【Rockman.EXEA】
リボンの下の赤い独占
ああ、良かった。
白猫は今朝も自分の隣で眠っている───

「…ンにゃ…スー…スー…ッ…」
「……へっ」

目覚ましのアラームをセットせず、普段よりも遅い目覚めが許されるのは休日の朝だから。
自然と先に目を開いたのはヒノケンの方。
意識が目覚めを自覚すると同時に真っ先に確認するのは、隣で眠っている筈のアツキの事。
少し布団を捲って、より白猫の姿を見ようとすれば。
まだ二月の冷えた空気を感じ、夢の中に居ながらヒノケンへ身を寄せて熱を得ようとして。
愛猫の仕草に、安堵混じりの声を漏らす。

「…お前は俺の猫だ、ずっと」

そっと指先をアツキの頬へ。
起こすつもりも無いが、簡単には起きないだろう。
昨晩だって激しく交わり自分の赤い炎を焼き付けた。
それでも、目覚めた瞬間のヒノケンには一抹の不安が過る。隣にアツキが居ないのではと。
所有しているつもりで囚われている、猫の魔力。
だから、ある日。本当にアツキが魔法のように消えてしまったとしても───世界の果てであろうが、きっと探し出す。地獄の業火の中でも構いはしない。
…その炎は、どれだけアツいのだろうか?

「"世界の あの火この火"にも収録されてねぇからなぁ。…俺は、いずれ行くんだろうけどよ。地獄なんつうのが本当に在るってんならの話だがな。…へっ」

今でこそ先生であり、研究者の卵であるが。
過去のWWWへの所属はアツキに伝えておらず。
猫に伝える必要など無いからとヒノケンは自身を納得させているけれど、本心では恐れているから言い出せないと解っている。アツキが離れるのでは、と。

「ン…ン、オッサン……ふにゃ…へへン…」
「…どんな夢を見てんだか」
「ンや…むにゃ…ぐぅ…」
「…近い未来、白猫を飼って暮らしてんぞって言っても、"あの頃"の俺は信じねぇだろうな」

猫の存在を、より確かめるように触れる猫耳。
昨晩の性交の余韻のせいか、頬とは異なりアツキは触れられてピクンと猫耳と身体を反応させたが、休息を求める方がまだまだ強い。起床には至らぬ模様。
静かにヒノケンは息を吐き、柔らかな白を愛でる。

「…ん? …何か足りねぇと思ったら外してんのか」

フカフカの猫耳を優しく撫でながら目線をアツキの首元へ下げた際に、少しだけ感じた違和感の正体が何なのか、ヒノケンは僅かな時間を要したけれど。
首輪の代わりの赤いリボンが巻かれていないのだ。
何処にやったのか寝返りなどで外れてしまったのか、布団の中に紛れているのかそれとも───そこでふと、アツキ越しに視界へ飛び込んできた存在。

「へっ…セックスの後の風呂前に外して、ヤり疲れて巻かずに寝たってところだなコレは」

赤いリボンはナイトテーブル上に置かれていた。
明らかにアツキ自身が外して、猫なりに丁寧に置こうとした形跡。其処に存在している理由は、恐らくヒノケンの推察で殆ど合っているに違いない。
明確な首輪で繋ぎ留める事はせず、自分の炎の色である赤いリボンを緩く結ぶ事で飼い猫の証を提示したのはヒノケンから。緩くとも所有の効力は変わらず。
その、赤いリボンが外れていると察知した。だから───今朝は、余計に不安だったのか?

「…まったくよ、この…ヒノケン様が。…へっ」

我ながらの執念に、自嘲の笑み。
ちゃんとリボンを結んでやらなくては。

「いや…その前に、だな」

身体を起こしてアツキの向こうの赤いリボンに手を伸ばそうとしたヒノケンだが、何かを思い付いた様子で手を止め、起こさぬようアツキに軽く覆い被さり。
今となっては珍しい、リボンの無いアツキの首へ口唇を寄せて吸い付く。配慮はしたが起きてしまっても構わない、そうした意思が窺える程に強く残す跡。

ちゅうっ…ぢゅっ…

「…ふ、ぅ…ッ…? …ンにゃ、あ…」

本当に起きてしまいそうな気配もあったが。
アツキは反応を示したものの、目覚めはせず。
ヒノケンはアツキの首筋をひときわ強く吸い上げて仕上げとし、名残惜しげに口唇を離す。

…ちゅ…っ…

「へっへっ…小僧は気付くかね」

綺麗に付けられた、猫への独占のキスマーク。
改めてヒノケンはナイトテーブルに向けて手を伸ばし、赤いリボンを手にするとアツキの首に巻き。普段通りの緩さで結んでやればキスマークは隠れたけれど。
リボンの緩さ具合を思えば、ふとした拍子に覗き見えてしまう可能性は充分にあるだろう。
だが、それもまたヒノケンには想定済み。
見付かったのならば、それはそれとしてアツキが何と言ってくるのか愉しみにすら思える。
猫は文句をつけるに違いないが、きっとその表情には何処か満更でもなく恥じらう想いも混じっているのだろうから。そう考えるだけで自然と上がる口角。

「…すぐ、消えちまうんだろうが」

赤いリボンの上から優しく撫でる赤い跡。
今は独占が出来ていても、ひと時の儚い跡。

いっそ、火傷のように永遠に残せれば、と。

過ぎった思いをヒノケンは振り払う。
傷のような残し方は───「今の」自分には違うのだろうし、アツキの身体に残すのも違う。
赤いリボンの下、赤いキスマークのもっと奥底。
アツキが持つ青い焔に、赤の炎を刻み込む。

「にゃう…ンにゃ…にゃ…オッサ、ン…」
「へっ…俺も、もう少し寝るとするかね」

愛猫の幸せそうな寝顔と、今をもって不本意な呼ばれ方ではあるが自分を呼ぶ声に誘われ。
ヒノケンは再び身体を布団の中に潜らせると、アツキの身体を抱き寄せて瞼を閉じ夢中へ。
どう足掻いても、白猫を離す事などは出来ない。
アツキの青い焔が自らの赤い炎に触れる心地をヒノケンが感じるのは、きっと猫が持つ蕩けるような体温のせい。所有し合い、独占し合い、離れない離さない。
一人と一匹の、これも運命のひとつのカタチ。

■END■

2024.02.29 了

◆猫の日に遅刻したので閏日に◎
clap!

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