【Rockman.EXEA】
届く声は二人だけの世界の為に
───ゴウン、ゴウン…ガガガガガガッ!

「〜〜〜っかぁああ! うるせぇ! 急に工事すんな!」
『…一応、断りの知らせは来ていましたがヒノケン様。…しかし確かに、酷い騒音ですね』

パソコンに向かうも全く集中が出来ないヒノケンと。
傍に置かれたPETから主人に対し、控え目ながら工事の予告は以前からあった事を伝えつつ、ヒノケンが集中出来ない原因である騒音に同意するファイアマン。
今日は才葉学園での授業は早く終わる日であり。
ヒノケンは自身の電脳世界における炎研究について、自宅での作業を進めるつもりでいた。
しかしながら近所での大掛かりな工事と被ってしまった上に、騒音具合も相当な大きさ。
これならば才葉学園の第一研究室の方が良いのだが。

「はぁ…学園は全面メンテ中で使えねぇってのによ」

それが可能ならば、そうしている。という事。
第一研究室のパソコンも一時的にメンテナンスで使用不可の為に、自宅作業となったのだ。
ガシガシと頭を掻いて一切、進まないパソコンの研究データ画面に苛立つヒノケンを、困ったように見守る事しか出来ないでいるのはファイアマンのみ。
ヒートマンとフレイムマンは結構な量の資料とデータ収集をヒノケンから頼まれ、インターネットにプラグインしているので、暫くは戻らないだろう。

『(ヒノケン様と俺だけってのは良いんだが…)』

ファイアマンの想いとしては、自分とヒノケンだけという状況は素直に嬉しいものの。今の騒音がヒノケンに与えている悪影響を思うと喜ぶばかりではいられず。
主人の気が紛れる事も願いながら話し掛ける。

『…あの、ヒノケン様。それなら図書館だとかは…』

ズガガガガガッ、ガリガリガリガリッ!

「ああ? 何だってファイアマン、メールか?」
『い、いえ違います! …ええっと…』

いっその事、第一研究室でも自宅でもない場所での作業を勧める提案をしようとするも。
ひときわ大きなドリルと思しき工事の音とファイアマンの声が被ってしまい、ヒノケンと意思疎通が出来ず、慌ててメール着信ではないと否定すると。
騒音がマシになるタイミングを見計らい、改めて。

…ガガッ、ガガガガ…キュイン…ッ…

『(…よしっ)…ヒノケン様、このまま家で進まないくらいなら図書館だとかに行かれては…』
「…ソイツは確かにそうだぜ、ファイアマン」
『(えっ…な、何か不味かった…のか?)』
「だけどなぁ…」

今度は正しく伝わった模様。
しかし返すヒノケンの声と表情には明らかな難色。
余計な事を言ってしまったのか? ファイアマンは主人の様子に強張るが、息を呑み待つ。

「家と研究室以外で作業はやりたくねぇな、研究データが漏れないって保証は無ぇからよ」
『あっ…』

ヒノケンの言葉にファイアマンは瞬時に恥じ入る。
解っていた「つもり」でしかない事を言ってしまった。
どれだけ今のヒノケンが、自らの研究に対し熱意を持ち大切にしているのか。真に理解しているのであれば、安全性に確信のある場所以外での作業を勧めたりしなかった筈だから。

『…申し訳ありませんヒノケン様、短慮でした』
「へっ…そんな重く考えんな、苛立ってるくらいなら場所を変えろってのは、その通りだ。お前は俺に、何も悪い事も間違った事も言ってねぇぜ」

ココロから申し訳なさそうな声に、ヒノケンがPETへ目を向けると。画面には目線を合わせられないであろう意味を含めて頭を垂れるファイアマンの姿。
ヒノケンにはファイアマンに対して咎める気持ちは無かったのだが、苛立つ様子を何とかしようとして裏目に出てしまった事を、必要以上にファイアマン自身が責めていると気付き。
心遣いの提案に否は無かったと伝えると。
少しココロが軽くなったのか、静かにファイアマンは顔を上げてヒノケンと向かい合う。

『ヒノケン様…ありがとう御座います』
「礼を言われる事でもねぇさ」

───ゴウン…ゴウッ…ドガガガガガガッ!

