【Rockman.EXEA】
貴方の為に淹れる朝のコーヒー
───Pi…

『……ん…起きなきゃならねぇ時間か』

今朝も主であるヒノケンが設定した時刻に誤差無く起動し、目覚めたファイアマンの声。
ベッド傍のナイトテーブル上に充電を行いながら置かれたPETから、遮光カーテンの向こうの朝日を僅かに感じる以外はスリープモード前と変わらぬ寝室を、一度ゆっくり見渡すと。
まだ、夢の中の主に目を向ける。

「…すー…すーっ……んんっ……すー…」
『(…起き…られた訳ではないな)』

規則的な寝息の中で起きた揺らぎに。
ファイアマンはすぐさま反応し、ヒノケンが起きたのかと思ったが。布団が大きく動く気配も無く、目を閉じ眠り続けて寝息も再び規則性を取り戻す。
それに対し安堵する想いのファイアマン。
才葉シティで送る新たな生活はWWW時代の頃とは一変しており、充実もしているが教師と研究者の二足をこなすヒノケンの日々は忙しく。
アラームを鳴らすギリギリまで休んでいてほしい。それは主人へ向けた従者としての願い。
だが、同時にファイアマンには。

『(…このヒノケン様を見れるのは、俺だけだ)』

ヒノケンの為にアラームを鳴らす五分前。
それがファイアマンが起動し目覚める何時もの時間。
ヒノケンの為にアラームを鳴らすまでの五分間。
主の眠りを静かに見守る、ファイアマンだけの時間。

いや、主であり───恋慕する相手として。
自分だけが見る事の出来る今だけのヒノケンの無防備な寝姿、独占しているのだとココロの炎は喜びに浸り揺らめき、ささやかな幸せを噛みしめる五分間。
今日も、あと少しでアラームの時間が来るけれど。

『(…偶に、俺より早く起きられるんだよな…)』

ファイアマン自身やPETにエラーが発生しない限り、起きる時刻に狂いが生じる事は無いファイアマンと違い、ヒノケンの目覚める時間は必ず同じ訳ではなく。
何時もの時刻に起動して目を開けた時。
既に起きてPETを、PET内の自分の事を見詰めていた主と目が合い慌てる時も稀に起こる。

─…

「起きたか? お早うさん」
『ヒ、ヒノケン様っ…先に起きて…』
「今日は俺の勝ちだな、ファイアマン」
『えっ…』

何時から起床の早さ勝負という事になっていたのか。
いや、主のただの戯れなのだろうけれど。
そうして笑う顔を見る事も出来るのは自分だけだと思えば、朝からココロの炎が揺ら揺ら。
更には。

「お前の寝顔、結構カワイイな」
『かっ、かわっ…?!』

なんて言い出されては揺らぎも大きくなるしかない。
戯れの戯れ、口角を上げる笑みは悪戯な。

『おっ、俺にカワイイだとかは似合わないです!』
「そうかぁ? ギャップがイイってヤツだろ」
『そ……んな事は…』

困った様子を見せて誤魔化した。
本当は、『それはヒノケン様だって』と。
寝顔を見詰める五分間に抱いているファイアマンの想いは、決して主には言えないヒミツ。

─…

「…んが…すー…」
『(今日は、俺の勝ちですねヒノケン様)』

五分間の終わり。
起床のアラームを実行するのも主の為の役目。

…PiPiPiPiPi…PiPiPiPiPi…

「…ん…ぁ…っと、朝か」
『お早うございます、ヒノケン様』
「おう、お早うさんファイアマン」
『アラームは、もう止めてしまって構いませんか?』
「ああ、二度寝はしねぇよ」

身体を起こして自分に目を向け答えたヒノケンに従い、すぐに煩わしいアラーム音をファイアマンが止めると、寝室内は朝の活動を始める空気。
ヒノケンは、ひとつだけ欠伸をして夜と別れ。
才葉学園へと向かう支度を整え始めた。

───…

……Pi……HEATMAN.EXE…起動……complete!

