【Rockman.EXE@】
紫煙の向こうの近いミライ
◆カプ要素は薄味気味|2人のナビも一緒に日常系
ウチのヒノケンは愛煙家



シュボッ……ジジ…ッ…

ふぅ…っ、と。
深く沸き上がるかの様に吐き出された紫煙が、生み出すヒノケンの姿を薄く覆い隠す光景。
ヒノケンの研究を手伝いに家を訪れ、休憩時となるとアツキには見慣れた光景のひとつで。
心地好く紫煙を燻(くゆ)らす姿をアツキは見詰める。
その視線は、何かを言いたげな。

「…ンだよ、空気清浄機なら点けてンぞ小僧」

そんなアツキの視線に気付いたのか、じっと何も言わずに自分を見ているそれが…煙草の煙への抗議の意だと捉えたヒノケンは、アツキに顔を向け。
指で挟んだままの煙草で、空気清浄機が稼働している事を表す緑のランプを指し示した。
ヒノケンを薄く覆う紫煙は確かにアツキの方には流れず、清浄機が次第に晴れさせていて。

「それは知っとるだ、別の事だべ」
「ふーん、なら何だってんだ?」
「オッサンは…なスて煙草を吸い始めただ?」
「…吸い始め、か」

アツキの疑問を聞くと、ヒノケンは再びの紫煙。
空気清浄機が抑えてくれているが、それでもアツキの鼻腔に独特の煙の匂いが微かに届く。
近くに、ここまでの愛煙家が居なかったアツキは当初、この匂いに慣れずにいたけれども。
今では…この紫煙もヒノケンのひとつだと思う。

「まず、煙草を吸いたくて吸い始めたんじゃねぇよ」
「はぁ?なンねそれ」

紫煙が晴れたヒノケンは煙草を灰皿に。
一本、吸い終えた模様。
そうして返されたヒノケンの言葉に、アツキの疑問は深まったというのか何というものか。
つまり"煙草"以外に、何かの優先的な理由が。

「コイツが使いてぇから仕方がなく、だ」

シュカ…ッ…
…シュボ……ジジッ……キンッ!

「イイ音だろ?」

ヒノケンが示す"コイツ"とは。
ずっと愛用しているらしいオイルライター。
使い捨てのライターでは響かせる事の出来ない金属音は、アツキが聞いても聞き心地好い。
その澄んだ音を聞くに、欠かさずメンテナンスを行い使用している事も窺い知れる音色で。
だが手入れをしていてもゴールドチタンの表面には細かな傷が浮かび、経年劣化は避けられていない…が、それがまた使い込まれた深い味わいを醸し出す。
加えて、そんなオイルライターをごく自然に慣れ扱うヒノケンの所作が…今の世の中では既に、時代錯誤なのだろうけれど。
淀み無さ、少しだけ大人へ向けた憧れを感じる。
…アツキは絶対に、言わないけれども。

「って、然り気無くまた吸うでねぇだオッサン」
「火ぃ点けたんなら吸うだろ、そりゃ」

一連の所作が自然過ぎて反応が遅れたが。
ヒノケンは二本目の煙草を吸い、紫煙を燻らせて。
何処か愉しげに煙を浮かべる様を見ていると、アツキにはやっぱり煙草の方が優先的なのではなかろうかと思ったが、結局は一対なのだろう。
オイルライターを手にしたから。
煙草も手にした、それだけ。

「何だ?吸いてぇのか?小僧」

二本目の吸い終わりが見えた頃、不意に。
にぃっとお決まりの口角を上げて笑みながら、明らかにアツキをからかっている言い方で。
少なくなった煙草の箱をポンポンと掌から軽く浮かせ弄び、まるで「欲しけりゃココから取ってみな」と、挑発している様にも見えるが。
本気で吸わせるつもりは無い筈。

「オラは煙草なンぞ吸いてぇとか思わねぇだ」
「ほー、そりゃイイ子なこった」
「まだ未成年なンだから当たり前でねか。…ンでも」
「あん?」

二本目の煙草が灰皿の中へ。
残り火を許さぬ風にして潰し消し、上がった最後の煙を見届けると目線をアツキに戻して。
交差する…かと思われた視線は。
アツキの方が、僅かに下げ伏している。
それは素直には認められない時の。