「…って、それはそうと。どうしたモンかね」
『そうですね。音…音をどうにか…』

主従の良い雰囲気を遮る工事の騒音。
これが解決しなければ結局、研究作業は進まず。
今一度ファイアマンは、場所を変える以外の騒音を抑える方法が何かないものかと模索。
記憶データを遡っていると───ある日の事を。

『…ヒノケン様、あのイヤホンはまだありますか?』
「イヤホン?」
『ジョーモン電気のキャンペーンバトルに勝利して貰った、高性能だというイヤホンです』
「…アレか、あったなそんなの」

ファイアマンがヒノケンに存在を思い出させたのは、デンサンバトルトーナメントの予選前日に立ち寄ったジョーモン電気での、キャンペーン賞品。
対象のノーマルナビに勝利すれば高性能を謳うイヤホンを貰えるとの事だったが、当時の。
今とは違う「あの時」のヒノケンであれば、電気屋のノーマルナビに勝利するなど当たり前であって大して熱くなれる訳でもなく、普通は興味を示さなかった筈。
けれども参加する事にした、それは。

「マトモにトーナメントへ参加する気なんざ無かったが、プロトのアレコレで暫くネットバトル自体が出来なくてよ。リハビリって事でやったヤツか」
『……そう、です』

軽く言ってくれる言葉は、無駄に話を重くしない為のヒノケンなりの配慮かもしれない。
だがファイアマンの背には冷たい感覚が走る。
"プロト"と聞くと、思い出してしまう光景。

『(…本当に、ちゃんと戻れるのか…って…)』

フレイムマンを伴い、WWWのアジトへと向かった主人の帰りを待つファイアマンのPET。
それが前回の起動から暫くの日数が経って電源が入れられ。そして、起動したのがオフィシャルの人間だった事で察した。主人とWWWの計画は失敗したのだと。
だが無事で居てくれさえすれば、それで良い。
長い長い懲役が待つかもしれないが。…そう願ったファイアマンに知らされたのは、それ以上の問題。パルストランスミッション時のフルシンクロ中に、デリートという事態に陥り。
ヒノケンを始めとするWWW団員の精神は、崩壊したプロトの残骸内に取り残されてしまったというのだ。ファイアマンにとってはプロトの脅威などよりも深い絶望。

『(…あんなヒノケン様、は…二度と見たくねぇ…)』

どれだけ呼んでも生きているのに抜け殻の主人。
ずっとこのままなのかと、何時しか呼び掛ける事を止めて静かに見守り続けて日々は流れ。
やっと、やっと望んでいた報が飛び込む。
WWW団員、全員の精神データが見付かったと───

『(後遺症とか、ありゃしねぇか心配したが)』

そうした憂いは良い方向で裏切られた。
目覚めて間もなく、入院を他の団員よりも早くに切り上げたかと思うと、オフィシャルと科学省に対し、科学省火災の実行犯が光熱斗とロックマンである事を盾に放免をもぎ取って。
すぐさま新たな犯罪組織を立ち上げ爆弾テロの計画まで動いた、その一連は「あの頃」のヒノケンのままであり、ファイアマンも新たな計画に付き従って。

───その後の主人が選んだ道は意外だったが。

パソコンデスクの引き出しを漁り、イヤホンを探すヒノケンを見詰めながら、ファイアマンは当時の記憶データを回想する事を止める。苦く、二度とあってほしくはない記憶だが。
それでも、忘れ消し去るのは違う筈の記憶を。

ガタガタ…ガサゴソ…ガサッ…

「あったあった、コイツだな」
『…あとはどこまで防音するのか、ですね』
「だな。…ん、認識と登録が必要なのか、どれ」

キャンペーンを行っていたナビは賞品のイヤホンが高い防音性を誇ると言っていたが、実際どこまで外部の音を遮断するのか、今まで一度も使用した事が無く。
ヒノケンがイヤホンをパソコンのイヤホンジャックに繋いで認識と登録を行い、両耳に装着する様子を眺めているファイアマンは緊張の面持ち。

「…おっ、スゲエな騒音が全く聞こえなくなった。高性能だなんて言うだけの事はあるな」
『本当ですか? 良かったですヒノケン様』
「よっしゃ、作業作業っと」
『(…ん…? 何だ、違和感が……ああ、そうか)』

ネットバトルの勝利を求められるとはいえキャンペーン賞品、無料を前提にもしているイヤホンの防音性を、提案はしてみたが不安もあったファイアマン。
だが装着したヒノケンの口からは性能に満足する旨の発言が聞かれ、安堵したのだけれど。
即座に作業に戻り始めたヒノケンに覚える違和感。
その正体はすぐに理解が出来た。
周りの音は完全にシャットアウト、キャンペーンのナビのこの言葉が正しいのであれば、ヒノケンはイヤホンをパソコンに繋いで外部の音を遮断している。
故にファイアマンが掛けた言葉も完全に遮断されて気付けず、普段ならば短くとも返答するであろう一言もファイアマンには返さず作業へ戻ったからだと。

