たせただな、オッサン!」
─…
「……って、オッサン!何を呆けとるべな」
手洗いから、ではなくて焼き菓子の屋台から。
出来たて熱々を購入して、湯気を纏うアツキが戻る。
「…うるせぇな、ちょっと次の研究プランを練ってただけだ。買って来たなら食っちまえ」
「クリスマス限定っちゅうのを買っただから、ちっとは味わって食べさせるだ、オッサン」
「限定だぁ?」
購入してきたのは、どうやらチュロス。
持ち手の包装紙は赤と緑で彩られて、クリスマス時期の限定である事を示しているらしい。
「このマサカリ姫の伐採チュロスっちゅうンは、普段チョコレートのは無いンだと、冬っぽくホワイトチョコシュガーがまぶスてあるだなや」
「…今、ソイツの名前を何つった?」
アツキが口にした商品名に怪訝そうな顔のヒノケン。
「ンだから、マサカリ姫の伐採チュロスだべ」
「単なるチュロスに、何でそんな名前が付いてんだ」
「パンフにあらすじが載っとったけンと、マサカリ姫の話っちゅうンは大木に囚われた王子を、マサカリ姫が愛用のマサカリで呪いの木を何千本と薙ぎ切って助け出ス話なンだべ?」
「…姫の方が助ける話なのかよ」
「そンの姫が伐採スた木をイメージばスとるネーミング、って事なンだから何もおかスな名前では無ぇでねか。オッサンはもうちっと世界観に浸るだ」
ヒノケンの事を軽く笑い、アツキはチュロスを一口。
辛い物も好むが甘い物はより好むアツキに、チョコレート味のチュロスは気に入った様子。
熱々のトッピングも加わり御満悦。
「一口だけなら、食べさスてやるだオッサン」
もむもむと美味しそうに食べていたアツキだが、ただ自分を待つヒノケンを気にしたのか。
半分近くになったチュロスを差し出す。
「いや、俺は…」
普段なら断る甘い菓子。
けれども、今日くらいは付き合ってやっても。
……ガブッ
「熱ッ!いや、甘ッ!甘過ぎンだろ!…熱っ!」
「アホかオッサン!どんだけ一口で欲張っとるだ、一気に減ったでねぇか!オラのチュロス弁償スて、同じのもう一本買ってくるだオッサン!」
「やかましい!その前にコーヒーだ!…甘…ッ!」
二人がアトラクションに向かい始めるのは。
まだ少し先になりそうな予感。
───…
「うぅ…ブリキング…エエ話だったでねぇか…」
チュロスで無駄なひと悶着あったが。
口の中を整え終え、二人は漸くアトラクションへ。
吸血鬼の館やレチネアの嵐・ザ・ライド等の、主要な御伽噺をモチーフとした世界を巡り。
今は、鋼鉄の戦士ブリキングの生涯を見ながらトロッコ型のコースターで疾走する、迫力満点のアトラクションを乗り終えたところ。
どうやらアツキは、かなりブリキングの物語に感銘を受けたらしく、余韻に浸っている。
「……おいおい、そんなにかよ」
「当たり前でねか、哀スぃけンと…そンだけでねぇ、大切な事が理解出来て良(い)がったとも思える話だべな。この話ば知れてオラ嬉スくもあるだ」
「…お前に、そういう感性が有ると思わなかったぜ」
ヒノケンが茶化す気にもならない感動ぶりに。
この様子では、すぐに別のアトラクションという気分ではないだろう、アツキの余韻が落ち着くのを待つのも兼ね、土産物を扱うショップの前へ。
「はぁ…オラ絶対にブリキングのグッズ買うべ」
「そりゃ勝手に買えばイイけどな」
「何ねオッサンさっきから、あンの物語に感動せンとかヒトのココロが無いンか、全く」
「(───ヒトのココロ…)」
ブリキングの物語は、戦争の為に造られた…感情が、ココロが無い兵器が主人公の物語。
戦争が終わり、兵器としての役目を失ったブリキングは森の奥で小鳥と共に暮らしていて。
けれど、ある時、小鳥は死を迎えた。
なのにブリキングは理解する事が出来ない、兵器であった頃に行った結果が起きただけ。
「……」
「…オッサン…?」
「そう…なのかも、な」
誰が何人死のうが構わないと思っていた、WWW団員だった時の自分にはヒトのココロと呼べるモノが無かったのだろう。ブリキングの様に。
ネットバトルなど瞬間的に熱さを得る事はあった、けれどもココロはずっと火の入らぬ炉に等しく、燃え上がり続ける事など無く冷え。
ココロの在った時など、忘れ見失って───けれど。
"待って!あ、あの…"
"あたしとタコ焼き屋やってくれませんか!?"