「…オイルライター…は、ちっとだけオラも持ってみてなって…ほ、ホントにちっとだけ!…オッサンが使っとるのを見とると…思っただ」

掌に収まる、小さな金属塊。
だが炎を生み出すそのガジェットに詰め込まれた魅力の片鱗を、アツキも感じ取っていた。
実際アツキは吸える年齢になっても、煙草を吸いたいとは思わないと自身で思っており。
だのに、そう、思っていても───
年月を共にして味わいが刻まれたオイルライターは、それもまたヒノケンだけが持つ炎。
羨ましさが、滲む。

『ハハハ、イイじゃねぇの。オイルライターの良さを分かってくれるってのは、歓迎だぜ』
『…小僧には似合わねぇし、不相応だろ』
『ヴォウン…ヴォ?』

この話題になった時、モチーフになったヒートマンの機嫌はすこぶる良くなるし、ファイアマンは妬いているのか機嫌が悪くなるし、フレイムマンは二人の兄の機嫌の違いに疑問符。
研究用のパソコン内で休憩していたヒノケンのナビが、主達の会話を聞いて話し掛ける。

「ちゅうても、煙草ば吸うつもりねっから…」
『使わねぇがコレクションしてるってヤツも居るからよ、小僧はそれでイイんじゃねぇ?』
「…コレクション、だか」

自分の想いを肯定してくれたヒートマンに向けて話を進めたアツキに対し、ヒートマンは更に気を良くしたのかコレクションという形を提案して背中を押す。
その提案に、アツキも満更では無さげ。

「まあ、俺も進んで吸えとは言わねぇよ。吸える歳になってから考えりゃイイだけの話だ」
「…あと数年先、だなや」
「ああそうか、そんなモンか。…酒もそうだよな」

アツキが"少年"でなくなるのは数年後。
煙草もそうだが…飲酒も解禁する。

「煙草よりかは酒の方が誘い易いな、飲める歳になったら飲みに行こうじゃねぇの。小僧」
「…いい、けンど」

今日のヒノケンは随分と機嫌が良いらしい。
軽率に、そんな約束を言い出してしまう程に。

「もしベロベロに酔っ払っても介抱はしてやらぁ。…酒が弱いのは、ウチにも居るんでな」
『なっ?!えっ、ヒノケン様…し、知って…!』

ちらりとヒノケンの目線がファイアマンへ。
誰の事なのか…そういう事であり、パソコン内のファイアマンが明らかに狼狽えてしまう。
ヒートマンから、通り掛かった電脳ひな祭りで電脳甘酒を飲み、とんだ絡み酒を発揮したらしい事は聞いていたが…何も言われなかった為、ヒノケンは知らないと思っていたのだ。

『え、酒弱いのかよファイアマン。ダッセェ』
『ンだとバーナーマン、この野郎!お前も小僧と同じく酒はまだ飲めねぇ年齢のスタイルなんだから、俺よりベロンベロンに酔っ払う可能性はあるだろうが!』
『そもそも、どんな量でどう酔っ払ったんだよ』
『…う…それは…』

同じパソコン内で共に研究作業をしていたバーナーマンに、酒が弱い事を知られてしまい。
案の定で馬鹿にされ、オペレーターの年齢に合わせたスタイルからバーナーマンもアツキと同じくまだ飲酒は出来ず、酔い具合は未知数であると言い返すが。
よりにもよって、な問いが来てしまった。

『電脳ひな祭りの電脳甘酒を何杯か飲んで、お内裏様に絡み酒をやらかした挙げ句、ボンボリにファイアアームをぶっ放そうとしたんだぜ』
『は?甘酒?ギャグかよ、超ダッセェな』
『オメェは余計な事を言うなヒート!つうか、何でヒノケン様が知ってんだ!あの時、一緒に居たのはオメェだから…ヒノケン様に言ったのもオメェだろ!』
『しょうがねぇだろ、暴れだしそうだったからソッコーでオヤジに連絡を入れて、プラグアウトを頼んだんだよ。…オヤジが介抱したのも覚えてねぇんだな』
『はぁっ!?な、何ィっ!?』