『…ん…っと、お早うさんオヤジ』
「おう、今日の授業の準備を頼むぜヒートマン」
『任せときな。…それと、兄貴もお早うな』
『…ああ。キチンと授業のサポートをしろよ。ヒノケン様に迷惑を掛ける真似はするな』
『ちゃんとやってるっての、心配が過ぎるぜ兄貴』

……Pi……FLAMEMAN.EXE…起動……complete!

『…ヴォッ! ヴォオオオ…ヴォウ!』
『ハハハ。今日も朝から元気だな、フレイム』

ダイニングテーブル上の三台のPET。
ファイアマン専用のPETは既に起動していたが、ヒートマンとフレイムマンのPETをヒノケンが起動するのは、適当な朝食を用意しながらな事が多い。
才葉学園へ伴っているのはヒートマンだけなのだから、何も全員を起動する必要は無いと言えるのだけれど。「家族」───だ、等と。
過去を思えば全く自分達には"らしくない"オペレーターとナビの関係性なのだが、それが今は全員にとって前に進む為に必要な繋がりだと感じているから。
朝の短い、ひと時でも。
全員で過ごす時間をヒノケンは必ず作っていた。

『そういやオヤジ、昨日の研究データなんだが…』
「ちょっと待て、頭ん中がシケててスッキリしねぇ」
『…何だ、兄貴のコーヒーがまだなのかよ』
「そういうこった。…プラグインっと」

…パシュンッ!

『ヴォヴォオオオッ!』
『…って、ヒノケン様。何でフレイムまで…』

朝食の最後のパーツはヒノケン好みの熱いコーヒー。
プラグイン端子の付いたコーヒーメーカーにファイアマンのPET…と、フレイムマンのPETも向けてコーヒーメーカーの電脳内へ二体のナビを送る。
ヒートマンの言う『兄貴のコーヒー』から察するに、毎朝のコーヒーを淹れるのもファイアマンの大切な役目らしいが。何故か今朝はフレイムマンも同行。
ファイアマンが電脳内から疑問を主へ。

「兄貴の役目を弟に近くで見せてやれよ」
『ヴォウ! ヴォウゥウッ…』
『…そんな大層な事では無いと思うのですが…ヒノケン様が仰るなら。…来い、フレイム』
『ヴォオオオオッ!』

状況はよく解っていなそうだが、兄のする事を近くで見てみたいという純粋な気持ちで、フレイムマンはコーヒーメーカーの電脳を珍しそうに見回しながらファイアマンの後を追う。
電脳の奥には起動させる為のスイッチ。
既にヒノケンの口に合うように設定は成されており、スイッチを押して起動したコーヒーメーカーの動力にアームから放つ火を入れるだけで役目は果たす。
ファイアマンでなくても構わないような。
知性に難のあるフレイムマンでも、教えれば問題なく実行する事が出来そうな役目だが。
『大層な事ではない』と言ったものの、ファイアマンがこの役目を譲るつもりは毛頭ないし、ヒノケンもまたファイアマンだから任せたい。
朝の目覚めの一杯、ファイアマンの炎で。

『…あの、ヒノケン様。淹れる前にお話が』
「ん、どうした?」
『昨日で今までのコーヒーが無くなったのですが…リピートしたいとは言っていなかったので、俺の独断で違う店のコーヒーにしました』
「へえ。お前が決めたって、何処のコーヒーだ?」
『才葉のインターネットカフェでも、グリーンエリアのカフェで出されるコーヒーが…俺でも美味いと思ったので。現実世界での、同じカフェから取り寄せておいたコーヒーです』

どうやら昨晩、擬人化プログラムで実体化して家事を済ませるついでに交換していたのか。
熱々の濃いブラックは決まりだが、コーヒー自体の銘柄に対する拘りは然程なヒノケン。
それをファイアマンも分かってはいるけれど、ヒノケンに相談せず次のコーヒーを決めてしまった事には、勝手をした負い目から話す様子は緊張混じり。