"あたし、ヒノケンさんのこと…"
炉の中には、まだ種火が残っていると理解した。
タコ焼き屋の女性を「死なせたくない」と思えた。
ココロはまだ完全に冷えては…いなかった。
初めからココロは無いと思われていたブリキングが、小鳥の事を大切な友だと認識が出来ていたように、ココロの欠片は在ったのだ。
「な、なンねオッサンそげに真に受けて…調子が狂うだ、ちぃと言ってみただけでねぇの」
ヒノケンが大分、神妙な面持ちをしている事に気付き。
言い過ぎたかと気不味そうに取り繕う、アツキ。
そうアツキが言ってくれているという事は、アツキはヒノケンの中にヒトのココロを感じ取っているから、ヒトのココロが無いと言った事を不味く思っている。
今のヒノケンのココロの炉には、炎が在るから。
死を理解が出来ぬブリキングを哀れみ、感情というココロを与えた神様が、ヒノケンにとっては───目の前の小僧だなんて、それは癪だけれども。
「…へっ!ま、反省してんなら許してやるぜ。軽々しくヒトのココロが無ぇとか言うなよ」
「なっ、なンだべなっ、元気でねっか!」
「道徳の授業だ授業」
何時もの調子に戻ったヒノケンに、自分の気不味さや心配を返せと言わんばかりのアツキだけれど、表情には何処か安堵した気持ちも窺え。
ヒノケンはそんなアツキの顔にココロの中の炎が揺らめき、熱くさせるのを受け止める。
炉に入り込んだ青い焔の安堵はヒノケンのココロにも安堵を灯し、青の中から赤い赤い紅蓮の炎が燃え盛り、自分のココロは生きていたのだという実感。
しかし、ココロを取り戻したという事は。
「…サてオッサン、お土産は最後に買うから次サ行くべ。どっか行きてトコがあるだか?」
ブリキングのラストシーン。
感情というココロを得た事で死を理解し、自らの存在意義が何だったのかを理解した事で。
兵器である自身を無くすと同時に、過去を償う為に。
自らの身体をオモチャの部品にしてもらうべく、森を離れ町の工場へ向かう姿で閉じる。
過ちを償うカタチは、それぞれ。
ヒノケンは教員免許を取得し、先生として。
そして、自身の象徴であり最も執着する炎を…世に役立たせる為に研究するという形で、自らが出来る事をもって償いの中に在る。
「……そうだな」
取り戻したココロはヒノケンに罪悪感も蘇らせ。
自らの償いに付き合わせているアツキに、何時かは己の過去を語るべきだとは思っており。
けれど、過去を語った後もアツキは傍に居てくれるだろうか?…もしも…もしも、青い焔がココロの炉から消えた時、再び堕ちずにいられるだろうか?
失うのが怖い。
それもまた、ヒトのココロが持つモノ。
「城に、行こうぜ」
「お城だか?マサカリ姫の」
ヒノケンは、他と同じくクリスマス時期の特別な飾り付けが施された、マサカリ姫が住むお城をイメージした建物へと一歩だけ踏み出す。
例え、喪失の恐怖が有るとしても。
償うと決めたのならば、前へ進む為に───必ず明かすべきなのだと改めて自身に刻む様。
「あンのお城って確かアトラクションだとかでねくて…ネットバトル会場でねがったか?」
「そうだ、空中スタジアムとか呼ばれてんな」
「まあ、外だけでねくて内装もちゃんとマサカリ姫の城っちゅう事で、それらスくなっとったもんな。少し城ン中をプラプラと見てみるンか?」
「そんな訳ねぇだろ」
一歩だけアツキを置いたヒノケンが振り返る。
じゃあ、何を?と言いたげなアツキの顔。
「予約を入れりゃ、城の空中スタジアムでネットバトル可能なんだと。そろそろ時間だ」
「え…オッサン、そンれは…」
「観客席から降りてきて勝負しろ!とか言ってたじゃねえか、果たしてやるよ。…それとも、旅行気分でバーナーマンのカスタムがポンコツか?」
に、と。
口角を上げて挑発する眼差しのヒノケン。
"あの時"の続きを、今だからこそ。
「…バッカな事をぬかスでねぇだ、オラのバーナーマンは何時だって万全だべ。何時でも、オッサンよりオラの方が熱くて強ぇオトコだって証明スっ為に」
「へっ…上等だぜ小僧」
"あの時"と同じく生意気な口を利くアツキの事が、今のヒノケンには…嬉しさすら想える。
マサカリ姫のお城へと歩み出した二人。
赤い炎と青い焔が出会った、はじまりの場所へ。
■END■
◆2003年12月12日からEXE4発売18周年!
2021.12.12 了