てっきりファイアマンは、自分の酒の弱さをヒノケンが知っているのは酔いが落ち着いたところでヒートマンが報告したものと思い込んでいたのだけれど。
介抱したのがヒノケンとなると、完全に酔いが回った状態を見られてしまった事になる。
それも、覚えていない。

『…あの…とんだ醜態を…ヒノケン様…』
「別に気にしてねぇよファイアマン」

ヒノケンの方に向き直り、手間を掛けさせてしまったであろう旨を詫びるファイアマン。
申し訳無さげな様子はヒノケンだから見せる態度。
それを理解しているヒノケンは、僅かに目を細め笑んで気にしていないと柔に告げて。

「人間が一人一人酒の強さが違うのと同じで、ナビもカスタマイズの結果で電脳アルコールへの耐性が違うんだろうよ、ファイアマンの構築はちょいとばかし相性が悪かったんだな」
「ふぅン…そげな事もあるンか」
「そこまで見越してカスタマイズはしねぇから、起動後に予期せず出た個性とでも思えばいい。俺が納得して完成させた結果だ、つまりは俺の責任なんだから迷惑とか思わねぇさ」
『ヒノケン様…』
「ちょっと気を付けりゃいい。な?」
『…はい、ヒノケン様』

俯いていた目線をヒノケンに向け上げ。
ファイアマンはキチンと主の目を見て応える。
まだ少し複雑さはあったが。
想定外の事が起きた自分の事も受け入れてくれるヒノケンの姿勢に、感謝を込めた返事を。

「そンなら、オッサンのナビでもヒートマンとフレイムマンも酒に弱いっちゅう事ではねンだべな。それぞれのカスタマイズで相性が違ってくるンなら」
「そうなるな」
「…フレイムマンとか、飲むとどうなるンだべ?」
『ヴォッ?ヴォヴォッ、ヴォウ!』

兄達とヒノケンのやりとりを大人しく、つまりは余りよく理解していないのだろうが…見守っていたフレイムマンが、アツキに名前を呼ばれ。
同じ炎のココロを感じ取ったからかフレイムマンはアツキに対して、とても懐いており。
何か用?構ってくれる?と、嬉しさを含んだ反応。

「さぁてな、何となくだがフレイムマンの場合はスンナリ酔い潰れて寝ちまう気がするな」
『おお、カワイイじゃねぇの。流石は俺の弟』

兄貴とは違う、まではヒートマンも飲み込む。

「ヒートマンは飲んだ事はないンか?」
『学園に赴任した時の親睦会なんかでナビにも電脳アルコールが出たから飲んだぜ、まあそんな多く飲んだ訳でもねぇし、普通に気分が良くなって酔ったなぁとかそんな感じだな』
『何だ、つまんねぇぞヒート』
『ホントだな、普通で超つまんねぇ』
『つまんねぇって何だ!つうか、こんな時だけ兄貴もバーナーマンも結託すんなオラァ!』

「……やれやれ」

シュカッ…

賑やかなナビの様子に、伸びる三本目の煙草。
この先のミライも、きっとこんな日常。
「今の」ヒノケンには大切なナビ達が居て。
傍らには。

「オッサン、今日はよく吸うだなや」
「機嫌がイイ時に吸う煙草は格別に旨いんでな。…吸い終わったら、研究の続きに戻るぜ」

ゆっくりと紫煙を燻らせる。
辿り着けるとは思わなかった「今の」時間を噛み締めるかの様に、幽かに「過去」を想って。

「……ああ、そうだ小僧」
「どスただ?オッサン」

吸い終えた煙草をギュッと灰皿に。
研究作業へと戻る姿勢を見せ始めたと思ったが、その前にヒノケンはアツキに伝える事が。

「お前の二十歳の誕生日に、俺を予約させてやるよ」
「…は?な、なンね急に」
「初めてのオイルライターと、旨い酒も付けてな」
「……オッサン」

ずっと先のミライの事は、よく分からないけれど。
紫煙の向こうの近いミライなら、少しは分かる。

「…楽しみに、スておくだ」
「…へっ。…よっしゃ!続き始めんぞ!」

『了解ですヒノケン様』『オウヨ!』『ヴォッ!』
『しゃーねぇな、手伝ってやるぜ』

どうせ、飽きもせず。
一緒に居るのだろうから。

■END■

2021.05.15 了
clap!

- ナノ -