「お前のお眼鏡に叶った訳だ、俺にも飲ませてくれ」
『…はい、ヒノケン様』
『グリーンのは俺も美味いと思うぜオヤジ』
「ヒートマンもか、そりゃ期待が出来そうだな」

ほっ、とした安堵。
ファイアマンのみならず、会話を見守っていたヒートマンも流れを聞き良かったという気持ちが生じたのか、後押し的に兄の選択に自分も賛成だという意味を込めて横からの一言。
万が一、ヒノケンの口に合わなかったとしても薦めた責任は兄弟で取れるという算段も。
そんな事まで考える必要は、きっと無いけれど。

カチッ…ウィイイン…

『……ハアッ!』

…ゴゥン…ッ!

コーヒーメーカーの電脳内のスイッチを入れ、ホットコーヒーにする為の熱をファイアマンは自らのアームから放つ炎で作り出す。
現実世界では注がれ始めたコーヒーの芳醇な香。
黒に輝く一杯、朝のヒノケンには欠かせない。
出来上がったカップを手にし、香りを楽しみ一口。

『…ど、どうでしょうか…?』
「…なる程な、お前らが美味いって話すだけの事はあるな。コイツは俺好みのコーヒーだ」
『それは…良かったです、ヒノケン様』
『だから美味いって言っただろ?』
『ヴォヴォ…? ヴォオオオン!』

フレイムマンには主と兄達のやり取りに追い付けていないところもあるが、嬉しそうにしているヒノケンを見て、兄の役目がしっかり果たされたのだろうと。
そう理解したのか、ファイアマンに尊敬の眼差しを向けて『すごい!』と言っている模様。
今度はコーヒーメーカーの熱源となった兄の炎にも目を輝かせ、立派な役目だと理解して。

「…ま、確かにコーヒーも良いんだろうが」

しみじみと深く味わいながら飲み進めるヒノケン。
シケていた思考が目覚めてきたのだろうか。
僅かに何時も通り口角を上げ、口を開く。

「なんてったって、"俺の火"がイイから美味いよな」
『……えっ、ヒノケン様…それは…』

明らかにコーヒーメーカーの電脳内に居るファイアマンへの賛辞。急な事にファイアマンは目をパチクリとして固まったが、今の音声データの再生を繰り返し。
胸には歓喜の想いが満ち広がるのを感じる。
弟達には決して譲れない、ささやかな朝の役目。
どれだけ小さな事でも、貴方の為に出来る事。

『惚気ているトコロを悪いんだが、そろそろ出掛けなきゃならねぇ時間が近いぞオヤジ』
『な、の、惚気とかじゃねぇだろヒート!』
「へっ…確かに惚気だったかもしれねぇ」

ヒノケンと二人きりな訳ではなかった事を思い出し。
更にはヒートマンの言葉で照れが爆発するファイアマンに、ヒノケンは目を細め笑みながら、PETを向けてコーヒーメーカーの電脳からプラグアウトを。
フレイムマンもPETへと戻し、一足先にスリープ。
才葉学園へ向かうヒノケンが手にするPETはヒートマン専用。…弟は弟で、きっと主の為に成せている己の役目を誇らしく思っている筈。

「そいじゃ、行ってくるぜファイアマン」
『…はい、ヒノケン様。お気を付けて』

朝が終わり送り出す時は、寂しい感情も抱くけれど。
同時に、今朝も愛する貴方の為に成せたと幸福も。
また明日も朝は来るのだから。
世界の終わりを見たかった主はもう居ない、電脳世界の炎の未来を見詰め願い、夜明けの朝を待ち望み新たな一日を迎え過ごす日々。
これからも、ずっと、ずっと添い遂げてゆく。

明日の朝も貴方の為のコーヒーを。


『───お早うございます、ヒノケン様』

■END■

2023.03.21 了

◆祝・ロックマンエグゼ発売22周年!
clap!

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