『(…仕方がねぇさ、ヒノケン様が研究作業に集中出来るようになるのが最優先…だよな)』

当然ながらファイアマンは寂しさを思う。
けれども、主人の研究作業環境を整える手助けが出来たのだからナビとしては正しい行い。
真剣な眼差しでパソコンに向かい、集中して作業を行うヒノケンの姿が見れる事に喜ぶべきなのだ。そうして傍に控えて見上げる横顔に、惚れ惚れしている事なども気付かれない筈。
WWW団員であった頃からは大きく変わった主人。
けれどもファイアマンは、どんなヒノケンであろうと傍に在り続ける事を変わらずに誓う。
今の、研究と先生に忙しくする主も愛して───

……カチッ…
"イヤホン認識…登録…データ作成完了"

『…? ヒノケン…様?』
「あんまり無音でも落ち着かなくてよ」

不意にヒノケンがパソコンのイヤホンジャックからイヤホンを引き抜いたかと思うと、ファイアマンのPETに繋ぎ直してPETにイヤホンを認識させ。
登録が完了すると、ファイアマンの聴覚プログラムにも対応して工事の騒音を含めた外部の音が完全にシャットアウト、本当にヒノケンの声だけが届く。

「元々、PET接続向けのイヤホンだしな」
『…ですが。俺の声が邪魔になりませんか? …いや、必要以外の時には黙っていますが…』
「そんなモン思った事なんか無ぇっての」

不必要な心配をしているファイアマンに。
呆れ混じりなヒノケンの笑み。

「寧ろ、お前の声を聞かせろよ。俺の為の声を」
『ヒノケン様…』

…ゴォオオオオッ…

「お前の炎の揺らめきまで、よく聞こえるぜ。…ナビと二人だけの世界が味わえます、か」
『二人だけ…ヒノケン様と俺だけ…の…』
「何だ? イヤだったか?」
『まっ、まさか! …そんな事…俺が思う訳が無いと、ヒノケン様も解っているでしょう…』
「へっへっ…そうだよな、解ってるに決まってる」

主人の意地悪に困ったようにしながら。
返す言葉には自らの忠誠や敬愛や、純粋な恋心が伝わっていないのかと僅かに咎めた様子。
少し意地悪が過ぎる事を言ってしまったか。
感じ取ったヒノケンは、言葉は普段通りだけれども。
PETの画面に指先を寄せて現実と電脳の隔たりを理解しながらも、だからこそファイアマンの炎ごと頭を撫でてやるように指を滑らせてゆく。
こんなの、二人だけの世界だから。

「…さぁて。続きは研究作業が終わってからな。ダルスト系のデータを出してくれねぇか」
『は、はい! ……これで全部です』
「ん〜…フレイボー系のデータはあるか?」
『フレイボーですか、あまり多いウイルスではなかったので他より乏しいですがコレです』

主人の言う「続き」とは何が待っているのか。
ココロの炎をユラユラと高鳴る鼓動の如く揺らしながら、ヒノケンの研究をサポートするファイアマンは───後で気付いてくれるだろうか、口にしなかった想いをそっと浮かべる。
どれだけの騒音の中でも、ファイアマンはヒノケンの言葉を違わず聞き取れていたのだと。

『(…俺には、ヒノケン様の声ならイヤホンなんか無くても届いていますよ。俺の声がヒノケン様の為の声であるように、ヒノケン様の声は俺の為の声…なのだから)』

ナビの聴覚プログラム性能どうこうの話ではない。
人間と同じ、ココロを持っているからこそ。
従者の静かな独占欲。
何時でも世界を、貴方と二人だけに。

■END■

2024.03.21 了

◆祝・ロックマンエグゼ発売23周年!
EXE3のエンディングで、プロト戦から四ヶ月後の熱斗くんの独白だと、WWWアジト調査→精神データ発見→保護→入院後に取り調べという流れみたいですが
精神データの捜索中も身体をアジトにそのままかな?流石に先に病院収容とかしておいて、それから精神データを見付けて戻したとかではないかな?
と、思ったので。お話ではそんな流れになっています
四ヶ月後の時点で保護までだから、入院と取り調べはこれからみたいなんですよね。精神データを探すのに数ヶ月っていうのは分からなくもないけれど
その間、身体を発見しておいてアジトにそのままっていうのは、やはり考え難いかなって
clap!

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